大間違い
「どうにかして契約を破棄する方法はないのですか!」
「術者が死んじゃってるから無理ぽ!」
……イラッ。何が無理ぽだよ。もっと真剣にやってるような態度を見せろよな。
「じゃあ殺せばいいのか?」
「んなわけないでしょ! 殺されてたまりますかってのよ!」
ふざけんなっ、とでもいうかのように声を荒らげているガルだが、実際のところどうすればいいんだ。このまま放置しても被害が拡大するだけだし、殺す以外に思いつかないぞ。
「まあでも、似た感じね。多分私が意識を失ったら解除される気がするのよ」
「殺さずに意識を刈り取れなんて、ドラゴン相手に無茶を言う……!」
昼の戦いでは勝つことができたとはいえ、それでもガルはドラゴンだ。仮に昼の戦いではガルが手加減していたとしても、俺も本気で戦えば勝てると思う。でも、勝てるからと言って余裕があるかまでは分からない。
そんな状況で殺さないように加減をしながら戦えって……なかなか厳しいぞ。
「いっそのこと頭吹っ飛ばしていいか?」
「やめてよねっ!?」
「なりません!」
普通なら諦めているような無理難題に、軽く冗談を口にしてみたのだがガルだけではなくリーネットからも猛烈な抗議が入ってしまった。やらないってば。
でも、殺しはしないとしても、流石に無傷で、とはいかない。
「手足の三本か四本くらいは大丈夫だよな?」
「四本消えると全部なくなるんだけど!?」
「どうせまた生えてくるだろ」
「生えてくるっていうか生やすんだけど……まあできないことはないわね」
「じゃあ、手足の五、六本は覚悟しとけよ!」
「増えてるし! っていうか私の手足は四本しかないんだけど!?」
翼とか尻尾も入れれば足りるだろ。
「ライラ! とりあえずこいつをここから離す!」
「わかった! 私は後から追っていく!」
本気で戦うにはここじゃ狭すぎる。どうせ壊せるから広さは確保できるけど、それはそれでガル達が困るだろ。城は……まあ今も半壊くらいしてるけど、それでも一部が壊れるだけで済んでいる。それが更地になったら流石にまずいだろう。
それに、城だけで済めばいいけど、街にまで攻撃が届くだろうしその場合は被害が計り知れない。
「『竜の翼は何物にも捕らえることのできない自由の具現!』」
光の粒子を集めて作ったような翼を背中に生み出し、高速で空を駆けていく。
その後を追ってガルも飛んでいるが、夜の空を二人っきりで飛んでいるというのに風情も何もない。まあデートってわけでもないし、そもそも恋仲ってわけでもないんだから元々風情もくそもないか。
「わあ……夜だとその翼ってすっごい綺麗ね~」
「そんな感想言ってる場合かよ!」
操られていて本人にその気はないとはいえ、これから殺し合いが行われるっていうのになんとも気の抜けた態度だ。
ここまで呑気な反応をしていられるのを見ると、苛立つどころか呆れてくる。なんだったら関心さえできる。
「ここなら被害を出さずに戦えるな」
「あっ! 避けてー!」
王都からだいぶ離れたところで速度を緩めた瞬間、後ろから追いかけてきていたガルから警告が行われた。そして同時に背後から猛スピードで突っ込んできたドラゴンの爪を受け止め、弾き飛ばされてしまう。
「お前、本当に操られてるのか? なんだかさっきより勢いが増した気がするんだけど?」
速度もだけど、攻撃にも力が乗っている気がするのは果たして気のせいだろうか?
「んー、まああれじゃない? 城を壊しちゃいけないってめちゃくちゃ気合い入れて頑張って押さえてたから、移動したことで安心して抑えが緩んだとか?」
「……城にいたままの方がよかったか?」
「そんなことしたら城が壊れちゃうじゃない!」
「……はあ」
ほんと、溜息が出てくるよ。全力のドラゴンと戦わないといけないなんて。
ジジイに勝ったことがないどころか、一矢報いた事すらない。加減されてようやく爺の攻撃を相殺することができた程度の力が俺の実力だ。
そんな俺が、ドラゴンを相手に殺さずに倒さないといけないなんて……まったく、どうかしてるよ。
「『竜の爪は全てを切り裂く――』」
「おっそい!」
「っ!?」
いつも通り魔法を使い、竜の爪を再現しようとした瞬間、魔法が砕けた。
「なぁに驚いてるわけ? その技、オリジナルは私達ドラゴンよ? 人間が使うように変えられてるとはいえ、基礎的な部分は私たちが使ってる魔法の流用なんだから、その構成くらい見ればわかるわよ。んで、構成がわかるなら手を加えて壊せばそれでおしまいでしょ? 一度見た攻撃が通用すると思わない事ね!」
「このっ……! クソッ……絶対自分で動いてるだろお前」
「いやいや、そんなことないってば。ただ~? 私ってば国を作っちゃうような凄いドラゴンだしぃ? マジモンのドラゴンじゃない人間くらい本気を出せばちょちょいのちょいってもんなわけよ。ってわけで、昼間に戦った時に負けたのは油断してたうえに加減してあげてたからなだけで、ちゃんと戦えば強いのよ! わかった?」
なんだかんだ言いながらも、結局は勝てるだろうと思っていた。ドラゴンだし強いだろうけど、それでもガルはジジイじゃないし、昼も勝ったんだから勝てるに決まっている。問題はどうやって勝つのかだ、なんて考えていた。
でも、それは大間違いだった。
ガルは普段はふざけた態度をとっているが、それでもドラゴンなのだ。数千年を生き、長い間国を守り続けたドラゴン。弱いわけがない。
真なるブレスは使えないかもしれないが、それがどうした。他の基礎的な能力が暴力的なまでに高ければそれで十分強く、だからこそドラゴンは真なるブレスの習得を必須としていない。それでも他者を圧倒することができるからこその『ドラゴン』なのだ。
それを知っていたはずなのに、理解できていなかった。心の底では習得できていない怠け者たちを見下していたんだ。
「『竜の牙は――』」
「だから、遅すぎだってば!」
後悔しても今更遅い。それでも攻撃しない事には始まらない。
そう思って今度は〝爪〟ではなく〝牙〟を使おうとしたが、それもさっきと同じように魔法が完成する前に砕け散り、代わりにガルの尻尾が叩き付けられた。
迫る尻尾を弾いて逸らし、魔法ではなく素の能力で殴り掛かったが、鱗に弾かれてしまい大した効果は出なかった。




