グランディール対ガルディアーナ
「確かに普通の人間に比べれば強いし、魔法を使わせたらドラゴンでも倒せるでしょうけど、そもそも使わせなければあなたは普通の人間よりも強い程度でしかないのよ」
「……ご教示どうも」
ただの人間。そう言われたことで唇をかみしめる。だが、言っていることは間違いじゃない。
昼は魔法を使ってガルと対等以上に戦っていたし、何だったら勝っていた。他のこれまで遭遇した敵も、魔法を使って余裕で対処し、どこか自分には関係ないことだと思いながら全員倒してきた。今になって思い返してみれば、多分見下していたんだろう。
その理由は相手が弱いからじゃない。俺が強いから……いや、違うか。強い力を手に入れたから、だろうな。
つまり、強い力を手に入れてそれを見せびらかしてイキリ散らしているただのガキでしかなかった、というわけだ。
でも、そんなことを今更理解しても遅いし、悔いたところで何があるわけでもない。
素の能力だけで勝てないならどうにかして魔法を使わないといけないが……
「詠唱がないと力が落ちるな……」
魔法を使う際の詠唱も準備もすっ飛ばして雷の爪を作って攻撃するが、威力が出ない。それどころかまともに形を成してくれない。爪、のように見える雷の塊程度にしかならず、そんなものが当たったところでガルは……ドラゴンは傷つけられない。
「ほらほら~。どうしたの? そんなものなわけ? やっぱりバルフグランが育てたって言っても所詮はこの程度ってわけなのよね~! ねえねえ、どうしたの〝自称ドラゴン〟君?」
その言葉を聞いて、俺の中にあった後悔も反省もその他もろもろの感情も、全部が吹き飛んだ。
別に、ジジイがバカにされたからじゃない。バカにされたところで、本人に届かないなら好きにすればいいと思う。だって他者が何を言おうと結局ジジイに勝てないわけで、負け犬の遠吠えでしかないんだから。
だけど、〝自称ドラゴン〟。この言葉はどうしても気に入らなかった。
確かに俺はドラゴンではない。人間だ。ドラゴン達の許で暮らし、その力を模倣することができるようになったところで、人間なんだ。
でも、ドラゴンと……あの村に住むみんなと友達であり、仲間であり、家族でありたいと思っているし、そうであると思いながら過ごしてきた。
〝自称ドラゴン〟という言葉は、そんな俺の思いも人生も、全部を否定しているように感じられたから。
もちろん本人にそんなつもりはないんだろう。でも、いじめは相手がいじめと感じたらそうなのだ、っていうだろ? それと同じだ。俺がそう思った。怒りを感じるにはそれで十分だと思う。
煽りながら攻撃をしてくるガルディアーナ。このまま戦いを続けたところで、こっちが押されて負けだろう。
だからどこかでこっちが押し返す一手を打たないといけないんだが……
「……いいさ。そこまで言うんだったらこっちだって本気でやってやる」
自分の傲慢が原因で追い詰められているんだ。その失態を挽回するためなら、少しの怪我くらいは受け入れるべきだろう。
「へ?」
振り下ろされたガルの腕を避けることなくまともに受け止めたからだろう。地面に叩き付けられるように吹き飛んだ俺を見て、ガルは間抜けな声を漏らした。
「え、あ、ちょっ……」
無防備に受けて地面にたたきつけられた俺を見て、心配になったのだろう。ガルはこっちに追撃を仕掛けてこようとしていたが、一瞬だけ動きが止まった。多分契約によって勝手に動く体を強引に止めたんだろう。――ありがたい。
「『竜の爪は――』」
僅かにできた空白の時間。その隙に魔法を構築していく。ただし――
「なーんだ。やっぱり遅いままじゃない。ちょっとだけだけど、心配して損し……たぁ?」
「『すべてを切り裂く刃である』」
――一つではない。
「ちょちょちょっ! なにこれ! なんだってこんなにっ……!?」
空にいるドラゴンに向かって展開される無数の魔法。
今までのような一つだけの魔法では簡単に対処される。なら、対処しきれないほどの数があったら? いくつかは対処できるだろうけど、一つでも残れば次へつなげられる。
ガルはこんな状況を予想していなかったようで、こっちに突っ込んで俺の魔法を消しつつ攻撃を仕掛けてきながらも驚きの声を上げている。
「ドラゴンは自身の体を強化してそこに術を付与する。けど俺は所詮人間だ。ドラゴンみたいな体なんてないんだ。それでもドラゴンの技を真似するには、そもそも魔法でドラゴンの体から作る必要がある。つまり――」
雷で形作られたドラゴンの手が、本物のドラゴンを掴み、地面に引きずり落そうと動き出す。
いくつかは消され、迎撃されるが、それでも圧倒的に手数が足りていない。
