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【書籍化決定】追放された黒剣士は白聖女と辺境でのんびり暮らしたい。~え? 聖女と一緒に戻ってきてほしいって? もう遅い~  作者: 九条蓮


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第84話 ダンジョン内での戦闘

 じわじわと染み込んでくる〈呪印(マリス・グリフ)〉の感覚を頼りに、ロイドは歩みを再開した。

 頭上では、ルーシャの光の球が静かに浮かび、光の輪が四人を包んでいる。その内側だけ、空気がわずかに澄んでいるのがわかった。

 それでも回廊そのものの冷たさは消えない。石壁から滲み出す湿気と瘴気が混ざったような臭いが、鼻腔と舌の奥に薄く残り続けていた。

 曲がり角が見えた。通路はゆるく左へ折れていて、そこから先は光が届きにくく、闇が一段濃い。

 ロイドは足音を殺すように歩き、角を曲がって――そふと、視線が止まった。

 床に、白いものが散らばっている。

 いや、散らばっているというより、積み上がっていた。

 骨だった。

 人間のものか、魔物のものか、判別はつかない。だが、腕の骨らしきもの、肋骨の束、頭蓋骨の形をしたものが、崩れた石畳の上に山のように重なっている。

 骨と骨の隙間に黒いシミが広がり、そこから靄のような瘴気が立ち上っていた。


(罠か?)


 ロイドの右手が、じくりと反応する。

 嫌な味がした。さっきまでの〝濃い方向〟とは別種の、腐った甘さが混ざった瘴気だ。濃さよりも、粘り気が強い。


「……止まれ」


 ロイドは、後ろの三人に手を上げて制した。

 すぐに、後ろの足音が止まる。

 ルーシャの光の輪が、ゆっくりと揺れた。光が骨の山を照らし、白い輪郭が闇の中で浮かび上がる。

 エレナが一歩だけ前へ出た。

 杖を構えるでもなく、ただ目を細めて空気を読むように、骨を睨みつける。

 魔力感知を行っているのだろう。

 そして、途端に大きく息を吐いた。


「よくない骨ね。ただの骨にしては、瘴気が溜まりすぎてるわ」


 その言葉が落ちるのと、ほぼ同時だった。

 骨の山の中から、ガチャガチャ、と乾いた音が響き始める。

 最初は、どこかの骨が崩れたのかと思った。

 だが、そうではない。音は規則的になり、骨が擦れる音が歩くリズムへ変わっていく。

 白い骨が、起き上がった。

 骸骨兵──スケルトンナイトだ。

 数体が、骨の山からゆっくりと立ち上がる。眼窩の奥に、黒い火のようなものが灯らせていた。


「まーた骨っこ? もういいって」


 フランが嘆くが、ロイドはすぐにその異様さに気付いた。

 骨と骨を繋いでいるのは、関節ではない。

 黒い糸だ。瘴気が、糸のように伸びている。骨を縫い合わせるように絡まり、脊柱を補強し、歯列すら固定している。

 骨の内側に、濃い核のようなものも見えた。瘴気の塊だ。あれが芯になって動かしているようだ。


(外にいた連中とは別格だな)


