第16話︎ 薄着で無防備な聖女様
庭に出ると、ロイドは斧を手にして一本の丸太を薪割り台へと立てかけた。
昨日見つけた刃こぼれしていた斧は、ルーシャの修繕魔法によって見事に蘇っている。斧を手にした感触も、以前より滑らかで、刃もよく通っていた。薪割り作業が格段に捗ることは間違いない。
傍らでは、ルーシャが洗濯物を干し終えたところだった。例の生活用の魔導具──精霊珠の温風と、澄み渡る空の陽光に照らされて、ふたりの衣服がゆらゆらと揺れている。
風が頬を撫でる。今日は朝から快晴だ。少し動けば汗ばみそうな陽気で、洗濯物もすぐに乾くだろう。
洗濯物を終えたルーシャは、膝を抱えるようにして屈んで、ロイドの作業をぼんやりと見つめていた。その姿に気づいたロイドは、ちらりと視線を送って、すぐに目を逸らす。
(目のやり場に困るんだよな……)
今のルーシャの服装は、かなり無防備だった。
ローブやシャツは干されている──しかも、上の下着まで洗濯したようだ──ので、彼女が身につけているものは薄手のインナーとミニスカートのみ。しかも、そのインナーはオフショルダー型の白いリネン地で、胸元と袖口にはレースや刺繍がさりげなく施されている。 肩先からうなじ、鎖骨までが露わになっており、しかもその生地の薄さから、慎ましい双丘のてっぺんさえも、光の加減によっては透けて見えてしまいそうだった。
(頼むから……頼むから、もうちょっと警戒してくれぇ!)
見てはいけないと思うのに、視線が勝手に吸い寄せられていく。どうしてこうも男ってやつは単純な生き物なんだ。
淡いピンク色のそれが一瞬透けた拍子に、ふとルーシャと目が合った。
彼女はきょとんとした表情のまま、視線に応えるように、にこっとロイドに向けて微笑みかけた。おそらく、ロイドの視線の意味を何もわかっていないのだろう。無垢な無自覚とは、なんと恐ろしい。それと同時に、そんな少女に色欲を抱いてしまう自分に、とんでもない罪悪感を抱いてしまった。
「ロイド、私もそれやってみたいです」
ロイドの葛藤など露知らず、不意にルーシャが立ち上がった。
ロイドは慌てて彼女から視線を逸らす。
「それって……あ、薪割りのことか。結構斧も重いし、危ないぞ?」
「何事にもチャレンジです。ロイドだけに負担を掛けたくありませんし」
ルーシャは可愛らしく両の拳を握ってみせることで、意欲を示した。
「そこまで言うなら……どうぞ」
ロイドは少し迷ってから斧を手渡す。
ただし、なるべく彼女の体に視線が向かないよう、斜め下に目を逸らしたままだ。
「……? ありがとうございます」
ルーシャはそんなロイドの態度に少し首を傾げながらも、斧を両手で受け取った。 しかし――
「わっ。結構重いんですね」
予想以上の重みに、彼女は思わず目を丸くする。
そのまま振り上げようとするも……ぐらりと斧が傾き、その勢いでバランスを崩しかけた。
「よいしょ……わわっ」
「おっと、危ない!」
ロイドが慌てて駆け寄り、ルーシャの肩を支える。
間一髪、転倒こそ免れたものの、斧はごとりと地面に落ちてしまった。
やっぱり、この細腕に力仕事なんてさせるもんじゃない。白聖女様に怪我をさせたなんて知れたら、末代まで祟られてしまう。
「ほら、わかったろ? 交代だ」
「すみません……」
「謝ることじゃない。別に、無理して苦手なことはしなくていいんだ。俺だって山菜の種類なんかはわからないんだしな。得手不得手で、お互い補っていけばいい」
ルーシャは少し驚いたように目を瞬かせて、柔らかく微笑んで頷いた。
「ですね……わかりました。力仕事は、ロイドにお任せしますね」
斧を拾い上げると、ロイドはちらりと彼女の方を見た。
わかってくれたのは嬉しいが、もうひとつわかってほしいこともある。
やっぱり、今の彼女は無防備そのもので、どこを見ればいいのか、視線のやり場がわからなかった。でも、男の本能でつい見てしまいたくなる。困ったものだ。
「ロイド、さっきからどうしたんですか?︎︎私、何か変でしょうか?」
ロイドの視線に、ルーシャが怪訝そうに首を傾げた。
やっぱり無自覚らしい。一応、伝えておいた方が良さそうだ。これから一緒に暮らしていく上で、気をつけておくべきことでもある。
「あー、えっと。その、な?︎ちょっと言いにくいことなんだけど」
「はい、何でしょう……?」
「……聖女様は今、めちゃくちゃ薄着なんだ。その、色々と目のやり場に困るから、大人しくしておいてくれると助かる」
その言葉に、ルーシャは一瞬きょとんとした後、自分の服装に目を落とし──瞬時に顔を赤くして、すぐさま両腕で胸元を隠した。
「──ッ!? す、すみません! 私ったら、全然気付かなくてッ。お見苦しいものを見せてしまいました……!」
「い、いや! 見苦しいなんてことはなくてッ。むしろ、もっと見たいというかッ!」
「……え?」
「な、なんでもない! 今のは失言だ!」
ロイドは慌てて斧を手に取り、薪割りへと意識を戻すふりをした。
ルーシャも顔を赤くしたまま、先程の定位置まで戻って、また膝を抱えて座り込む。
穏やかな日差しと、ふたりだけの静かな時間が、まだしばらく続きそうだった。




