速攻で目的達成
「いや、うん、まあ、そうと言えないこともないっていうか……でもほら、あれよ。中には努力する時間すら惜しいくらい何かをやってるひとだっているわけで、使えないひと全員が怠け者ってわけでもない感じよ。多分」
「努力すら惜しいって……ドラゴンって何千年も生きるくせに、技を覚える程度の努力すらする時間がない奴なんているのか?」
何千年も生きてるのにたかだか数年分の時間も取れないなんてありえるのだろうか?
「え? えーっと、例えばほら、く、国を作って運営してるとか……?」
「それってもしかして、自分のことを言ってるのか? ……保身かよ」
国を運営してきたのは凄いと思うけど、建国からずっと戦乱の世ってわけじゃないだろうし平和な時代に数年くらい修行するくらいできると思うんだけど。
というか、普段は国王に仕事を任せてる的なことを聞いた気がするんだけど?
「違うし! 私だって最初の頃はめっちゃくちゃ国造り頑張ってたのよ!?」
「最初の頃はって、今は?」
「い、今はぁ……が、頑張ってるけどお?」
「本日皆様にお会いするまではそちらのソファでおくつろぎになっていました」
「……」
目を彷徨わせながら答えたガルだが、すべてリーネットにバラされたことで黙りこみ、完全に顔をそむけてしまった。
そんなガルのことをじっと見続けていると、後ろを向きながらも俺達の視線には気づいていたようで慌てた様子でこっちに振り返り、叫んだ。
「ま、まあいいじゃない! ドラゴンなんてそんなもんだし! 使えない奴が怠けてるんじゃなくって、使える奴が凄い奴ってことよ!」
「……まあ、いいけどさ。ガルがブレスを使えなくても俺には関係ないし」
ドラゴンだから気になっていたし、話したいとは思ったけど、別に友達ってわけでもないんだ。それに、今後特に関わりがあるかって言ったらないだろうし、ガルが弱かったところで俺には何の関係もないんだから好きにすればいいと思う。
「そう言われるとなんかちょっと悲しいんだけど……もっとかまってくれてもよくない?」
すねたような表情でチラチラこっちを見ながら不満げに呟いているガル。自身に関心を見せない俺のことが気に入らないんだろうけど……かまってちゃんかよ。
「……めんどくさ」
「めんどくさいって何よ! そんなこと言うなんてひどいじゃない!」
「ガルディアーナ様はこの国の守護竜として日々をお過ごしになられてきましたが、そのせいでご友人と呼べる方が誰一人として存在しておりません。ですので、対等な立場で話せる方との会話に飢えているのでしょう」
「つまりボッチか」
「ボッチじゃないし! っていうかリーネットもなんか言葉が強くない? 私泣いてもいい?」
立場的に仕方ないのかもしれないけど、友達がいないんだからボッチだろ。……俺も人のことを言えないかもしれないけど。
それに多分、リーネットの態度は彼女なりの優しさだと思う。敬っているし忠誠を向けているけど……いや、だからこそ、気安い態度で接しているんじゃないだろうかと思う。主であり神様でもあるガルが少しでも寂しくないように。
……なんて、まだ会ったばっかりの俺が何言ってるんだか。でも、あくまでも予想でしかないけど、それに近い感情はあると思う。
「そんなことよりも、ガルディアーナ様。彼らが竜都を訪れた件に関してお話しした方がよろしいのではありませんか?」
「そんなことっ……! ……ま、まあいいわ。うん。話をするのって大事だもんね。それで、えーっと……なんだっけ?」
「他の大陸に渡るための許可と移動手段。それから貿易の話です」
「あー、それね。大丈夫。忘れてないから」
そう言いながらガバッと勢いよく顔を上げたガルは、堂々と胸を張っている。まるで罪悪感を感じさせないその態度を見ると信じそうになるけど、でも今の反応は忘れてたやつだろ。
ジトっとした俺の視線を受けてガルは一瞬怯んだ様子を見せたが、徐に歩き出してソファに身を放りだした。
「まあ実際のところ好きにすれば、って感じなのよねぇ~。転移の事故云々はどうでもいいし、この国と大陸の平穏を壊さなければ貿易も移民も好きにすればいいと思うのよね。なんでか誰もやろうとしないし、小さなことでも一々許可を取りに来るけど。そんなんだからあんまり発展しないんじゃないの?」
そんな簡単に許可していいのか? いや、もうそれだと許可というか、許可もくそもない感じなんだけど……でもそれなら、ガルも言っている通りなんで発展しないんだろう? 守護竜様が大事だから意見を聞きに行く、というのは理解できなくもないけど、度が過ぎているんじゃないだろうか?
と考えていると、リーネットが一度溜息を吐いてから口を開いた。
「あなたのその発言のせいで進展がないとも言えますが」
「え、なんで?」
キョトンと、まるで心当たりがないと言わんばかりのガルだが、正直なところ俺もわからない。今の発言に何か問題となるところがあっただろうか?
