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【書籍化決定】追放された黒剣士は白聖女と辺境でのんびり暮らしたい。~え? 聖女と一緒に戻ってきてほしいって? もう遅い~  作者: 九条蓮


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第18話 グルテリッジの大衆浴場

 馬の蹄が石畳を打つ音が、町の喧騒と混じり合って響いていた。

 グルテリッジは、赤茶の石造りの家々がひしめく、丘陵地帯の中規模都市だ。中央広場には噴水があり、周囲には果物や衣類、手工芸品を売る屋台がずらりと並んでいる。屋台の呼び声、旅人の足音、子どもたちの笑い声が交錯し、活気のある空気を生み出していた。

 ロイドは手綱を軽く引きながら、ちらちらと周囲の様子を窺った。道行く人々に不審な視線はなく、ルーシャの姿に気づく様子も見受けられない。


(今のところ、尾行や監視らしき気配はない……か)


 ルーシャは、フード付きの聖衣のフードを目深に被っていた。表情は見えなかったが、背中にはやや強張った緊張が伝わってくる。

 ロイドは馬を広場の一角にある旅籠の脇の馬繋ぎ場へと寄せた。そこに馬を繋ぐと、ふたりで掲示板へと歩を進めていく。

 

(え~っと、お尋ね者は、と……)

 

 情報屋のチラシや討伐依頼が貼られた板をざっと確認してみたが、ルーシャに関する指名手配のような張り紙はなかった。教会関係の通達も見当たらない。

 まだあの神官騎士たちの死が伝わっていないのか、教会でも一部の者たちしか〝偽聖女〟のことを知らないのか……それは定かではないが、ルーシャがお尋ね者状態ではないことに、ふたりしてほっと安堵の息を吐く。


「一旦、大丈夫そうだな」

「……良かったです」

「油断はできないけどな。一応教会には近寄らないようにしておこう。とりあえず、風呂行くか」

「はいっ」


 ルーシャの声が、ほんの少し弾んだ。

 フードで彼女の顔は見えないが、余程風呂に入れるのが嬉しいらしい。何となく、笑顔を浮かべていそうだというのがわかった。

 それから、町の中心にある大衆浴場へと向かった。石造りの建物は歴史がありそうで、入口は男女に分かれていた。


「じゃあ、一時間後に──」


 ここで待ち合わせよう、と言おうと思ったのだが、どことなくルーシャが緊張しているように見えなくもない。

 ロイドは訊いた。


「あー……もしかして、大衆浴場は初めてか?」

「は、はい。修道院にも大浴場はあったのですが、大衆浴場は初めてで。特別なルールとかってありますか?」


 どうやら初めてで緊張していたらしい。

 世間知らずなところも含めて、この白聖女様は愛おしくなってしまう。


「大浴場があったなら、それとほとんど同じだ。強いて言うなら、身体を洗ってから湯に入るくらいかな?」

「あ、それなら同じですね! 安心しました」


 ルーシャの緊張が和らぎ、フードの下に、微かに笑みが零れた。

 待ち合わせ時間と場所を確認してから、ふたりはそれぞれ男湯と女湯へと分かれて入っていく。

 脱衣所で服を脱ぎ、掛け湯を済ませると、ロイドは桶を手に洗い場へ向かった。石張りの床に腰を下ろし、桶に湯を汲んで髪を濡らす。ごしごしと髪を洗い、肩や腕、背中と順に身体を丁寧に擦っていくと、全身から汗と埃が流れ落ちていくようだった。

 桶の湯を頭からかぶると、床に落ちる音が小さく反響し、じんわりと熱が肌に染み込んでいく。火照りと冷えの境界で、身体がゆっくりと緩んでいくのがわかった。

 この瞬間が、久しぶりに風呂に入る時の快感だ。

 湯気と石鹸の香りが鼻をくすぐる中、ロイドは心地よく目を細めた。

 肌を洗い終える頃には、身体の芯からほぐれていくような感覚に包まれていた。

 そうして湯に浸かると、思わず声を漏らした。


(あ~~……最高。やっぱ風呂ってほんと生き返るなぁ)


 湯の温もりがじわじわと疲れた身体に染み込んでいった。

 湯舟に身体が沈んでいくと同時に、この上ない幸福感に包まれていく。

 パーティーを追放されて、一時期はどうなるかと思ったが、人生案外何とかなるものだ。

 そして、何とかしてくれたのは……他ならぬルーシャ=カトミアルのお陰だ。

 ロイドの思考は、自然とルーシャのことへと向いていく。


(そういや、移動中もずっと自分の臭いのこと気にしてたっけ……)


 乙女心というやつだろう。気にしないふりをしていても、僅かな仕草に本音は出る。

 毎日身体は拭いていたようだし、特にロイドは彼女の体臭など気にしたことはなかったのだけれど──むしろ香油で良い匂いしかしなかった──思った以上に綺麗好きなのかもしれない。


(いや、女の子ならやっぱ気にするものなのかな)


 かつての仲間だった女子たちも、風呂のことは結構うるさかった。ユリウスは面倒臭がっていたが、彼女たちのご機嫌取りのために冒険中も水浴びの時間は設けていたくらいだ。


(俺も聖女様に臭いって思われたくないしな……)


