拳であいさつ
「――俺は認めねえ!」
考えごとをしながらぼんやりと村の周囲を観察していると、村の中から何やら口論の声が聞こえてきた。
「……何事もなく話が進むと思うか?」
「……まだ可能性は捨てきれないわ。たまにはトラブルもなく話が進んでもいいとは思わない?」
「思うけど、人生なんてそううまく回らないだろ。俺達がここにいることが何よりの証拠だ」
「はあ……そうね」
聞こえてきた声は俺達が来たことによって生じたものだろうけど、どう考えても友好的な態度から出たものだとは思えない。これまでの経験上、まず間違いなく何かしらの問題が起きるだろう。
問題はどんな出来事が起きるのかだが……
「主が変わったんなら挑む権利はあるはずだ!」
「うるさい! お前程度じゃグランディールには勝てない。やるだけ無駄だ!」
「うるさいのはどっちだよ! あんたは負けたんだろ? ならもう俺達の主じゃないんだ。口出ししてんじゃねえよバーカ!」
「主ではなくなっても、格上の立場なのは変わらないのを忘れたのか? 身の程ってやつをたたきこんでやるよ!」
そんなことを考えていると更なる怒号が聞こえ、かと思ったら何やら衝撃音やら破壊音やらが聞こえてきた。
……って、音だけじゃなくてなんか建物が壊れてないか? 土煙も舞ってるし、見間違いじゃないだろう。
「話し合いに来た村でいきなり家がぶっ壊れ始めたんだけど、こういう時ってどう対応するのがいいと思う?」
「しらないわよ、そんなの。とりあえず近づいて話をすればいいんじゃないかしら?」
「リラに任せて静かになってから近づいてもいい気もするんだけどなぁ」
だけど、エラ・リラが話に行って問題が起きたのだ。このまま待っていたところで状況が好転するとは思えなかった。
かといって俺達が行っても問題がさらにややこしくなるだけかもしれないが、少なくとも進展はするだろう。このままここで待っているよりはマシだと判断して俺達は村の中へと進んでいくことにした。
「かかってこい、クソ雑魚野郎!」
「余所者の人間に負けたくせに調子に乗ってんなよ! 前に負けた時の俺とはちげえ――っ!」
村に入って最初に見た光景は、広場らしき場所で向かい合って拳を構えている二人の獣人だった。
片方はエラ・リラだが、もう片方はさっきから聞こえてきていた怒号の主だろう。男……いや、少年というべきか? 実際の年齢は分からないけど、多分俺と同じくらいの見た目をしている気がする。ただ、獣人だからよくわからない。
「てめえかあああ!」
どうやって声をかけようかと悩んでいると、俺達の存在に気付いたようで向こうの方から声をかけてきてくれた。まあ、声をかけてきたというには野蛮すぎるし、声と一緒に拳も向けてきたのは野蛮という言葉では収まらない気がするけど。
「グラン!」
とりあえず返り討ちにしよう。獣人だしその方が手っ取り早いだろうと思っていると、ライラが鞘付きの剣を手にして間に割り込み、拳を弾いた。
まるで最初にエラ・リラに遭遇した時と同じ光景だ。あの時は船のだったし、攻撃も弾いたわけではなかった、ついでに言うなら襲われていたのも俺じゃなかったけど、なんとなくの雰囲気は同じだ。多分獣人はみんなこんな感じなんだろう。
「いきなり殴りかかってくるのがここの挨拶なの……ここの挨拶だったな」
ライラは拳を弾いた剣を構え直しながら皮肉を口にするが、相変わらず獣人に対しては刺々しい態度だ。まあいきなり攻撃を仕掛けられたらそんな態度になるのも無理はないか。
だけど、目の前の少年は攻撃を防いだライラではなくその後ろ、少年に対しては何もしていないはずの俺のことを睨みつけてきた。
「てめえが! 新しい主だな。なら俺と戦え! お前みたいな余所者が俺達の主だなんてぜってえに認めねえ! そんなことあるわけね――」
「クソ雑魚がっ! 粋がってんじゃねえぞ!」
少年が話している途中で、少年の顔に横から拳が叩き込まれた。エラ・リラだ。
うーん。これもデジャヴ。あの時とはやられている奴とやっている奴が違うけど。
「リラ。これってどういう状況なんだ?」
「あ゛あ゛?」
「あ?」
何がどうなっているのかエラ・リラに聞こうとしたけど、さっきまでのやり取りで苛立っているんだろう。
殺気を込めて睨まれたので反射的に威圧し返してしまったが、そのかいあってエラ・リラはハッとしたように正気を取り戻したようで殺気を抑えた。
「……あ。悪い。えっとだな……あたし達は戦って勝ったらそいつを部下にできるんだけど、そいつにも部下がいたらさらにそいつらも自分の部下にできるんだ」
「組織や集団の長だったらその集団ごと飲み込むことができるんだろ?」
「そうだ。だけどその時新しい主となった奴が気に入らない奴もいるんだ。自分たちの主が負けて新しい主の部下になったのに、それを認められない奴」
まあ、自分が負けたなら下につくのもわかるけど、自分が戦って負けたわけでもないのに別のやつの下につかないといけないってのが納得できないのは理解できる。会社の吸収合併みたいなものだろう。社長が好きだったから仕事をしていたのに、別の会社の所属に変わったとなったらその仕事を続ける気がなくなるのと同じ。まあ実際にそんな人がいるのかは知らないけど。
「だから、自分たちの主が負けて新しい主の部下になったとき、そいつらは気に入らないなら新しい主に挑むことができるんだ」
「それで、勝ったらそいつが新しい主、ってわけか」
「そうだ。あいつはこの村の戦士だが、あたしが主に負けた事が気に入らないみたいだ」
で、俺に挑もうとしていたところをエラ・リラに横からぶっ飛ばされた、ということか。
「ちなみに、組織内での戦闘はどうなってるんだ? さっき聞こえてきた感じだと、あいつがリラに挑もうとしてたみたいだけど」
「主が変わった時以外は主に逆らうことは認められてないけど、部下同士の順位付けは自由だからな。主に負けてあたしはあいつらの主じゃなくなった。だから挑んでくるのは普通のことだ」
群れの中の格付けなんてあるのか。いや、あるか。集団行動する動物はそうだし、人間だってランキングとか好きだしな。
なんて話をしていると、エラ・リラにぶっ飛ばされた少年がこっちに向かってきた。……集団で。




