才能と怠け者
「くっ……! おのれバルフグラン。こんな子供を育てるなんてどういう教育したのよ!」
俺の態度を見てガルは悔し気な態度を見せているけど、そうだった。そういえばそのことで聞きたいことがあるんだ。
「あ、それだ。ジジイとの関係も聞きたいな」
知り合いみたいだけど、ジジイからガルの話を聞いたことなんてない。まあ話すに足るだけの何かがあったってわけじゃないのかもしれないけど、ガルの視点では違うんだろう。俺の知らないジジイの過去。秘密を暴きたいってわけじゃないけど、なんとなく聞いてみたいと思った。ぶっちゃければただの興味本位だ。
「はあ? 関係も何も、大昔にこの国を作ってから少しした時にあいつがやってきて、何か急に喧嘩を吹っかけられただけよ。……負けたけど」
「負けたのか」
でも、そりゃあそうか。ドラゴンブレスもまともに撃てない奴がジジイに勝てるわけがない。まあ、それが何年前の話なのか分からないから何とも言えないか。その時はジジイだって使えなかったかもしれないんだし。……いや、そうだったとしてもジジイがこいつに負ける姿は想像できないな。
「……負けたわ。でも待って。ちょっと言い訳させて! あいつズルいの! 私よりもずっと年上のくせに、不意打ちでブレス吐いてきたのよ!? ただのブレスの方だったけど、それでもいきなりとか頭おかしいでしょ」
「ジジイがそんな不意打ちなんてするか?」
あのジジイ、強いだけあって基本的に勝負は受ける側で、自分から仕掛けることなんてなかった気がするんだけど。俺や知り合いが相手だったからか? いや、でも森で狩りをしてる時も自分から攻撃をしたりはしていなかったような……
「したの。ったく……ちょっと揶揄ったらすーぐ怒るんだから」
「それ、揶揄ったから悪いんじゃないのか?」
「だとしても、いきなりブレスとか使う? いっちょ前に人間みたいなことで悩んでたから『ククク、その程度のことで悩むなんてドラゴンの面汚しめ』って言いながら翼で風を送ってただけなのに」
え……何その悪役みたいなセリフ? 本当にあのジジイがそんなことを言ったのか? はなはだ疑問なんだけど。
あのジジイ、そんな悪役みたいな雰囲気で話したことはないどころか、普段はもっと厳格というか落ち着いた雰囲気で、まさにジジイって感じの態度なのに。
……もしかして昔はやんちゃしていたとかそういうアレか? ドラゴンの言う昔って多分数百年とか数千年単位の話だろうし、それくらい昔ならジジイの態度が今と違っていたとしても納得がいく。
と、話をしていると、ガルの後ろをついてきていたリーネットが少し考えるようにしてから小さく手を挙げて口を開いた。
「……あの、この国ができた初期のころ、守護竜様が邪竜と戦い退けたという話があるのですが……」
そんな話があるのか。建国神話で邪悪な竜を退治する、なんてのはありふれた話だからこの国にあってもおかしくはない。建国をしたのもドラゴンだし丁度いい……ああ。泣いた赤鬼みたいな感じだ。鬼は怖い存在だけど、人間を襲う酷い青鬼と戦って追い払うことで、鬼でありながらも赤鬼は人間から受け入れられた、っていうあれ。
ドラゴンは強いが、人間からすれば恐ろしい存在だ。もしかしたら最初のうちは恐怖心からドラゴンに従っていたかもしれない。でも、自分達を傷つける邪悪なドラゴンと戦って撃退してくれたとなれば、自分達を助けてくれたドラゴンに好意を抱き、忠誠を誓ってもおかしくない。
その邪悪なドラゴンが実際にいたのかいなかったのかはわからないが、ドラゴンが人間の国を統治する方法としては、悪くない手だろう。
……って、ちょっと待った。今ジジイの話をしていてそんな邪竜なんて奴の話が出てきたってことはもしかして……
「あ、それバルフグランと戦った時のやつね。あの時は追い払ったことにして誤魔化すの大変だったわ~」
やっぱりか。しかも負けたのに追い払ったことにしたってマジか。それ、ジジイのやつが勝って満足したからとどめを刺さずに帰っていったとかそんなんじゃないのか? それを建国神話として使うって……いやまあ、国の判断としては間違っていないのか。でもなぁ……
「……この国って本当にこれを信仰してるのか?」
「信仰する相手を間違えたかもしれません」
リーネットに顔を向けながら問いかけてみると、リーネットは頭を抱えながら首を振っている。どうやら彼女としても初耳だったようだ。心なしかガルを見る目が冷たくなっている気がする。
「い、嫌ちょっと待ってよ! 確かにバルフグランの時はそうだったけど、他にも魔物が出た時はちゃんと守って来たのよ!? 守護竜らしいことしてたじゃない!」
だとしても一番かっこいいエピソードが詐欺っていうのはどうなんだ?
