獣人の襲撃
「なんか騒がしいな……」
どうしようか。もう日は昇っているし起きる時間としては丁度いいくらいだから起こされたことについては構わないんだけど、流石に今外に行くのはまずいよな? なんか面倒ごとに巻き込まれそうな気がする。
ただ、この面倒ごとは俺達に関係していそうな気もするし、いつまでも無視を決め込んでいるってわけにもいかない気がするんだよね。どうしようか。
「グラン。起きているか?」
「ライラ? 起きてるけど、何か厄介ごとか?」
聞こえてくる声が固いのもそうだだが、こんな態度をしているってことはライラは今帯剣しているってことだろうし、それだけの事態ということだ。どうやら荒事が起きたようだ。
「おそらくはそうなるだろう。入るぞ」
そういうなりライラは俺の返事を待たずに部屋の中に入って来たが、やはり想像通りライラは帯剣していた。
「おはよう。厄介ごとって?」
「ああ、おはよう。まあ簡単に言ってしまえば、昨日お前が殴り飛ばした者が攻め込んできた、といったところだな」
昨日ってなんかあったっけ? この大陸に着いてからは宿に来て食事と睡眠くらいしかしてない気がするんだけど。
「昨日……あー、船の上に襲撃しかけてきた奴?」
「それだ」
「あれかぁ……でも獣人って――」
そう言えば大陸に着く前に倒したのがいたな。でも、それっておかしくないか? だって獣人って戦いで負けたら大人しく相手に従う種族なんだろ? それなのに殴り飛ばされて船から退場させられたのにこっちに攻め込んでくるって、それどうなんだ?
殴り飛ばされはしたけどまだ負けを認めていないとか、あの時点ではまだ意識はあったけど、海面まで戻ってくる前に俺達が港に向かってしまったから俺達の負け判定なのか……考えられるのはそれくらいか?
もしくは、攻め込んできたっていうのは勘違いで、自分に勝った相手を探すためにここに来たとか? 攻め込んできたっていうのは粗暴なふるまいがかんちがいされただけ、とか……
「昨日あたしと戦った奴がここにいるってのは割れてんだよ! さっさと出せばてめえらには拳一発ですませてやらあ! だからさっさと吐きやがれ!」
はい。違うね。勘違いされただけ、なんてことはなかったよ。本当に攻め込んできたみたいだ。
階下から粗暴な叫び声が聞こえてきたことで俺は溜息を吐いてからライラへと顔を向けた。
「……獣人って負けたら大人しくなるんじゃないのか?」
「……そうだな。そのはずだ。考えられるのは、私が知っている場所とは文化が違うことだろうか。あちらでは負けたらそれで終わりでも、こちらでは死ぬまで、あるいは降参するまで勝敗はつかない、などということもあるかもしれない」
「それだと面倒だな」
大陸の真逆と言ってもいい位置関係だし、ライラが関わっていた獣人とこっち側の獣人では大まかな文化は同じでも細かいところが違う可能性は十分に考えられる。
「……あるいは、グランに負けたことに気づいていないということも考えられるか?」
「そんなことあるか? あんなに派手に吹っ飛ばされておいて?」
「吹っ飛ばされた場面も、その相手も、彼女は見ていない。戦ってる最中になんだか知らないけど吹っ飛んだ……いや、その意識すらなく、戦っている最中で急に記憶が飛んだと認識しているかもしれない」
「まあ、視認される前に思い切り吹っ飛ばしたから本人からしたらわけわからないだろうけどさ」
確かに、言われて見ればライラの言った通りかもしれない。ライラと戦っている最中で、なおかつこれから全力を出そうと力を溜めているときに意識の外から思い切り殴られて吹っ飛んだんだから、何が起きたのかわかっていないのかもしれない。
殴り飛ばされた時点で意識を失ったんだったら、本人視点からすると急に記憶が途切れているように思えるだろうし。
もし昨日のことを〝誰かに倒された〟ではなく〝何らかの事故で海に落ちてしまった〟とか思っていたら、負けたと思っていなくても仕方ないのかもしれない。
「これ、どうした方がいいと思う?」
「我々が行けば面倒なことになりかねないが、かといって他の者では止めきれないだろうな」
「そっか。じゃあ行くしかないよね」
「私の立場としては止めるべきなのだろうが、それが現状最も手早く確実な手段ではあるな」
そう話してからライラと共に部屋を出て、騒ぎが起きている一階へと階段を下りていく。
「だからさっさと出せって……てめえ!」
階段を下りている途中で俺達に気づいた獣人の女性は、歯をむき出しにして怒りをあらわにし、とびかかって来た。
だけどその狙いは彼女のことを殴り飛ばした俺ではなく、隣を歩いていたライラの方だった。
「挨拶も碌にせずいきなり襲い掛かってくるとは、礼儀がなっていないな」
殴り掛かって来た拳を、鞘が付いたままの剣で受け止めるライラ。そのままつばぜり合いのような状態で睨み合い、ライラは目の前にいる獣人のことを見下すような眼差しで侮蔑の言葉を投げかけた。
「はんっ! 礼儀なんざ力で踏みつぶせばだれも名にも文句を言えねえだろうが!」
だが、そんなライラの言動に頓着することはなく獣人の女性は一度拳を引いてから新たにライラへと殴りかかり、ライラの剣によって迎撃されている。
「なら、その力によって叩きのめされたお前が礼儀を無視して襲い掛かってくるのは話が違うのではないか?」
「うるせえ! 昨日のは無しだ! あたしとお前が戦ってる時にくそったれな横槍がなけりゃああたしは負けなかったんだ! この卑怯者ども!」
どうやら昨日あったことはしっかりと認識しているようだ。いや、俺がそばにいて気づいていないんだから、殴られたこと自体は理解しているけど殴ったのが誰かまでは認識していないのか。
そのことは理解したけど、それだと気になる事がある。
「ライラ、これ本当に獣人? いやまあ、耳とか尻尾はあるし体毛も獣っぽいけどさぁ、聞いてた感じとだいぶ違うけど?」
殴られたことを認識していないなら仕方ないとは思う。でもそうじゃない。殴られて吹っ飛ばされ、負けたことを理解しているのに不意打ちだったからノーカンだ、なんて言うような奴は、話に聞いていた獣人とは全然違う。
そうなるとやっぱりライラの知っている獣人と文化が違うっていうのが正解なんだろうか?
なんて考えていると、話に割り込んだ俺のことが気に喰わなかったのか獣人の女性はライラに攻撃する手を止めて俺のことを睨みつけてきた。
「なんだクソガキ。巻き込まれたくなかったら関係ねえ奴はすっこんでろ!」
「ん? 言葉は悪いけど意外と優しい?」
巻き込まれたくなかったら、ってことは、巻き込むつもりはないって言ってるのと同じだろう。
粗雑な雰囲気と言動で全方位に敵意を向けているように感じられるけど、意外とそうでもないみたいだ。
「優しさの前に礼儀を身に着けてもらいたいのだがな。それに、この者は部外者ではないぞ。何せ、お前を倒したのがグランなのだからな」
「っ!」
ため息交じりのライラの言葉を聞き、獣人の女性は驚いたように目を見開いて俺のことを見ると、すぐさまその場を飛び退いて距離をとった。
そして俺のことを睨みつけて叫んだ。
「てめえかあの時邪魔してきやがった奴は!」




