詐欺的な契約
「ガルディアーナ様! ご無事なのですか!?」
ドラゴン姿になっているガルを見てリーネットは再び走り出してガルの許まで近づいていった。
「リーネット……? なんでこっちに……グラン達はどうしたの……」
「ここにいるよ。敵はどうなったんだ?」
「死んだわ」
ガルの言葉に反応して俺達もガルの前に姿を見せる。
周囲を確認するとガルの言った通り襲撃者らしい人物たちはすでに息をしておらず、全員死んでいることが分かった。
でも、おかしなことがある。ガルに倒されたのは構わない。というか、それは当たり前のことだと言っていいだろう。だが一つ疑問がある。どうしてこいつらはこんなにきれいに死んでいるんだ?
普通、ドラゴンに攻撃されたらもっと死体が損傷しているものだ。建物くらいの大きさの拳が飛んでくるんだから、まともに形を保てないのは当たり前である。
けどここに倒れている敵たちは、首が飛んでいたり頭が潰れていたり胸が吹っ飛んでいたりするけどそれだけだ。あくまでも人間サイズの怪我であって、ドラゴンの攻撃の結果できた怪我だとは思えない。
人間に化けた姿のまま倒したように見えるんだが、なんでガルはドラゴンの姿になんてなってるんだろうか?
「そうか。……なら、なんでドラゴンの姿になんてなったんだ? その姿に戻ってから倒したってわけじゃ――ッ!?」
そのことを問いかけた直後、ガルの腕――ドラゴンの腕がまるで俺のことを叩き潰すかのように振り下ろされた。
「……何のつもりだ?」
今の攻撃、まともに当たれば大怪我をしていた一撃だ。普通の人間なら大怪我どころか死んでいただろう。
そんな〝攻撃〟を俺に仕掛けてきたなんて、一体何のつもりだ? まさか襲撃者たちに何か言われて俺を殺すことにしたとか? いや、だとしてもお互いの力量差なんて昼の戦いで理解しているはずだ。
それとも実はあの時は加減をしていたから本気になれば勝てると思っているのか?
「いやー、本当にごめんねなんだけど……ごめんね?」
「裏切るつもりか? ドラゴンのくせに?」
だとしたら、ずいぶんと期待外れなことをしてくれるもんだ。俺にとってのドラゴンとはもっと高潔で傲慢で、そして誇りのある存在だ。敵対するにしても、攻撃するのなら正面から堂々と襲ってくる。こんなだまし討ちのようなことをするなんて……いや、こいつも国を統べる王ってことか。
ドラゴンとしての誇りと、国を治める者としての責務。その二つのうち後者としての立場をとったということなのかもしれない。
「そう言うんじゃないってば! 裏切るとかじゃなくってさー、体が勝手に動いちゃうの~!」
なんて考えていたのだが、ガルはドラゴンの姿のまま再度腕を振り下ろしてきながら情けない声で叫んだ。
「体が勝手にって……操られてるのか?」
聞いた感じだとこの情けない声は本当のことを言っているように感じられる。流石にこの情けない言葉は素じゃないと出せないだろう。
操られていてこんな情けなさを出せるんだったら、それはそれですごいと思うけど、流石にsそれはないだろう。もしそうなら残念過ぎる。
「惜しい! まあ、私もぶっちゃけ何が起こったのか正確には分からないんだけど、なんとなくでいいなら……」
「なんでもいいから早く教えろバカ!」
そんなごちゃごちゃ回りくどい説明なんていらない。そんな無駄なことを話している間にもこっちは攻撃され続けているんだから。
しかも、操られているかもしれないとなれば殺す気で攻撃することもできないし、今の俺は一方的に攻撃されるだけの立場となっているのだ。そんな状況で悠長に無駄話を聞いている余裕なんてない。
「んむ~……多分だけど、契約を結ばされたんだと思う」
「契約? 隷属とか洗脳じゃなくて?」