「話が二転三転してるけれど、ブレスの話はどうなったの?」
そうだ。ライラの言葉で思い出したけど、そういえばドラゴンブレスについて聞こうとしてたんだったっけ。
「あ、そうだった。真のドラゴンブレスがどうとか言ってたけど、あれなんだったんだ?」
「あー、そうだったわね。っていうかあなた知らないで使ってたわけ?」
「まあそうなるな。何を知らないのかさえも知らない状態だけど」
俺としてはジジイや他のドラゴン達に教えられた通りに修練して使ってただけだし、特別な力だとか技だっていう認識はない。
でも、ガルの反応を見るとそんな俺の考えは間違っていたんだろうという感じもする。……まあ、ただ単にガルが落ちこぼれなだけかもしれないけど。だってこいつだし。
「はあ……いい? ドラゴンのブレスっていうのは二種類あるのよ。一つは普通の奴で、これは魔力を自分が得意とする属性に変換して勢いよく放出することで攻撃するってもの。まあ特異な属性って言ったけど、大抵の場合は多少の不得意でも無視して炎を吐き出すけどね。火って攻撃手段としては普通に強いし」
うん。まあそれは理解できる。炎って何かする必要ないくらい殺傷力高いし。ただ単に炎に触れるだけでも生物は怪我をするし、最悪死ぬんだから、炎を吐き出すだけでかなり殺意の高い攻撃となるだろう。
「で、まあ普通のブレスは誰でも使えるんだけど、もう一つの方は限られた者しか使えないの」
「限られたって、血筋……は、ないか。俺が使えてるんだし」
ドラゴンの中のドラゴンにしか使えない、なんてものだったら俺が使えるのはおかしい。だって俺はドラゴンじゃなくて人間だし。
「なら才能ということ?」
「まあそうなるわね。才能といっても、魔法を使う才能いうか、努力をする才能だけど」
「努力をする才能?」
努力をすることができるのは才能だと聞いたことがあるし、その言葉には同意するけど、あの魔法ってそんなに練習が必要なものでもないだろ。いや練習は必要だけど、所詮は俺が覚えられた程度の練習だ。数年頑張れば使えるようになるわけで、数千年の寿命を持つドラゴンからしたら数年なんてほんの一瞬だ。それで努力の才能が必要って言われても……
「そうよ。ドラゴンって普通に強い種族でしょ? 鍛えなくても大抵の場合は楽勝で勝つことができるのよ。勝てないのは同族であるドラゴンくらいね。だから誰も強くなるために努力をしないの。そもそも努力をする、という概念すら薄いのよ。まったくないわけじゃないんだけ、まあ基本的にみんな努力なんてしないわね」
あー……なるほど。なんとなく理解した。確かに、ドラゴンは生まれながらにして最強の種族だし、鍛える必要がないな。頑張らなくても何でもできるから、頑張らないとできないくらいなら諦めて他の方向に進むのが普通なのかもしれない。だって、頑張らないとできない事なんて、ドラゴンが生きていく上には必要ないものでしかないんだから。ぶっちゃけていえば頑張らないとできない事、手に入らないものは趣味でしかない。
ガルの言うところの〝真なるブレス〟も、使わなくても他の種族を倒すことができるんだから頑張って習得する必要はないのだろう。
「でも真なるブレスはドラゴンってだけじゃ使えなくって、使うためには努力する必要があるの。だからドラゴンでも使える者は少ないのよ」
「なるほど……つまり真なるブレスを使えない奴は怠け者ってことか」
要約すればそういうことになるだろう。だって特別な血筋は必要なく、アイテムも必要ない。必要なのはただの努力だけ。しかもその努力だってたった数年程度のドラゴンからすれば人間にとって一か月程度、もしかしたらそれ以下かもしれない期間だっていうのに、頑張ることができないんだから怠け者だと言って過言ではないと思う。
そして目の前にいるガル――守護竜は真なるブレスを使うことはできず、怠け者というわけだ。




