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第1話 身ぐるみ剥がされ追放される黒剣士

「剣士ロイド=ヴァルト。お前をパーティーから追放する」


 レッドドラゴン討伐からの帰り道。

〝勇者〟ユリウスの、その冷たく澄んだ声が、森の静寂を鋭く切り裂いた。


「……今、なんて言った?」


 黒髪紅眼の剣士──ロイドは思わず問い返した。

 だが、それは間の抜けた反応に聞こえたのだろう。ユリウスはわざとらしく肩を竦めて、繰り返す。


「聞こえなかったかい? 『剣士ロイド=ヴァルト、お前をパーティーから追放する』……僕は、そう言ったんだ」


 まるで芝居の台詞でも読んでいるかのような口調だった。

 背筋がひやりと冷える。言葉の意味は理解できたが、頭がそれを受け入れるのを拒んでいた。

 ロイドは、縋るような想いで周囲のパーティーメンバーたちを見回した。〝魔導師〟エレナは気まずげに視線を逸らし、〝回復術師〟フランは「ごめんね……」と小さく呟いて俯く。

 仲間だと思っていたふたりの反応が、ユリウスの言葉の真意を物語っていた。ここに、味方はいないらしい。


「もう僕たちも十分強くなったからね。君みたいな欠陥品は、もう要らない。ああ、もちろん最初の()()()()()()、君は優秀だったよ。……でも、もう役目は終わっただろう?」


 ユリウスは当然のように言った。

 ロイドの胸の奥に、黒い感情が渦巻いていく。怒りか、悲しみか、悔しさか──それは自分でも分からなかった。

 これまで、殆ど得るものがないのに、ただ命を削り続けてこいつらを守り続けてやってきた。王命というだけで勇者パーティーに組み込まれて、まだ駆け出しも同然だった彼らを〝勇者パーティー〟と呼ばれるくらいまでサポートしてきたのはロイドに他ならない。

 しかし、それは所詮ロイド側の事情。実際に反論ができない部分もある。

 先日のレッドドラゴンとの激戦で、勇者パーティーは窮地に陥った。それこそ、全滅してもおかしくない状況だった。

 そこで、ロイドは〈呪印(じゅいん)〉──マリス・グリフと呼ばれる呪いだ──の力を発動せざるを得なくなったのだが……()()()その力は暴走してしまい、その余波でフランに怪我を負わせてしまった。

 レッドドラゴンは討伐できたが、仲間を命の危険に晒してしまったのだ。彼らがロイドを責める理由も、わからなくもない。

 それに、〈()()()()()〉も誰とも一度も発動しなかった。

 これに関しては、きっと信頼を築けなかったロイドが悪いのだろう。

 仲間たちと信頼関係を築けず、そして役に立てなかった自分が悪い。

 だからきっと……これは当然の報いなのだ。


「金品と所持アイテムも置いて行ってもらうよ。それは君のものじゃない。パーティーのものだ」


 ユリウスは淡々と言い放った。

 その言葉に、ようやく現実感が追いついてきた。


(こいつ……まさか、追放するだけじゃなくて、有り金まで全部剥ぎ取るつもりかよ)


 ロイドは肩に掛けた鞄のベルトを握りしめた。

 鞄の中には、これまでの報酬や、ロイドが自分で集めた回復薬、魔導具も入っている。正直、これを渡すのは嫌だった。

 というか、渡せばこれから生きていけなくなる。無一文の丸腰で、どうやって街までたどり着けというのだ。


「ねえ、ユリウス。さすがにそれは可哀想じゃない?」

「そうだよ。ロイドが死んじゃう……」


 一応、エレナとフランが庇ってくれた。

 ここが秘境でまだまだ周囲に魔物が多い場所であることをわかってくれているのだろう。

 ただ、ユリウスは頑固で自己中心的な人間だ。彼女たちの言い分を聞いてくれるとは思えなかった。それに、ふたりはこれからもユリウスとともに魔王を討伐せねばならない。ここで彼らの関係を悪くするのは、得策ではないだろう。

 ロイドはふたりに「構わないよ」と笑いかけてから、鞄と剣を地面に投げ捨てた。


「……あ、剣はいいや。そんな剣、どうせ君しか使えないしね」


 ユリウスは地面に投げ捨てられた黒剣を見て鼻で笑った。

 漆黒の魔剣〝ルクード〟──鞘も刀身も闇そのもののように黒く染まった魔剣。扱えるのは、ロイドの一族……いや、今となってはロイドだけだ。ロイド以外は、もうこの鞘から剣を抜くことさえもできないのだから。

 呪いの剣。血塗られた運命を生きてきた、〝影の一族〟の忌まわしい遺産。それがこの〝ルクード〟だ。


「〈共鳴スキル〉は発動しない、挙句に力を制御できず味方に怪我をさせる。そんな奴、仲間にいるだけでただ飯食らいのお荷物でしかないんだよ。何か反論はあるかい?」


 ユリウスの声には、嘲笑すら混じっていた。

 ロイドは暫く黙っていたものの、ゆっくりと首を横に振った。


「……いや、ないな」


 そう言うしかなかった。

 実際、その通りなのだから。

 パーティーの中心は、王命で勇者に任命されたユリウスだ。彼の言葉が絶対で、誰が何を言っても意味がない。

 この場で食い下がっても、エレナやフランを困らせてしまうだけだろう。それならば、さっさと要求を受け入れて、この場を去ってやるのがいい。

 少なくとも……この、エレナとフランは悪い連中ではない。こんなロイドにも、人としてちゃんと接してくれていたから。


「ああ、そうそう。ロイド、君はさっきのレッドドラゴンとの戦いで戦死したことにさせてもらうよ? 王命で加入した君をクビにしただなんて知れたら、僕が国王陛下から嫌われてしまうからね。そのへんの小さな村で、その余生を過ごしてくれないか? まあ、こんな辺境でも村のひとつやふたつはあるだろうさ」


 はっはっは、と嘲笑を響かせてユリウスが言う。まるでゴミでも処理するかのような言い草だ。

 それでも、ロイドは何も言い返せない。このパーティーでは、ユリウスの言葉が絶対だからだ。

 それに、ユリウスは今、腰の剣に手を掛けている。その意図は明らかだった。

 ここで騒げば、その場で斬る……つまりは、そういうことだ。

 正直、深手を覚悟すれば地面の魔剣を取り、この場を切り抜けることも可能だろう。剣の腕だけなら、まだロイドの方がユリウスより上だ。

 だが、それをやってしまえば、ロイドは国に仇なす裏切り者となる。ただの追放者では済まされない。どのみち、死ぬ未来しかないだろう。

 それを考えると、選択肢はひとつしかなかった。


「……わかった。じゃあな」


 ロイドは魔剣〝ルクード〟だけ拾い上げ、踵を返した。

 誰も、引き止めなかった。微かに、フランがロイドの名を小さく呟くのが聞こえただけだ。

 でも、それでいい。ロイドがここを去るのが、一番波が立たないのだから。

 冷たい風が、頬を撫でていった。

 腕の〈呪印(マリス・グリフ)〉が、ずきずきと疼く。これのせいで、ロイドの人生は一度だって報われることがなかった。


「糞っ垂れ。俺が一体何をしたっていうんだ……」


 そんな不満を独り言ちるが、誰もそれに応える者はいない。

 こんな自分に、価値はあるのだろうか。

 誰とも繋がれず、誰からも拒絶される。そんな人生。

 結局、ロイドは存在する価値がない人間で、誰の救いにもならず、誰の手も取れなかった。

 ……それだけの話だ。

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