Side:守護竜・ドラゴンの慢心
Side:守護竜
「ふっふ~ん。まさかあの爺さんの子供が来るなんてね~。まあ子供って言っても人間だけど……その辺はどうでもいっか。それより、明日は何しよっかなぁ。グランに私の国を自慢するとか? あの子も空を飛べるんだし、いろいろと見て回ることはできるわよね?」
グラン達の部屋で貿易に関する話に許可を出し、あとは国王に任せることにしたガルディアーナは、その後グランと無駄話に興じていた。グランとしてもガルディアーナのドラゴンとしての話は興味深いものだったし、国を作った経緯なんかも面白いものだった。……その話を聞き、グラン達は呆れもしたものではあったが。
グランは人間であるが並のドラゴン以上の力を持っており、自分に阿ることのない対等な存在である。そのためガルディアーナとしても楽しい時間を過ごせていた。それこそ、普段の行動とは違う時間まで起きて誰かと話をするくらいには今の時間が惜しいと感じていた。
これまで対等に話すことができる存在なんていなかったガルディアーナがグランに惹かれるのは、当然と言えば当然のことだと言えるだろう。
恋愛感情ではない。強いていうなら友達だろう。だが、これまでずっと友達どころか親しい相手なんていなかったガルディアーナにはグランのことを〝そう〟呼んでいいのかわからなかった。
「あれ? ん~……? まあ聞いてみればいっか」
上機嫌な足取りで部屋へと戻っていると、自分の部屋が近づいてきたところでふと違和感に気づいた。
「少しよいか?」
「はっ!」
そして自分の部屋の前に辿り着くなり、ガルディアーナは先ほどまでグラン達と共にいた時の緩く、砕けた態度ではなく建国の祖としての態度へと改め、警護のために部屋の前に控えていた二人の騎士へと声をかけた。
「見たことのない顔だが、珍しいな。ダレナとフレックはどうした?」
守護竜の部屋に警護など本来必要ない。いくら寝ているとはいえ、ドラゴンに傷をつけることなどそうそう居ないのだから。
だがそれでも国において最も貴い存在の部屋に警護の者がいないというのも問題だ。そのため、守護竜の私室の前には騎士の中でも厳選された優秀な騎士が配置されるのだが、普通の貴人の部屋とは違い、優秀な騎士ならば誰でもなれるというわけではない。
技量はもちろんの事、幾度もの審査を受け、なおかつ守護竜と顔合わせをして性格的に問題なさそうだと判断されてようやく部屋の警護を任される。
だが、今目の前に立っている二人のことを、ガルディアーナは見たことがなかった。
「はっ! 守護竜様のご友人の方のご来訪により配置変換があり、ダレナとフレックはご友人の方がたの警備へと回りました」
「ふむ……まあ突然の訪れだったのでな。警備の配置に変更があって当然か……だがそれならばそなたらが奴らの方へと回ればよかったのではないか? すでに私のところへ回っているダレナ達の配置を変える必要はなかっただろうに」
問われた騎士の片方がよどみなく答えたが、ガルディアーナの問いはある種当然のものだと言えた。
守護竜の私室の前を守っている騎士は厳選された選りすぐりの勇士ではあるが、だからと言って他に騎士がいないわけではないのだ。グラン達には今日の当番ではなかった他の者を付ければよかったはずだ。
「はっ。万が一にでもご友人の方々に失礼があっては守護竜様の顔に泥を塗ることになってしまうため、普段よりドラゴンの警護をすることになれている者が当たったほうが良いだろうとなりまして、彼ら二人を移動させることとなりました」
長年愛されてきた守護竜を襲う者はいないだろうし、何かあっても守護竜というドラゴンであれば問題ないだろう。少しくらい警備が薄くとも問題ない。その分客人の方を守ったほうがいいだろう。その客人もドラゴンらしいが、どのような性格化までは分からない。万が一にでも襲撃が起こった場合、怒り狂って暴れだすような性格かもしれないのだから、何事もないように万全以上の万全で守りを敷かなくてはならないだろう。
