ライラ:私たちが勝つ!
「ふむ。その意気や良し。勝てぬと分かっていように、向かってくるか」
「舐めるな。我らはゲオルギア王国王室第三親衛隊! 以下な状況であろうとも、王命を果たすために剣を取る者!」
人語を発するドラゴンか……少し面倒かもしれないな。
ドラゴンは他の魔物に比べて知能が高く、人語を解するといわれている。だがしかし、だからと言ってドラゴンが人語を話すかというとそうではない。それは、理解していながらも人という下等な種族の言葉を話す必要がないと、そしてそもそも人を対等に会話する存在であるとは考えていないからだといわれている。
しかし、だからこそそこに付け入るスキがあるともいえる。対等な存在としてみていないということは油断していることなのだから。
だが、それが人語を話すとなると話が変わる。人語を話すということは、我々をしっかりと〝我々〟として認識しているということなのだから。その辺に落ちている木っ端ではなく、自身が対応すべき存在として認識しているということは、人語を話さないドラゴンに比べて格段に対処が難しくなるのだ。
だが、元より不利は承知。とても厄介な敵がさらに厄介になっただけで、やるべきことは変わっていない。
「ちょうど箔が欲しいと思っていたところだ。ドラゴン殺し。いい名前ではないか」
「ふ……ふかかかかっ! 良い。良いぞ! ただの迷い子であれば見逃すも良かったが、戦士が訪れたとあっては対峙するのが作法というものであろう!」
……へ? え、あえ、ちょ、ちょっと待って! なに? なんて言った? 見逃してくれる?もしかして戦う必要なんてなかったの?
そう思って声を発しようとしたが、それよりも先にドラゴンが動き出してしまった。
「くっ……!」
重い。ただ腕を振り下ろしただけだというのに、迎え撃つだけで精いっぱいだ。押し返すことなどできず、反撃に移るなどもってのほか。このままの状態が続けば、そう遠くないうちに私は力尽きてそのまま叩き潰されることになるだろう。
「ワシを殺してみよ、勇者よ」
「言われずとも。――だが、殺すのは私ではない」
そう。今ドラゴンと向かい合っているのは私だけだが、この場にいるのは私だけではない。私は王室第三親衛隊隊長であり、この地には任務としてきている。つまり――
「――〝私たち〟だ」
私がそう口にした直後、ドラゴンの背後へと回っていた部下たちが一斉に飛び出し、攻撃を放った。
魔法が飛び、剣が舞う。我々は政治的な理由で女だけを集めたお飾り部隊と呼ばれているが、そうではないつもりだ。いつでも実践に耐えられるように訓練を重ねてきた。その訓練強度は他の騎士たちに比べてもそん色はなく、むしろ厳しすぎて親衛隊を去っていくものがいるほど。
そんな我々の実力は、決して偽物ではない。
「なんか好戦的じゃなくて逃がしてくれそうだったんだから、戦わなくてもよくない!?」
「今更言ったところで何も変わらん! 黙って戦え!」
戦わなくて済むのならそれに越したことはないというフリーデの言葉はもっともで、私としてもできる事ならば今すぐにでもこの場を去りたいが、目の前にいるドラゴンはすでにやる気になっている。自身から攻撃を仕掛けてきた以上、このまま何もせずに見逃してくれるということはないだろう。
なら、やるしかない。
「良い攻撃だ。さぞ鍛えてきたのだろう。――だが、足りぬ」
「かった……!」
ドラゴンを切りつけてもその鱗に傷をつける事しか叶わないという事実に、つい口から愚痴がこぼれてしまった。
今のはそれなりに力を込めた一撃だったはずだ。必殺の奥の手、というわけではないけれど、普通の魔物ならば……いや、魔物でなくとも並みの相手であれば仕留めきることのできる一撃のはずだった。
にもかかわらず、目の前のドラゴンには鱗に傷をつける事しかできていない。
……これは、本当に厳しい戦いになりそうね。
「竜の鱗は何者にも傷つけることは叶わず」
だがそれでも、傷がつくのであれば続けていればいずれは倒すことができる。そう思っていたのに、ドラゴンがそう口にした直後、先ほどまでの攻撃でうっすらとついていた傷が消え去り、その身に纏う威圧感がました。
どうやら自身に魔法をかけたようだ。先ほどまでは魔法など使わずに戦っていたのだから、魔法を使わせたことでようやく一歩前進したといえるか。もっとも、状況がよくなったのかと言ったらそんなことはなく、より困難になっただけだが。
「噂の竜鱗か……ならば、これならどうだ?」
敵が強くなった。今まで通りにはいかない。
それは理解した。けれど、だからと言ってあきらめるわけにはいかない。それに、私の剣は今この時のためにあるといってもいいのだ。だから臆すな。恐れず踏み込め!
「はあああああっ!」
ぐ……やはり硬いな。先ほどよりも硬くなっている。
だが、傷はつけたぞドラゴン。
切り付けたことで切断に成功した鱗の一枚が宙を舞う。全体から見ればほんの些細な傷でしかない。全身に何千、何万とある鱗のうち一つを切っただけであり、本体にはかすり傷程度しかついていない。
それでも、無敵とさえ言われるドラゴンの鱗を切ったことに、一つの達成感を覚えた。