「平穏を崩さない、とはどこまでのことを言っているのかがわからないからです。国が発展した場合であっても、それ以前の状態が〝ガルディアーナ様にとっての平穏〟であれば、平穏を壊したとして処理される恐れがあるため、誰も大々的に動くことを避けてきたのですよ」
「……マジ? ぜんっぜんそんなの知らないんだけど。平穏って普通に考えて誰も苦しまない環境っていうことに決まってるでしょ」
「その〝普通〟というのが人間とドラゴンでは判断基準が違う恐れがある、と考えてしまうものです。実際、あなた方と我々の〝常識〟は別物ではありませんか」
「それはそうだけどさぁ……」
あー……なるほど。過去にドラゴンの怒りを買って船ごと沈められた商人がいるわけで、沈めたことに理由があったとしても法的に捕まったわけでもない相手をトップであるドラゴンの考え方ひとつで消されたとなれば、慎重にもなるってものか。
俺も昔はあったなぁ。人間的な考えでジジイ達に接していると、たまにドラゴン的な常識が出てきて混乱したものだ。ジジイは昔は良く人間に関わることがあったらしいから俺の考えも理解してくれたけど、理解してくれないドラゴンの方が大半だ。そんなときはこっちが退くしかないんだから、この国の人間たちが万が一を警戒して一歩踏み出そうとしない考えも理解できる。
「なんにしても、俺達は好きにしていいわけだ」
「うん。あ、でも本当に貿易なんてするんだったらちゃんとこっちに話を通してよ? 多分それなりに大きな感じになるんでしょ?」
「承知いたしました」
貿易に関しては俺ではなくライラがほとんど動いていたからだろう。ガルの言葉を受けてライラは恭しく返事をし、ガルはそれが当たり前とでもいうかのような態度で頷いた。
こういうやり取りを見ていると、ガルってやっぱり偉いんだなという気がしてくる。いやまあ、実際に偉いんだけどさ。
「うん。じゃあそれで話は終わりね。船を使うにしても準備とか必要だと思うし、まだしばらくはいるんでしょ?」
「さあ?」
王都に来ることは知ってたけど、どんな日程での行動か、なんて知らない。一応聞いてはいたけど、全部貿易の許可をとる話がつく算段ができてから、という話だった。
貴族たちに話を通し、王様に話を通し、守護竜様に面会を申請し、しばらく待ってからようやく話ができるようになる。というのが本来の流れだったし、それを達成するまでに最悪の場合数か月かかるだろうと予想もされていた。
でも現実はガルがいきなり襲撃を仕掛けてきたことで、話もいきなりこんなところまでたどり着いてしまった。つまり、この時点で時間を取られる要因の大半が片付いたのだ。
そして俺達はさっさと元の大陸に行くために行動したいわけで、そう長い間滞在することはないだろう。流石に船の準備や手続きなんかもあるだろうから明日出発、なんてことはないとは思うけど。
「港町に向かいそこで船の交渉を、と考えておりますので、おそらくは一週間程の準備を終えたら出立する予定です」
ライラが代わりに応えてくれたが、どうやらそういうことらしい。まあ、ここにいても船を持ってる人なんていないだろうし、話し合いもくそもないよな。一応王様からの命令書とか高位の貴族のお手紙とか手に入るならそれで解決するかもしれないけど、こっちはそんなに強い立場の貴族じゃなかったはずだし、船を持っている人に命令できるような人に渡りをつけること自体難しいだろう。だったら早く船のある港に言って直接話をした方が建設的か。
「えー……まあ事故でこっちに来たっていうんだったら早く帰らないとかぁ……。あ、でも船くらいはこっちで用意してあげるけど? 何だったらあなた達の大陸まで貿易のための使節団とか先遣隊とかも送ってみる?」
そうしてくれるなら俺達としても楽ではある。船を探さなくてもいいし、貿易の話を進めるために何度も話をして渡りをつけて、話をして上に繋ぐ、なんて手間暇かける必要もなくなるし。
まさかそこまでしてくれるとは思っていなかったからか、ライラも目を見開いて驚いている。
だけど……本当にいいんだろうか?
「よろしいのですか? 我々は隣の大陸ではなくそのさらに奥となりますが……」
そうなんだよなぁ。隣の大陸、っていうんだったらガルの言葉も素直にありがとうで終わったんだけど、俺達の戻る大陸はそのさらに奥にあるわけで、この世界が球形なのかは知らないけど、地図上では正反対と言ってもいい場所だ。
流石にそこまでの距離となると貿易の話もだが、船を借りる事すらすんなりとは頷けないし、向こうとしてもそう簡単に決めていいことじゃないだろうに。
「別に変わらないでしょ。船で海を渡るんだったら、隣の大陸で一々新しい船を探して旅をする、とか無駄でしかないじゃない。こっから乗ってったのをそのまま乗ってけば手っ取り早いでしょ。んで、そこまで船出すんだったらうちの人間も乗っけてって貿易の話をした方が早いでしょ?」
……本当にいいのか? 別に変らないって、それドラゴンが空を飛んだ時の感覚で考えてないか? まあ、俺達を送るためだけに向こうの大陸まで船を出すして、戻って来てからまた貿易用の船を、なんてやるのは確かに無駄かもしれないけどさ。
「それが叶うのであれば、我々としては望むべくもありません」
「じゃあそう言うことで。リーネット。調整とか手続きとかそんな感じのをあのバカタレ王に投げといて」
「承知いたしました」
リーネットが頷き、退室していったが、本当にいいのか? なんかとんとん拍子に進むな。
こんなにうまく進むのも、王都についた直後にガルに出会うことができたからだと思うと運がいいな。……ガルに出会って攻撃された時点で普通は死ぬんだから運が悪いのか? いや、でもそれって俺がドラゴンの魔力を使ってたからだし……というかそもそもの話をするならこんなところに転移魔法で送られた時点で運が悪いんじゃないだろうか?
リーネットを見送ったガルは、楽し気な雰囲気でニヤニヤとした笑みを浮かべながら問いかけてきた。
「さて、それじゃあ本当に話は終わった感じよね? なら色々聞きたいんだけど、いい? どうやってバルフグランに育てられたの? あいつ今何してるの? 弱点とかなんか知らない?」
そんなの俺が知りたいよ。