 となると、やはり村長宅にあった浴室小屋を何とかするのが先決だ。

 あれを直せれば、風呂のために危険を冒して町に出てくる必要もなくなる。


(一応、訊いてみるか) 

 

 ロイドはささっと風呂を上がり、タオルで頭を拭きながら通用口へと向かった。

 通用口の先にある帳場には、筋骨たくましい中年の男が座っていた。

 五十代半ばといったところだろうか。頬に深い皺を刻んだ男は、読み書き用の眼鏡を鼻先に乗せ、分厚い帳簿をペンで走らせていた。鋭い視線と、無駄のない動作。あきらかに職人気質の人物だ。おそらく、大衆浴場の店主だろう。

 ロイドはタオルで頭を拭きながら声をかけた。


「仕事中すまない。ちょっと、風呂の修理について聞いてもいいか?」


 店主の男は眼鏡越しにちらりとロイドを見た。


「ん、修理? まあ、聞くだけなら構わんよ」


 ロイドは頷き、簡潔に浴室小屋の状況を説明した。

 浴槽の底に拳大の穴が空いていること。窯の煙道は途中で潰れており、排気ができないこと。さらには、排水管も錆びきっており、触ると崩れてしまう。また、窯の下の石組みは完全に崩れていて、どう直していいかも分からない旨まで全て話した。

 聞き終えた男は、ふむ……と唸り、帳簿を閉じて腕を組んだ。


「こりゃまた、なかなかの代物だな。そんだけの損傷なら、素人じゃ手が出しづらい。業者に修理してもらった方が早いんじゃないか?」

「遠方でそういうわけにもいかないんだ。何とか自力で直したい」

「なるほどなぁ……実際に見てみないことにはわからんが、まあ方針としては三つだ」


 店主は三本の指を立てた。


「三つ?」

「ああ。一つ、浴槽の穴は石材用の止水剤で塞ぐ。最近は扱いやすい練り込みタイプのがあるから、それを使えばいい。排水管は新しく取り換えるのがいいだろうな。なに、そんな大層なもんじゃなくて、湯船から続く管を屋外まで伸ばして、放水できるようにすりゃ問題ないだろ」

「ふむふむ、なるほど」


 店主がペンと紙を貸してくれたので、そのままメモっていく。

 浴槽の穴に関してはルーシャの修繕魔法で何とかなりそうだが、止水剤があった方が良いだろう。


「二つ目は煙道か。煙道は諦めて、別の排気口を設けた方がいいだろうな。古い煙道は下手に掘り返すと崩れるからな。外壁側に新しく抜き穴を作る方が早い」

「確かに。それなら俺でもできそうだ」


 続け様に、メモを走らせていく。

 さすがはプロといったところか。ロイドでは考えも及ばなかったことなのだが、簡単に状況を説明しただけで解決策まで教えてくれる。


「窯の下の石組みは?」


 ロイドが見たところ、一番難しそうなのがこれだった。ただ、その見立ては正しかったらしく、店主も眉を顰めていた。

 

「石組みなぁ……これは一回全部解体した方がいいだろうな。地面の安定から見直して、基礎から積み直す必要がある」

「やっぱりか……」

「石組みは基礎が駄目なまま上物だけを直しても、いずれ全体が崩れてしまうからな。どんなに立派な建物も、土台がしっかりしていなければ意味がないのさ」


 確かに、その通りだ。ただ、問題がわかっても直し方がわからない。

 ロイドは重ねて訊いた。


「具体的にどうすればいい?」

「まずは周囲の石を丁寧に外して、地盤を踏み固めることから始めるんだ。それから、大きさの揃った石を交互に噛み合わせるように積んでいく。石の隙間には砂利や土を詰めて固定するが、水抜き用の隙間はちゃんと残せ。積み終えたら、最後に上から軽く叩いて全体を締めることも忘れるな」


 ロイドは店主の言葉を一語一句メモに書き込んでいった。

 ひとりでは無理かもしれないが、ルーシャの魔法で協力を仰げば、無理ではないかもしれない。


「最後に材料費なんだが、全部揃えるといくらくらいになる?」


 店主は顎に手を当て、ざっと計算するように視線を泳がせた。


「全部で……銀貨五枚あれば何とかなるだろうな。止水剤だけ少し高いが。全部商店で手に入るはずだ」

「銀貨五枚か」


 ロイドは頭の中で、自らの懐事情を思い出す。

 ベッドマットと当面の食糧のために金は残しておかなければならないが、銀貨五枚なら安いものだ。帰りに商店に寄って、明日は風呂直しに専念するのも悪くないかもしれない。


「助かった。早速試してみるよ。あんたもなんか困ったことがあったら気軽に頼ってくれ」


 ロイドはメモを仕舞うと、にこりと笑った。

 店主も渋い顔のままだったが、どこか嬉しそうに鼻を鳴らした。


「おう。風呂ってのはな、〝自分のため〟より〝誰かのため〟に直すと不思議と長持ちするぞ」


 その言葉に、ロイドは一瞬だけ目を丸くした。が──すぐに口元を緩めた。

 今まさに、その誰かのために風呂を直そうとしていることを思い出したのだ。


「……それも、覚えておくよ」


 そうして通用口を後にした時、ちょうど待ち合わせの一時間が経っていた。

 ロイドは頭のタオルを解き、ルーシャとの待ち合わせ場所へと向かったのだった。


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