ライラ:竜を殺すための剣
「ふむ。ワシの鱗を切るか。お飾りなどというわけではないようだな」
「聞こえていたのか……」
「この森に入った時点で全て把握されていると思うたほうが良い」
流石はドラゴンというべきか。普通ここから森の入り口までの音なんて拾えるはずがないのだが、それが可能であるドラゴンという生物の能力が恐ろしい。
だが、それならばこちらに敵意や害意があって森に来たわけではないということは理解しているはずだ。最初に見逃してもいいというようなことも言っていたのだし、再度改めて説得をすれば見逃してくれるのではないだろうか?
「そうか。ならば、見逃してはくれまいか? 我らの目的は主君のご家族、その遺品探しだ。あなたがたドラゴンと敵対しにきたわけではない」
「その割には先程は竜殺しの名を得ようとしていたではないか」
「っ……」
返ってきたドラゴンの言葉に、ぶわっと前身の毛穴が開いたような感覚がした。
ドラゴンを殺せるとは思っていなかったし、できる事なら戦いたくないとさえ思っていた。
だがそれでも、ドラゴンへの害意を口にしたのは事実である。
あれは自身を、そして隊を鼓舞するために吐いた強がりの言葉だったが、それが今になって自分たちを追い詰めることになるなんて……くっ!
「……ふ。冗談だ。しかし、どうしたものか。ワシとしても家族の遺品を探しにきたという者を無慈悲に追い払うつもりはないが……」
私が自身の言動に後悔し、自分のせいで部下たちを死なせてしまうかもしれないと恐怖していると、不意に目の前にいるドラゴンから感じていた威圧感が薄れた。
どうやら、今の言葉はドラゴンなりの冗句だったようだ。……全然笑えないが。
「よし。良いだろう。そなたらが任を終えるべく手を貸そうではないか」
何かを考えこむように黙ったドラゴンのことを見続けて数分……いや、もしかしたら一分も経っていないかもしれない。永遠とも思えるような時間を待ち続けていると、突然ドラゴンが顔を動かし、私たちのことを見つめながらそう告げてきた。
「え……マジッ!?」
「フリーデ!」
思いもしなかったドラゴンの言葉に驚いたのだろう。フリーデが叫ぶようにして問い返し、少しでもドラゴンを刺激するまいと考えたのだろう。ノンナが叫んだフリーデを咎めた。
「ただし――力を示せ」
「それはいったい……」
力を示せとはいったいどういう意味なのか。力であれば先ほどの戦いで見せたはずだが、それだけでは不十分だったということだろうか?
「一度で構わぬ。全力の攻撃というものを仕掛けてみよ。その力を見て認めるか否かを判断しようではないか」
確かに、先ほどは全力の攻撃というのは行っていなかった。本当の意味での全力の攻撃というのは、タメが必要になるが、ドラゴン相手にそんなことをしている余裕はなかったからだ。
それに、全力で攻撃を仕掛ければ、私はしばらくまともに戦うことができなくなる。それでは部下を守ることができない。だから私は全力で戦っていたが、全力の攻撃はしかけていなかった。
ドラゴンの方もそのことに気が付いていたのか、あるいは気が付いていなくとも全力を見せろといったのか……いや、どちらでも構わないか。チャンスが与えられたのだから、後はそれをつかみ取って生き残るだけだ。少なくとも、ドラゴンとこのまま命がけの戦いを続けるよりは生きる目がある。ただ……
「……もし、力が及ばないと判断されたら……どうなるのでしょうか?」
私の剣はドラゴンを倒すためにある。だから全力で攻撃をするのは構わない。だがその結果失敗したとしたら? 私だけの命で済むのなら、悔いは残るが納得して死ねる。だが、私の力不足で部下達まで巻き添えで死ぬのだとしたら?