「多分だけどね。第一、隷属とか洗脳なんてドラゴンに効かないし。契約ならドラゴンが受け入れれば結ぶこともできるから、多分そっちじゃないかなぁ、って」
「契約を受け入れたのか? こんな暴れるような内容を?」
自分の城を守るために戦いから逃げない、とリーネットに言わしめたような奴が、自分の城を破壊するような内容の契約を受け入れるとは思えないんだけど。
「ううん。全然受け入れなんてしてないんだけど、多分コレ、契約途中で契約を捻じ曲げたっていうか、契約書にサインをする直前で書類を差し替えた感じだと思うの」
「……全然わからないんだけど、そもそも何があって契約することになったんだよ」
正直言ってそんなことが本当にできるのかわからない。ドラゴンと契約することができるなんて初耳だし、そもそも魔法での契約なんて存在していることも知らなかった。
でも、目の前で起こっている以上はそういうものなんだとして受け入れるほかない。
ただ、何が起きたのかは理解したけど、どうしてそんなことが起きたのかはまだわからない。
「んっとね、簡単に言うと、寝てるところで部屋に入って来た連中が勝手に私を対象に契約の魔法を使ったの。本来ならそんなの弾かれて終わりなんだけど、その契約の途中で生贄を使って契約を差し替えたのよ。私じゃない別の人に対して契約を行い、その途中で強引に術を捻じ曲げて契約対象を押し付ける、みたいな? 本来術を受けていた者の身代わりにされちゃったわけ」
詐欺じゃん。ドラゴンとの契約ってそんなに簡単に押し付ける事ができるのか? 契約に関して詳しくは知らないけど、ドラゴンって精神に干渉する系の魔法も弾くって聞いた気がするんだけど……
「でも望んでないなら契約なんて弾けるんだろ?」
「普通ならね? でも完成直前で、あとは拇印を押すだけってなった状態……ううん。拇印を構えていてあとはちょっと力を加えれば契約が終わる状態でこっちに術が流れてきたから、ついうっかり押しちゃったっていうか頷いちゃったっていうか、そんな感じ」
まじで詐欺じゃん。それあれだろ。寝てる時に拇印を押させるのと同じようなものだろ。というか、そんなやり方でドラゴンと契約ってできたのか。
契約して何ができるのかもわからないけど、ドラゴンとの契約ってなんかもっと神聖というか厳かというか、物語的なかっこよさがある者だと思ってたのに……
「その契約を捻じ曲げる代償としてここにいた敵は全部死んじゃったみたいだけど、契約自体は為されてるからこうして攻撃してるってわけ」
「自爆テロみたいなもんか」
「本来なら私を操る人が残ってる予定だったのかもしれないけど、そこはドラゴンを甘く見過ぎたってことね。契約者となる人も一緒に術を捻じ曲げる反動で死んじゃったんだから」
自慢げに話しながらも攻撃の手を緩めないガルの態度に、仕方ないことだとは言え若干の苛立ちを感じる。
「そんな自慢げに語られてもな! そもそもなんだってこっちを攻撃してくるんだよ!」
契約が不完全で暴走してしまい、周囲を見境なく襲っている、という感じじゃない気がする。だって俺だけ攻撃されてるし。近くにはライラもリーネットもいるのに、そっちには目もくれないのはなんでだ。
「術者の最初の命令があなたを捕まえる事だったからよ。多分私と同じように契約で捕まえようとしたんじゃない?」
あー……なるほど。俺を本気でドラゴンだと思っていたわけだ。ああそうか。だから俺の部屋に来た襲撃者たちは殺すための毒じゃなくて眠らせるための毒を使ったのか。多分その毒も、人間用じゃなくてドラゴン用のものだったんだろう。だからドラゴンとしての力を使うことはできるけど、肉体の構成的には人間である俺には効果がなかったんじゃないだろうか。




