全然海の近くじゃなかった
「こっちだ!」
海沿いの大地を走りながら叫んでいるエラ・リラ。そんな彼女を俺達は船に乗りながら眺めていた。なんでそんなことをしているのかと言ったら、エラ・リラの言っていた村に案内してもらうためだ。
在んないなら船に乗ったまましてもらえばいいじゃないかと思うかもしれないし、俺達も最初はそう思っていたし提案もした。でも、ダメだった。
「まさか、船に乗ったままだと場所がわからないからって、船と並走するとは思わなかった」
「一日中走り通しでもついてこれるというのは、凄いというかなんというか……呆れるしかないわね」
獣って長時間走るのに向いていなかった気がするんだけど、流石は獣〝人〟ってところか。
実際に走っていないと距離感がわからなくて迷子になるって聞いた時はどうしようかと思ったけど、まさか走ってついてくるなんてな。
しかも、ただ走るだけじゃなくて途中で近くにあった森の中を走って獲物を捕ってご飯を食べるなど寄り道をしながら追いついてきているんだからな。
そしてそれをもう二週間も続けている。ほぼ一日中動き続ける船を走って追いかける事二週間。よく今までついてくることができたもんだと素直に感心する。
「でもそのおかげで道中陸地から攻撃を仕掛けてくる奴らを心配しなくて済んだな」
俺達がこの大陸に着いたときにエラ・リラから攻撃されたように、船が近づくと攻撃を仕掛けてくる連中っていうのは存在しているらしい。港でなくてもそれは変わらないようだ。
他にも獣人だけではなく魔物もいるし、決して安全とは言えない日々……のはずだった。
だが陸を走っているエラ・リラがいるおかげで、俺達は今回そういった輩に襲われることなく済んでいる。
「そうね。何かあったらまず彼女が反応するものね。ただ、それでもこれからは警戒していきましょう。彼女の性格的に罠を張るようには思えないけれど、そもそもその性格が嘘という可能性もあり得るわ」
「あれが演技なら大したものだと思うけどな」
思い出すのは初対面……ではないけど、まともに顔を合わせた最初の日の事。俺の方が強いと分かるや否やすぐに背筋を伸ばしたまま腹を見せて寝転んだ姿も、その後のあほみたいな態度も、村のことを想っての笑みも、嘘だとは思えなかった。
今日に至るまでも観察していたが、エラ・リラは常に自然体で過ごしていた。
もしあれらが全部嘘なら、もう仕方なかったと諦めるほかないだろう。
「私もそう思うけれど、ないわけではないわ。それに、彼女自身は本心から離していたとしても、彼女の想いを利用して何か策を弄している者がいないとも限らないもの。警戒するに越したことはないわ」
「分かってるよ。油断しないように気を付ける」
と言っても、騙されたのなら仕方ないと割り切り、何かあってもすぐに動けるように気を引き締めるくらいしかできないけど。
そう話してから数時間後。俺達はようやく目的地に着いたようで、近くの浜に泊まれそうな場所を探して停泊した。
ないとは思う。でも万が一に備えて何かあるかもしれないと警戒しながら船を降りていく。もちろん一番最初に降りるのは俺だ。何かあったとしても一番対処できるのが俺だしな。
とはいえ、普通なら避けるべき選択なんだろう。だってこの船で一番価値のある人物って俺だろうし。どこぞの国の王子らしい人物で、大陸を治めるドラゴンの友達なんだから。ついでに言うなら、この大陸にある国の姫の主でもある。
そんな重要人物が、一番危険な段階で降りていくなんて普通ならあり得ない。が、あいにくと俺は普通じゃないので最初に降りることにしたわけだが……
「上陸一歩目は大丈夫だな」
「森からの気配もないわね」
特に警戒する必要はなかったようで、何かが起きる兆候はない。少なくともこの段階では。
「それじゃあ、打ち合わせ通りまずは私達だけで状況を確認してくるわ。あなた達はこの船の警備をお願い」
「畏まりました。我々では獣人が群れで襲い掛かってきた場合、完璧に対処できるとは言い難いですので、できる限り御早いお戻りを」
俺達が下りたことで船の戦力は半減以下になっている。一応すべての船を接岸させるのではなく沖合から遠巻きに見ている船もあるから全滅することはないかもしれないが、それだってわからない。
なので俺達は見送りをしてくれた船長の言葉に頷いてからエラ・リラと共に件の村に向かって走り出したのだが、もう三十分くらいは走っている気がする。それも、強化した状態で。森の中を進んでいるからそれほど速度は出ていないけど、それでも常人よりは早く進めているはずだ。
「結構走ってないか、これ」
「もうすぐだ!」
もうすぐってどれくらいだよ、と聞きたくなったけど、聞いたところで正確な距離なんて理解していないだろうし今は黙ってついていくしかないか。
だが、そのまま走り続けても一向に着く気配がしないのは気のせいだろうか?
「……まだ走るのか?」
「あと少しだけだ!」
だからあと少しってどれくらいだよ!
そう怒鳴りたくなったが、怒鳴ったところで意味なんてないし時間と体力を無駄にするだけだと理解しているので黙ってついていく。
そうして若干の……それなりの苛立ちを感じながら走り続けた結果、ようやく人工物らしきものが視界に映った。ようやくだ。
「…………ようやくついた」
「一時間以上走り通しだったわね」
強化した体で一時間って相当の距離だぞ。一部は森の中を走っていたから速度が落ちていたとはいえ、それでもかなりの距離だ。
そうして走ってきてようやくついた場所って、海からかなり離れてるよな? 全然海の近くの村じゃないんだけど?
「メラ・ミラ! この地の新しい主を連れてきたぞ!」
「誰が新しい主だ!」
なんて思っているとエラ・リラが村に向かって叫んでいるが、その内容については物申させてもらう。俺は大した手間じゃないからこの村に寄っただけで、お前の主となる事を承知したわけでも、この村を絶対に助けて治めるつもりがあるわけでもない。
「ったく、こんなところまで走らされるなんて……随分遠いじゃないか」
「考えてみれば、海に近いのならそれこそ漁村を作ってしまえばいいものね」
まあ言われて見ればそうだよな。海から半端に距離が離れている程度なら、素直に海沿いに村を作ったほうが暮らしやすいだろう。そうしないってことはそれなりに距離が離れている場所にあるんだろう、ってことにもっと早くから気づけていればよかった。
「それはそうかもしれないけどさ、それって港を作る話はどうなるんだ?」
「……ここの者たちとの話し合い次第でしょうね。この村を完全に捨てるのか、それとも人を分けてこの村を維持しつつ漁村や港の類を作るのか。強者に従うというルールを守られるのなら、何事もなく話が進むと思うけれど……」
船で進んでいる途中によることのできる寄港地が用意できるかもしれないから、って話で俺達はこの村に寄ることにしたわけだが、それが用意できないとなると助ける価値ってそんなにないよな。いやまあ、目の前で問題が起きたのを見過ごすのも気分悪いし、何か問題が起きたなら手を貸してやるくらいはいいけどさ。




