立場と振る舞い
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「街に着く前にドラゴンに遭遇した時はどうなることかと思ったけれど、何とかなったわね」
「本当にな。まさかいきなりドラゴンが来るとは思わなかったよ。次からは気配の隠蔽はできるだけずっとやっておくことにするよ」
「ええ、そうしてくれると助かるわ」
ついさっきまでガルがいたが、出て行ってしばらくしてからライラと話をしてお互いに大きく息を吐き出した。この部屋結構防音がしっかりしているし、ガルに聞こえることはないだろう。
今日のことを思い出すが、激動と言ってもいい一日だった。この街に着くところまではいい。でもその後に守護竜なんて存在と遭遇することになるとは思わなかったし、襲われるなんて……。
ドラゴンの魔力を隠蔽する方法なんてこの街に近づいてから思いついたし仕方ないことではあったけど……これからはずっと隠蔽をしておこう。
「それにしても、大陸を渡る許可をもらえるどころか船まで用意してもらえるなんて、ずいぶん手間が省けたわ」
「しかも隣の大陸までじゃなくって、そこを経由しての元の大陸までだろ? めちゃくちゃ軽いノリで決めてたけど、平気なのかな?」
「平気なんでしょうね。ここは竜の治める国だもの。王ではないとはいえ、守護竜様のお言葉は絶対と考える人は多いでしょうね。そもそも、この国の国王からして守護竜様のいいなり……いえ、お言葉を尊重しているようだったもの」
「尊重っていうか、あれはもういいなりって言っていいだろ」
ライラは途中で言葉を改めたけど、言っていること自体は間違いじゃないと思う。
守護竜に妄信的な国王が国を治めている時点で終わりだろ。まあ、ドラゴンに対抗する事ができるだけの力がなければ誰も逆らえないんだし、いいなりになっていても仕方ないんだろう。
ガルに悪意がないからいいけど、もしこれで治めているのが人を虐げる事が大好きな邪竜とかだったら地獄みたいな国になってたぞ。まあ、その場合はここまで大人しくしてないでレジスタンスとかできてたかもしれないけど。
「言葉を取り繕うのは大事よ。特に、自分の領域ではないところでは誰が聞いているのかわからないんだから。場合によっては問題になることもあるわ」
「公式の場じゃなくても?」
ライラの言っていること自体は理解できるけど、だからと言ってプライベートでも気を使わないといけないってのはなかなか面倒なことじゃないだろうか。
「公式の場じゃなくても、よ。多少のことでは政治的に問題になることはないかもしれないけれど、なるかもしれないわ。特に、自分達とは常識や基準の違う他の国、他の大陸であれば特にね。この国だったら、竜をバカにする発言をしただけで反逆罪に問われるかもしれないわね」
「そんなことあり得るか?」
王や守護竜そのものを馬鹿にするのはまずいのは理解できるけど、その種族を馬鹿にするのも禁止っていうのはやりすぎじゃないか?
「さあ? でも私たちはこの国の法律を詳しく知っているわけじゃないわ。それに、市井と王城では許されるラインが違うことはあるでしょう。国民が場末の酒場で国王の悪口を言うのと、立場あるものが王城で国王への不満を口にするのでは対応も変わってくるわ」
まあ、それはそうか。立場と場所を考えるのは社会人としては当然のことだろうけど、そこに命が関わってくるとなると……いや、日本でもある意味命にかかわるか。会社にいる時に社長や会社そのものを馬鹿にした発言を、社長本人に聞かれたり、敵対している人に聞かれたらクビになるかもしれないんだし。仕事を解雇されればある意味〝死〟だ。
ドラゴン達との暮らし、そして森の中というクソ田舎での暮らしで色々と緩んでるみたいだ。
「……はあ。やっぱり城とか政治ってろくでもないな。めんどくさそうな気しかしないよ」
「私も市井でおしゃべりしている方が楽だとは思うけれど、これもある種貴族の義務みたいなものね。権利には義務が伴うのは当然でしょう?」
「貴族の義務、か……俺は貴族じゃないけどな」
「そんなことを言っていられるのも今のうちだけね。船が調達できて帰る算段も付いたんだから、国に戻ったらあなたの立場も変わるわ」
「……一生この国でもいいかもなぁ。ドラゴンもいるし」
王族だってことは理解したし、父親である国王に会いに行くっていうのも理解して旅だったけど……改めて立場ある生活ってものを考えると、今まで通りの緩い暮らしがいいなと思ってしまう。
「そんなこと言わないでちょうだい。あなたのお父様だって心待ちにしているはずよ」
「お父様ねえ……」
「それに、この国はこの国で厄介かもしれないわよ?」
「そうか?」
ライラが真剣な表情で忠告をしてきたけど、あんまりピンとこないな。厄介は厄介かもしれないけど、それは俺がまだここに来たばっかりだからで、守護竜の友達ってことが広まれば問題なく暮らしていけると思うんだけどな。
「そうよ。だってあなた、ドラゴンの技を使えるじゃない。しかもそれで本物のドラゴンに勝ててしまえるほどの強さを得ている。……そんなの、例のドラゴン信仰の連中に狙われないわけ次ないじゃない」
「あー……そう言えばそんなのもいたなぁ。正面切って襲い掛かってくるなら何とかなるけど、搦め手とか不意打ちされるとこまるときはあるからそこは面倒だな」
「面倒で済めばいいけれどね」
すまないかな? ……無理か。前回だって俺達を狙ったものじゃないとはいえ、短期間の滞在中にあんな派手な出来事に遭遇したくらいなんだ。これから一生住むとなったら、ただ事件に巻き込まれるだけじゃなくて俺自身が狙われることだってあり得る。そうなったらめんどくさいどころの話じゃないだろう。
「グラン様、ライラ様、夜分に失礼いたします」
ライラと話していると不意に扉がノックされ、外からリーネットの声が聞こえてきた。
「その声は……リーネットさん?」
「はい。ガルディアーナ様より、本日は客人であるお二方のお世話に回るようにとのご指示を賜りました」
「そう。入りなさい」
「失礼いたします」
ライラに命じられてリーネットが部屋の中に入って来たが、雰囲気がどことなく固い気がする。
「改めまして、守護竜付き特務侍女のリーネットと申します。お二方のご滞在中のお世話を担当させていただくこととなりました。よろしくお願いいたします」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「でも、いいのかしら? あなたは守護竜様のお付きなのでしょう? いくら指示があったからと言って、そう簡単に離れてもいいとは思えないのだけれど」
「お二人の生活に何か不備があればそれは自身の顔に泥を塗り、ひいては国の名を貶めることになるのでお二人には不自由なく過ごしてもらえるようにしたい、とのことです」
いきなり来たんだし不備があるのは当然のことだ。それでも完璧に対応して見せる、ってのが城で勤める人たちの意地や誇りなのかもしれないけど、もし何かあったとしてもよほどのことじゃない限り大事にするつもりはない。
なんだったらよほどの事でも大事にするつもりはない。だって大事にしたところでこっちに得があるわけでもないし。騒いで手を貸してくれる見方や後ろ盾があるわけでもない。むしろ騒ぐだけこっちに不利益になるんだから騒ぐ意味がない。
「別に多少なにかあったとしても騒ぎ立てたりしないけどな」
「まあ、守護竜様付きの侍女が私達についてくれるなら、私たちの滞在で何か苦情のようなものがあったとしても対処することができるし、ありがたいことは間違いないわ。守護竜様のご好意を受け取りましょう」




