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第17話 聖女様のとんでも提案

 午後の陽が傾き始める頃、洗濯物はすっかり乾いていた。

 ロイドとルーシャは、町での買い出しを目指して馬を出すことにした。


(ん~……腹減ったな)


 朝昼兼用食は、ルーシャが採ってきた山菜を使って作ったスープだけだ。昨夜の夕飯で、干し肉は使い切ってしまったので、これも仕方ない。

 さすがに何も食べないのはよくないとルーシャが山菜を採ってきてくれたのだが、やっぱり少々物足りなかった。廃村のあたりでは山菜程度しか採れないので──あとは山に入って狩りをする必要がある──やっぱり食糧は町で入手するしか方法がない。


(自家栽培でもするか? 俺にできるかなぁ)


 剣だけを頼りに生きてきた自分が、鍬を持つ姿なんて想像もつかない。

今更農業の真似事などできるものなのか、自信はなかった。

 空腹は、馬の背に揺られるうちにさらに増していく。ふたりで一頭の馬にまたがるかたちで、今回もルーシャが前、ロイドが後ろに座って手綱を握る。これまでと同じ配置だが、前に座るルーシャの背中越しに、微かな緊張感が伝わってきていた。


「やっぱり、ドキドキしますね……」


 ぽつりと呟くようなルーシャの声が、微かにロイドの耳に届いた。


「顔バレさえしなきゃ大丈夫だろ。基本、町ではフード被ってろよ。あ、先に服買っちゃえばいいか」


 そう提案してみると、ルーシャはふるふると首を振った。


「いえ……できれば、先にお風呂に入りたいです」

「何で?」

「……せっかくの新しいお洋服なので。汚したくないな、と」


 消え入りそうな声だった。

 どうやら、乙女なりの事情というものがあるらしい。ロイドは納得しつつ、それ以上は追求しないことにした。


「なるほど。服のついでに、寝台も何とかしないとなぁ」


 例の村長宅には、修繕したベッドこそあったが、肝心のマットレスが使えなくなってしまっていた。このままでは、床に毛布を敷いて寝ることになる。ロイドはよくても、ルーシャもずっとこのまま、というわけにはいかないだろう。


「あ、マットレスも買うんですか?」

「さすがに聖女様をいつまでも床で寝かせるわけにはいかないしな」

「私は気にしませんけど……」


 ルーシャは控えめに言いながらも、申し訳なさそうに振り返る横顔からは、どこか嬉しそうな色も感じ取れた。

 床とベッドどちらかで寝ろと言われたら、そりゃあ人間誰だってベッドを選ぶ。床でも寝れることは寝れるが、ロイドだってベッドの方が熟睡はできるのだから。


「あっ……その、ベッド、なんですけど」


 ふとした沈黙の後、ルーシャが思い出したように口を開いた。


「うん? どうした?」

「確か、ひとつしかありませんでしたよね……?」

「あー、そういえばそうだな」


 そう言われてロイドも思い出す。

 村長夫妻宅の寝室には、セミダブルサイズのベッドがひとつあるだけだった。

 あまり想像したくはないが、記憶の彼方にいるあの夫婦も毎晩一緒に寝ていたのだろう。

 そんなどうでもいいことをぼんやり考えていると、この世間知らずな〝白聖女〟様はとんでもないことを提案してきた。


「えっと……それなら、ロイドも一緒に寝ませんか?」

「はい!?」

「せ、せっかくですし……その方が良いのかな、と思うのですが」


 何故に聖女様は顔を真っ赤にしながら、とんでも発言をしているのだろうか。

 一緒に寝る? 男と女が? 正気か?


「いや、ないない! それは、さすがに色々まずいって」


 思わぬ提案にロイドは即座に否定した。

 せっかくですしって、一体何が『せっかく』なのだ。さっぱり意味がわからない。

 しかし、ルーシャもルーシャで引く気配がまるでなかった。


「で、でも! 私だけベッドというのも、申し訳ないです」

 

 そう言う彼女の目は真剣そのものだった。

 きっと、男女が同衾することの意義など一切知らず、本当に自分だけベッドで寝るのが申し訳ないと思っての提案なのだろう。

 その純真さは素晴らしい。むしろ、何だか自分が汚れているとさえ感じてしまう。

 ただ、今朝のこともだが、一緒に暮らす者としては少々困ってしまう部分であるのも事実だった。


「えっと……俺は、大丈夫だから。全然床でも熟睡できるし。今日もよく寝れたから」

 

 ロイドは景色へと視線を移しつつ、できるだけ穏やかに答えた。


「本当ですか……?」

「本当本当。だから、俺のことは気にしないでくれ」

「気にしないでと言われましても……やっぱり私は気にしてしまいます」


 納得していない様子のルーシャだったが、それ以上は何も言わなかった。

 この話を広げるのは色々ロイドも気まずかったので、ここで終わらせておきたかった。

 ただ──


「……そんなに嫌がらなくてもいいじゃないですか」


 そんな独り言が、前からぽそっと聞こえてきた気がした。


「何か言ったか?」

「何でもありませんっ」


 今度はやや不機嫌な返事が返ってきた。一体どういうことなんだ。意味がわからない。

 それからふたりの会話は消え……馬上に沈黙が落ちた頃、馬の歩みに合わせて草原が視界を広げていく。

 そうしているうちに、丘をひとつ越えた先に、グルテリッジの町がその姿を現した。

 赤茶の石造りの屋根が連なる、地方都市にしてはそこそこの規模を持った町だ。遠目に見ても活気があり、門前には行商の荷車に野菜や布を積んだ台車が並び、それを囲むようにして、子どもたちがはしゃいでいた。

 ロイドは手綱を引きながら、ふと小さく息を吐く。


(さて。ただ風呂に入って買い物をするだけだけど……一体どうなることやら)


 ルーシャの面が割れていないことを祈りつつ、ふたりはグルテリッジの町へと足を踏み入れた。

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