「単純な話だ。ドラゴンを相手に剣を抜き、負けたのだから――死ぬことになる」
「「「っ!!」」」
「そんな無茶な!」
「無茶? ふむ……まともに戦って勝てといっているわけではないのだ。随分と甘い対応であると考えているが、ワシの考えは人間の文化としてはズレているか?」
「それは……でもっ!」
失敗したら死ぬ。あってほしくない答えではあったが、単純ではある。それに、ドラゴンの言っていることは間違いではない。この場において部外者は我々の方で、言い換えれば侵略者ともいえる。
そして住民であるドラゴンに刃を向け、殺意のこもった言葉を吐き出した。普通なら問答無用で殺されていて当然の行いだ。これでまだ生かす道を残してくれているのだから、温情をかけられているといってもいいだろう。
「フリーデ。ノンナを下がらせろ」
普段は騒がしくしているフリーデをしっかり者のノンナが止めるが、今回ばかりは逆のことを頼むことになった。そのことが少しおかしくて、心にのしかかっていた重圧が少しだけ軽くなった気がした。
「隊長!」
「他の者も下がれ。なに、安心しろ。お前たちのことは、命をかけてでも守り抜いて見せる」
覚悟のこもった眼差しで部下たちを見回せばそれ以上騒ぐ者はおらず、私は皆に見守られている中でドラゴンと向き合うこととなった。
剣を構え、ドラゴンを睨みつける。
睨まれたドラゴンは鋭い牙の並んだ口を薄く開き、獰猛な顔を見せている。
あるいは、もしかしたらあれは笑っているのかもしれない。嗜虐的なものでも嘲笑でもなく、友好の笑みを。
だがそうだとしても、私のやるべきことは変わらない。
覚悟を決めろ、ライラ・ボルフィール。我が家門は何のためにある。私たちは何のために剣をとり、鍛えてきた。竜を殺すためだろ。
手元には剣があり、後ろには守るべき者がいる。そして目の前には倒すべき敵が――ドラゴンがいる。
なら、やることは決まっている。
「カルダート剣術第一式……剣竜爪撃!」
今よりもずっとずっと昔、邪悪なドラゴンに故郷を滅ぼされた剣士が敵を討つために編み出し、鍛え上げた竜殺剣。
その剣は人を殺すためにあるのではなく、竜を殺すためにある。故に、人の技ではなく竜の技を元にして作られている。いうなれば、ドラゴンの技の模倣。ドラゴンを殺すためにドラゴンを真似たドラゴン殺しの剣。
「竜の爪は全てを切り裂く刃である」
最初に受け止めた攻撃と同じく、その攻撃は振り下ろしだった。だがただの振り下ろしではなく、魔力の込められた腕による必殺の一撃だ。
それを、風を纏わせた剣で斬ることで迎撃する。
お互いの攻撃が接触し、せめぎ合う。
いける! そう思い、剣をさらに押し込んだ直後、ドラゴンの一撃に耐えきれず私の剣が折れ、込められていた魔法が弾けた。
折れた剣を起点に周囲にまき散らされた暴風によって私の体が吹き飛ばされる。すぐさま体勢を立て直して辺りを見回せば、突然の暴風で飛ばされ、あるいは必死に堪えている部下たちが映る。そして――ドラゴンの姿。
傷をつけることはできたのだろう。ドラゴンは振り下ろした手のひらから血を流している。無敵とさえ言われている鱗を斬り、ドラゴン本体を傷つけることに成功したのだ。人の世では偉業といってもいい功績だろう。
だがその命までは届かない。いや、届かないどころの話ではない。ドラゴンの命は、あまりにも遠すぎた。
「……よもや、竜の真似事をする剣を振るうとは。なかなかに興味深いものだ」
「ぐっ……! 届かぬ、か……」
私にできたことはちょっとした傷をつけただけ。命をとるには程遠い。これでは部下まで死ぬことになってしまう。
私は満足だ。自身の全てをかけて挑み、負けたのだから。
だがせめて部下達だけは荷がしたい。そのために、全力を尽くし、ふらつく体に喝を入れて再び剣を構える。
折れた剣で何ができるというのか。魔力の尽きた体で何ができるというのか。挑んだところで負ける未来しかない。
だとしても、皆が逃げるだけの時間は稼いで見せる……!
「否。そなたの剣はワシに届いていたぞ。誇りに思え。よくぞ人の身でそこまで辿り着いたものだ」
そう覚悟を決めたというのに、ドラゴンからは先ほどまで感じていた威圧感は消え去り、その視線は私ではなく森へとむけられていた。
「見ておったか、グランディール」
「? 何を……」
突然放たれた声はどこか慈愛が込められているように感じた。だが、一体誰に話しかけているというのか。グランディールというのは誰の名前なのだろう?
まさか、このドラゴン以外にもう一体別のドラゴンがっ……!?
そう考えた私だったが、そんな考えはきれいに消え去る……いや、吹き飛ばされることとなった。
「いつから気づいてたんだよ、ジジイ」
「なっ!?」
なぜなら、森から姿を見せたのは人間だったのだから。