 一見、ただのスケルトンナイトだ。

 だが、瘴気を浴び過ぎている。骨の色も、ところどころ煤けたように黒ずんでいた。動きは鈍いはずなのに、立ち上がった瞬間の気配が重い。

 ロイドは剣の柄を握り直し、前へ出た。


「俺が前に出る。フランはルーシャたちを守ってくれ。くれぐれも、油断するなよ」

「はーい! まっかせて!」


 返事と同時に、フランが後ろで鉄槌を構え直した。

 エレナは通路の幅を見て、舌打ちを噛み殺すように息を吸った。

 魔導師の彼女にとっては、戦いにくい場所だ。ここで派手にやれば、回廊が崩れてしまう。なるべく彼女に魔法を使わせないように、ロイドとフランで仕留めた方が良さそうだ。

 スケルトンが一体、ぎくりと首を傾けた。

 次の瞬間、骨の腕が伸び、錆びた刃のようなものがロイドへ振り下ろされる。

 ロイドは踏み込んだ。

 狙うのは骨ではない。骨の内側にある瘴気の核──あれだけだ。

 刃を横に走らせるのではなく、わずかに角度をつけて、芯へ滑り込ませる。

 一閃。骨が、綺麗に裂けた。

 同時に、内部で渦巻いていた瘴気が漏れ出し、ぶわりと黒い煙が立つ。

 ロイドが一歩退くより先に、核が崩れた。糸が断たれ、骨がばらばらと床へ落ちていく。


「さすがね」


 後方で、エレナが感嘆の声を漏らした。

 一方、別の骸骨兵がフランの方へ動いている。

 狙いは後列──魔導師と聖女だ。

 だが、フランはそれを許さない。


「はいはーい、ストーップ」


 フランの鉄槌が横から叩き込まれ、骸骨の腕が殴り飛ばされた。

 骨が粉砕される音がして、骸骨兵の片腕が床を転がる。攻撃の軌道が崩れ、空振りになった。


「こっちは通さないよー」


 軽い声と裏腹に、動きは鋭い。

 彼女は足を止めず、死角を潰すように立ち位置を調整していた。しんがりで守るという役割を、ちゃんと理解している。

 そして──エレナが動いた。

 派手な詠唱はなかった。杖先に熱が集まり、赤い光が槍の形へ凝縮されていく。

 狭い回廊に合わせて、小さめの炎の槍を数本。

 それが、空中に浮かび──


「貫け……〈炎槍(ファイヤ・ボルト)〉!」


 炎の槍が一斉に飛び、後列の骸骨兵をまとめて貫く。

 骨が爆ぜるように砕け、瘴気の糸が焼き切れた。瞬く間に、黒い煙が短く呻くように散っていく。

 それを見て、フランがエレナに軽口を飛ばした。


「エレナー。ここあんまり広くないから、どでかい魔法はやめてね」

「だから、そうしてるじゃない!」

「まあ、一応念のため?」


 そのやり取りがあまりにいつも通りで、ロイドは思わず口元を緩めた。

 ルーシャも後ろでくすっと笑っていた。

 そのルーシャはというと、攻撃には参加していなかった。

 代わりに、全体へ薄い光の膜を展開している。

 光の輪の内側に、さらに一枚。水面の膜のような、ほとんど目に見えない薄い加護が張られているのが、ロイドにもわかった。

 その直後、骸骨兵の一体が、フランへ斬りかかる。

 鋭い骨の刃が、肩を掠め――。


「きゃっ……あれ?」


 フランが素っ頓狂な声を上げた。

 確かに今、攻撃は当たったはずだ。だが、フランはほとんどよろけていない。というか、裂傷がなかった。


(ルーシャか)


 彼女が展開した薄い光の膜が、衝撃を和らげたのだ。

 攻撃を受け流したようにも見える。完全防御ではないが、致命を潰すには十分だ。


(さすがだな)


 その間、ロイドも遅れを取らなかった。

 骨の山から起き上がった残りを、核だけ狙って断つ。

 剣は重さを持たせ過ぎず、通路の幅に合わせて軌道を抑えた。それでも切れ味は落ちない。

 一体、二体、三体。

 核を断たれた骸骨は、糸がほどけるように崩れ落ちていく。

 最後の一体が沈黙した時、回廊に残ったのは、骨が転がる乾いた音と、瘴気が薄く立ち昇る気配だけだった。

 ルーシャの光が骨の散乱を照らし、白い破片が静かに光っている。

 フランが自分の肩に触れた。

 確かめるように指先で撫で、眉を上げる。


「……さっきのもルーシャの魔法?」


 ルーシャは一瞬、胸の前で手を組み、頷いた。


「はい! 〈浄灯(ピュリフィケイション)〉を応用して、皆さんのダメージを軽減できるようにしてみました」


 少しばかり誇らしげに言う。

 だが、その誇らしさは力の自慢というより、力を応用して仲間を守れたという喜びに近い。

 エレナが、呆れたように、しかし素直な感嘆を滲ませて言った。


「さすが〝白聖女〟様ね……そんなの、もう魔法学では説明できないわよ」

「神聖魔法とそれ以外の魔法では、根本が違いますからね。私からすれば、一般魔法をお使いになられる方のほうが凄いと感じてしまいます」


 ルーシャは柔らかく微笑んで応えた。

 謙遜ではあるのだろう。

 だが、本気でそう思っている節もあった。

 以前、ルーシャから薄く聞いたことがあるが、神聖魔法は、祈りを具現化しているものだそうだ。つまり──神様がお願いを聞いてくれているだけ、と彼女は言っていた。

 ならば、神の神託を受ける〝白聖女〟は、より神に近い位置にいて、神様にお願いを聞いてもらいやすい。彼女の神聖魔法が強力なのも、当然だ。

 一方、体系や詠唱を学んで魔法を体現するのが、一般攻撃魔法。本質的に、ふたりが使う魔法は異なるのだ。


(さて、と……)


 ロイドは剣を軽く振り、刃についた瘴気の残りを振り払う。

 右手の〈呪印〉は、さっきより少しだけ静かだった。瘴気を喰った余韻が、熱ではなく、鈍い満腹感として残っている。

 ロイドは視線を前へ戻し、短く言った。


「ほら、行くぞ。警戒は怠るなよ」


 その声に、三人が顔を引き締め頷いた。

 ルーシャの光の球が、また少し先へ進んでいく。

 骨の山を踏まないように避けながら、四人は再び回廊の奥へ歩き出した。

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