そう考えるのは決しておかしいことではないし、例外的ではあるが普段は守護竜の部屋の警護に着かないようなものまで駆り出されたのも理解できる。だが……
「なるほどな……よい。そういった理由があるのならば、配置変換も認めよう。そなたらも勤めに励め」
「はっ!」
それだけ言葉を交わしてガルディアーナは二人のことを一瞥してから自室へと入っていった。
「……まあいきなりあの子達が来たからいろいろ変更があるってのは分かるけど……それにしても私に一言もなしっていうのはねぇ。リーネットもバカタレ王も、私の性格っていうか素のことを分かってるからあんまり私室周りに新しい人を置きたがらないのに、私のお客さんが来たからって私が知らない人を配置する? なーんか違和感アリアリなんだけどぉ」
部屋に入るなりベットに体を投げ出し、誰に言うでもなく呟くガルディアーナだが、その言葉にこもっているのは先ほどまでの上機嫌ではなく、疑念だった。
「もしかして、急な来客への対応で混乱してるところを狙って何かやろうとしてるバカがいるとか? だとしたら面倒よねぇ。外の二人は敵として考えておいた方がいっかな。ただ、それでも国民だしなぁ。もう犯罪者になってるっていうんだったら問答無用で仕留めるけど、企んでるだけならギリセーフっていうか……ねえ? いきなりこっちから攻撃するのは大人げない気がするしぃ……」
守護竜を狙う者はほとんどいない。だが、まったくいないわけではない。
守護竜信仰者達は最たる例だが、守護竜排斥派なども数は少ないが存在している。
そんな者達が動こうとしているのなら、突然のドラゴンの客人が来て混乱している今夜などはうってつけの日だと言えるだろう。
「う~ん。いっそのことこっちから隙だらけの姿をさらすとか?」
やられっぱなしで騒ぎが大きくなり、守護竜としてうまく国を守れていないかっこ悪い姿をグランに見られるのは嫌だと感じたガルディアーナは、さっさと今感じている異変を終わらせるためにはどうすればいいかと考え、そんな結論に至った。
「結局は人間のやることだし、私を傷つけることはできても殺すことはできないでしょ」
それは慢心だと言えるだろう。だが、ガルディアーナはドラゴンであり、人間が相手となればその慢心もある種当然のことだった。
「……部屋に知らない人が入るのってあんまり好きじゃないんだけどぉ……まあいっか。どうせ今までも何十回か暗殺を仕掛けられたし、今更一回増えたところで何にも変わらないでしょ」
襲われたとしてもどうとでもなる。そう考えたガルディアーナは、ベッドに投げ出した体をもぞもぞと動かしてきれいに布団に収まっていくが、その途中で動きを止めて体を起こした。
「あ、でもリーネットには知らせておかないと駄目ね。こっちに来たら巻き込まれちゃうかもしれないし。でもただこっちに来るなって言ったら絶対に来るし……う~ん」
何も起こらないかもしれないが、何か起こるかもしれない。現状では何とも言えないため、何か起きたとしても巻き込まずに済むようにすべきだろうと判断した。
リーネットを巻き込まないためにはどうすればいいかと考えたガルディアーナだったが、少しして一つ頷いてから呟いた。
「まあ、あの子達の世話をするように言っておけばいっか。大事なお客さんだから万が一にでも失礼があれば私の顔に泥を塗ることになる、的なことを言えば向こうに行ってくれるでしょ」
そう判断するなりガルディアーナは魔法を使ってリーネットの頭に直接声を届けて指示を出した。
その際に少しだけ不満を言われたが、最終的にはリーネットも了承したことでこの部屋には誰も近づかず、ガルディアーナ一人だけとなった。
「じゃあまあ、おやすみなさーいっと」
明日はグランと何を話そうか、どこかに行こうか。
そんなことを考えながら、ガルディアーナは自身の感じた不穏な気配のことなどすっかり頭から消し去って眠りについた。




