村を守らないといけないから
「どうしよう、これ……」
目の前でピンと体を伸ばしたまま動かず、どことなく愛嬌を感じるような眼差しでこっちを見つめてくる獣人の女性。
ドラゴンと同質の威圧を受けて勝てないと判断し、降伏したのは理解できる。そして勝ったのだから相手を従えることができるというのも分かっている。
でも、だからと言って俺自身が相手を従えることを望んでいたわけじゃないし、俺はこの大陸にとどまらないで自分の居場所に帰るんだからついてこられても困るっていうか……本当にどうしようって感じだ。
「どうしたらいいと思う?」
今度は独り言ではなく明確にライラのことを見て問いかけてみたのだが、ライラも眉を寄せて複雑な顔をしている。
だが、どうすればいいのかは迷っていないようで、一つ大きく息を吐き出すと口を開いてハッキリ言った。
「好きにすればいいんじゃないの? あなたに負けを認めたことでもう仕掛けてこないでしょうし、危険はないと思うわよ」
「でも今日は襲ってきたじゃん。また今日みたいに仕掛けてこないとも限らないだろ」
「まあ、そうね。でもあなたなら大丈夫でしょう?」
大丈夫かどうかでいえば大丈夫だけど……でもそれって俺が襲われた場合の話だろ? もし周りが襲われたら対処しきれないんだけど。
やっぱりいっそのこと殺しちゃった方があとくされなくて楽なんじゃないだろうか?
そんなことを思いながら寝転んでいる獣人の女性を見ると、その視線から何かを感じ取ったのかビクリと体を震わせてからごろんと転がり、こんどは体を伸ばしたままうつ伏せになった。
「もうお前達を攻撃したりしない! だからあたしをお前の部下にしてくれ!」
「自分から部下になりたがるやつなんて初めて見た……」
というか、そんな態勢のまま頼んでくるんだ……。雰囲気も何もかもぶち壊しなんだけど。
「獣人はそういう種族だから」
「でも実際必要ないだろ? どうせ俺達この大陸を素通りしていくわけだし」
結局そこが一番の問題なんだよなぁ。部下にしてくれと言ってきているんだから、部下……かはわからないけど、手ごまの一つとして使うのは問題ない。でも、それは俺がずっとこの大陸にいるのなら、あるいは定期的に来るのなら、だ。
元の大陸に戻ったとしても、いつかはこの大陸にやってくることもあるだろうけど、それがいつなのかまでは分からない。数か月後かもしれないし、十年以上この大陸に来ないかもしれないとなれば、そう簡単に連れていくという選択をしていいわけではないと思う
「え!? お前、いなくなるのか……?」
「そりゃあまあ、この大陸の人間じゃないし」
「ダメだ!」
俺がこの大陸を離れるとは思っていなかったのか、獣人の女性は勢いよく立ち上がり、殴り掛からんばかりの勢いで俺の両肩を掴んで叫んできた。
「いや、ダメだって言われても……」
部下になるのは良くて、でも俺がこの大陸を離れることはどういうことだ? この大陸で何かをしたいのか? それなら俺の部下になる事もダメだと思うんだけど。部下になったら自由に動けないわけだし……いや違うか。部下になったとしても、目的を達成することはできるな。自由に動く権限を手に入れるか、あるいは自分の目的に沿うように俺を動かすことができるなら。
「それじゃああいつらはどうすればいいんだよ!」
どうやら、今しがた予想した通り何かしらの目的があるようだ。そしてそれは多分武力が必要な何かなんじゃないだろうかとは思う。けど……そんな事情俺の知ったことじゃない。
「いや知らないし……っていうかあいつらって誰だよ」
「村の奴らだ!」
「村? あんたの故郷の村か?」
「違う! あそこはみんな困ってる場所だ。あたしはそれをどうにかしてやらなくちゃいけないんだ!」
誰かを倒す方向じゃなくて誰かを守る方向で何かしたいのか。
多分その〝村〟に何か問題があるんだろう。強力な魔物が封印されているとか、魔物の群れが攻め込んでくるとかそんなんだろうか?
でも、自分の故郷でもないのにそうまでして守りたいなんて、どうしてだろう?
「どうにかしてやらなくちゃいけないって、ずいぶんと使命感に溢れた言葉だけど、故郷でも何でもないんだろ?」
「そうだ。でもあたしは姫だからな。自分の縄張りに住む奴らは守ってやらなくちゃならないんだ!」
「へえ……立派な考えだな……ん? 姫? あんたがか?」
当たり前のように言われたから流しそうになったけど、姫って……これが? 正気か?
「そうだ! あたしはこのあたりを支配している王の娘なんだ!」
……そっかぁ。
こうも堂々と言ってのけるってことは、まず間違いなく本当の事なんだろう。
「姫……これが……?」
人の船に勝手に飛び乗ってきて攻撃を仕掛けたかと思ったら、殴り飛ばされても負けを認めずに襲撃してくる獣人のルールを無視している存在。そして今目の前で寝転んで服従の姿勢を見せていたこれが……姫かぁ。
いやまあ、少し前にふざけた態度の王様と友達になったし、これが姫でもおかしくはない……のか?
「仮にあなたがこの国の姫だとして、なぜこんなところにいるのかしら? この国の首都はもっと遠かったはずよね?」
ああ、そうなんだ。というか、首都ってあったんだ。国の概念が他とは違っているみたいだし、首都とか存在してないと思ってたんだけど、そんなことはないようだ。
「べつに、ずっと都にいないといけないわけじゃないからな。他の兄弟たちもその辺を走り回ってる」
「走り……そう。いえ、そうよね。獣人だもの。私たちの常識は当てはまらなくて当然ね」
ライラは頭痛そうに頭を押さえているけど、そうなるのも無理はないか。
他の兄弟ってことは王族だろうし、そんな奴らが国中を走り回っているとなれば、まともな国で騎士として仕えてきたライラの常識とは違っていて当然だろう。
「あ、そうだ。えーっと……そう言えば名前聞いてなかったな」
「エラ・リラだ。リラでいい!」
ここにきてやっと名前を聞いたけど、王女のわりに随分と簡単な名前なんだな。……長い名前を憶えているだけの脳がないのか。いや、侮辱としてではなく事実としてね。
「リラか。俺はグランディールっていうんだけど……まあそれはそれとして、姫だってんなら一つ聞いておきたいんだけど、獣人は誇りをもって戦いをする戦士、ってことであってるか?」
「そうだ! あたし達は誇り高い戦士なんだぞ!」
なんて自信満々に言っているエラ・リラだけど、俺はどうしてもその言葉を受け入れられなかった。だってそうだろ。お前は誇りを無視して俺達を襲撃して来たんだから。
「の、わりに機能負けたのに認められずに今日また挑んできたのはなんでなんだ?」
「そ、それは……くぅ……」
エラ・リラはうめき声をあげると口を開いて何かを言おうとし、それから口を閉じ、やっぱり何かを言おうと口を開いてまた閉じた。
そんなことを何度か繰り返していると、自分の中で折り合いをつけることができたのかキッとこちらを睨みつけるようにしながら、どこか弱弱しさを感じる震える声で話し始めた。