普段は叩き付けるとか切り裂くとか、そういう単純な使い方しかしていないけど、それはそんな単純な使い方だけで十分だったからだ。ドラゴンの〝手〟を再現している以上、ものを掴んだり引っ張ったりすることも当然できる。
遠目から見れば、地獄から這い出た亡者の手にも見えるかもしれない。いや、雷でできて光っているため、亡者のような禍々しさはないかもしれないな。
「本物のドラゴンとは違って腕の数だけじゃなく、肉体の制限を受けずにいくらでも作ることができるってことだ」
ドラゴンは自分の肉体だけしか使えない。使う必要がない。それだけで十分に強いのだから。
でも、強さと手数は別物だ。質が高くても量には対抗できない状況なんていくらでもある。今まさに、数の暴力に呑まれているように。
「ず、ずっこい! こんなのずっこいじゃない!」
「『竜爪雷斬』!」
無数の爪に対応しながらも文句を言っているガルを無視し、叫ぶ。
その直後、ガルを掴んでいたものも、掴もうと動いていたものも、なぐりかかっていたものも、すべての〝手〟が輝きを増し、〝爪〟となってドラゴンへと襲い掛かった。
「ぴぎゃあああああ!?」
数十体のドラゴンから攻撃を受けているに等しい状況の中で、ガルは叫びながらめちゃくちゃに動き周り、魔法を使い、何とか生き残ろうと行動していく。
「ひ、ひいっ……! し、しぬうううぅぅぅぅ……!」
しばらくしてすべての〝爪〟による攻撃が終わったことでガルは動きを止めたが、その体は全身が傷つき、ぼろぼろと言ってもいいような状態だった。
だがそれでも俺の姿を認めるなりガルは動き出し、再び魔法を放ち、襲い掛かって来た。
「そう言いながらも攻撃を仕掛けてくるってことは、まだまだ戦えるってことだろ?」
「いやいやいやいや! もう無理! 無理だから! 今のめっちゃ痛かったの!」
「でも止まらないんだから仕方ないだろ」
「止まれ私の体! お願い。マジでお願いだから止まってよおおお~!」
情けなく叫びながらも止まらないガル。なんだか涙が流れているような気がするけど、高速で移動しているせいで風で吹き飛んでいる。
このままの速度で突っ込まれて攻撃されたら負けるだろう。でも、もうすでに次の準備はできている。
「『竜の牙は全てを貫き……』」
「む、無理! しんじゃう!」
今度の魔法は先ほどとは違い、一つだけ。竜の牙を再現するために炎の塊が物質的な力をもって形を作る。
すでに見せた魔法であり、だからこそガルも対処できると踏んだんだろう。情けないことを叫びながらも突っ込んでくるのを止めず、魔法を壊そうと介入してくる。
でも、そうはさせない。この魔法はこれで終わりじゃないんだよ。
「『竜の角は全てを砕き滅ぼす嵐の具現』」
「ほええ……?」
集まっていた炎の塊は、揺らいで形を崩したかと思うとすぐに周囲の空気を巻き込みながら再度形を作り直して巨大な馬上槍のような一本の武器を作り出した。
その槍を中心に炎と風が渦巻き、どんどん槍へと集められ、圧縮されていく。
「一度見たことがある術は破壊できるんだったら、これならどうだ? 今作ったばかりの新技だ。存分に食らえ」
魔法を壊そうとしているのだろう。干渉しているのが分かるが、これは止められないはずだ。だってこれは、ドラゴンの魔法じゃないから。
正確には、ドラゴンの魔法〝だけではない〟というべきか。ドラゴンの技を再現した魔法を、人間の魔法の理で合成し、繋ぎ合わせた魔法。ドラゴンの魔法でありながらもドラゴンの魔法ではないこれは、ガルに打ち消すことはできないだろう。
「いやぁ……もうおなか一杯っていうか……やめて?」
今のガルの動きについて誰がどう判断しているのかわからないが、契約に縛られ、勝手に動いている状況でも流石にまずいと判断したのだろう。
ガルは動きを止めてゆらゆらと体を前後に動かしている。多分攻撃するために突っ込んでいくか、それとも逃げるべきなのか迷っているのだろう。あるいはガルが契約に逆らって逃げようとしているのか。
どっちにしても動きが止まっているのは好都合だ。
「これで気絶したらやめるから安心していいよ」
この一撃が当たればいかにドラゴンと言えど大怪我をするだろう。真なるドラゴンブレスよりも弱いだろうけど、それでも十分な威力があるはずだ。
そんな圧縮された炎の嵐を――放つ。
「ぷぎゅうぅぅー……」
放たれた槍はガルへと一直線に突き進み、この魔法に対抗するために準備したであろうガルの結界を破壊した。
そしてそのままガルめがけて進んでいくが、迎撃するためにガルは炎を纏った右腕が突き出し、拮抗した状態となった。
だがそれも一瞬の事。拮抗したかと思えたお互いの攻撃だったが、炎の槍がガルの右腕を抉り、貫き、後方へと駆け抜けていった。




