振る舞いには気を付けよう
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「流石は城か。こんな部屋に泊まるのは初めてだ」
今世ではもちろんだが、前世を合わせても本当に初めてだ。ホテルに泊まったことはあるけど、所詮は一般人が泊まるホテルだった。
部屋の広さや調度品の質とかは向こうの方がよかったんだろうとは思う。けどこっちは全体的な雰囲気が違う。
「グラン。あなたは本来であればこういった相応のふるまいを求められる場所に来るにはいろいろと足りないことは理解しているけれど、それでも来てしまった以上は自身の言動に気をつけなさい」
案内された部屋の中を見回して関心しつつわずかに気圧されていると、ライラからそんなお叱りの言葉がかけられた。
「ライラ……」
「さっきの謁見は始まりからして非常識だったし、そもそもあなたの立場や守護竜との関係なんかを考えても態度が緩くなってしまうのは仕方ないとは思うわ。でも、あんなふうに砕けた態度で接していい場ではないということくらい、あなたならわかるはずでしょう?」
雰囲気に流されたけど、ライラの言っていることは間違いではない。
誰かに遜ることはドラゴンに育てられた者としてのプライドがあるが、遜るのと状況に合わせて振る舞いを合わせるのは別物だ。
相手がドラゴンで、自分はそんなドラゴンに勝ったからと言って、公的な立場の違いはあるのだ。それを無視して話をしていいわけがなかった。
「……わかった。ちょっと調子に乗りすぎてた。ごめん」
意図しての発言ではなかった。それは事実だ。だがそもそも相手を敬い、尊重する気持ちがあればできていたはずだし、自身の立場を理解していればたとえ相手のことを下に見ていたとしても立場に合わせた振る舞いというのはできるはずだ。
……実際昔はできていたんだし、できない、なんてことは言えないよなぁ。
力を手に入れて大体の脅威に対処できるようになり、何か問題が起きても力で押し通すことができるようになったことで傲慢になってしまったんだろうか。
あるいは人とかかわらなくなったからかもしれないし、人間としての暮らしから遠ざかったからかもしれない。肉体が子供となったことで精神も相応に幼くなってしまったからというのも考えられるが……実際のところは分からない。だけど、今一度気を引き締めて自分の振る舞いを見つめ直す必要があるだろう。
「次から気をつけてくれればいいのよ。あなたは本来、こんな他国の王との謁見をするような立場じゃないのだもの。そういう教育も受けていないのだから仕方ないわ」
そう言ってライラはフォローしてくれたが、前世での経験がある身としてはそんなフォローすらも苦しく感じる。
「ぷぷ~。おっこられてやんの~。やーい!」
ノックもなしに扉が開き、そんなふざけた言葉と共に満面の笑みの守護竜が部屋に入って来た。
しかもそのままソファに寝転がり、にやにやとした笑みを向けてきている。
俺達は客人だってのに、あまりにも失礼すぎやしないだろうか?
でも相手はある意味神様みたいなものだし、そもそも失礼かどうかを論じるような立場じゃないのかもしれない。この方のすることなら仕方ない、みたいな。
「ガルディアーナ様……」
今度はちゃんと敬って呼んだけど……これを相手に畏まった態度をとり続けるのかと思うと頬がひくつく。
でも我慢だ。我慢しないと。ここはこいつの城なんだから。……我慢かぁ。
「ライラ。こういう場合でも礼儀を尽くさないといけないってなったら、そのうち我慢できなくなりそうな気がするんだけど、先に謝っておいたら許してくれるか?」
「……公的な場所での振る舞いさえ気を付けてくれるなら、それ以外での多少の無茶は構わないわ」
我慢するつもりではあるが、ずっとこの調子で接してくるつもりならそのうち限界がきてキレると思う。だからそうなる前に出めてライラには言っておこうと思ったのだが、ライラは俺の心情を理解してくれたようで、小さくため息を吐いてから頷いた。
「うっそでしょ!?」
だがそんなライラの許可に、守護竜は目を見開いて驚き、大げさなくらいの動きで上半身を起こし、俺のことを見つめてきた。
ドラゴンとはある意味傲慢やプライドの塊の象徴ではあるけど、だからって傲慢にならないようにしないといけない、とは思う。
でも、だからって舐められっぱなしでいいというわけでもない。なめられないようにするのと傲慢に振舞うのは違うんだから。
「なら――『竜の息吹は避けえぬ終わりを齎す……』」
最初は舐められないように全力で脅しをかけるべきだろう。
そう考え、ドラゴンブレスの発動を準備していく。
本来の威力には遠く及ばない、かなり威力を押さえたものではあったが、それでも直撃すれば重傷を負うだろう。この部屋なんて余波だけで吹っ飛ぶはずだ。
実際に使うつもりはないが、脅しとしては十分だろう。仮に脅しが効かなかったとしたらそのまま放つけど。
滞在を許可してもらっていきなり壊すのは申し訳ないが、これも仕方ないことだ。大丈夫。死にはしないから。守護竜が怪我して寝込んだとしても、起きた後に許してもらえば問題無しだろ。
「わああああ! ごめんなさいでした!」
ドラゴンブレスの光を見るなり勢いよく立ち上がり、そのまま流れるように土下座をして謝りだした守護竜。その姿には威厳もくそもあったものじゃないが、こいつは本当に守護竜なんだろうか? あんまりにも情けなさすぎるんだが、偽物とかじゃないよな?
「冗談だって。こんなところでドラゴンブレスなんて使うわけないだろ」
脅しが効かなくて態度を改めようとしなければ使ってたかもしれないけど、使わずに済んだんだから言わなくてもいいだろう。
「そ、そうよね~……ふいぃ~。死んだかと思った」
死なないって。……当たり所が悪くなければ。せいぜいがもう一回腕が吹っ飛ぶくらいだよ。
「あ、そうだ。そのことで一つ聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「その事ってどのこと?」
「ドラゴンブレスについてだよ。あんた……あ、いや、あなた……?」
あんた、と砕けた態度のまま話を続けようとしたが、相手はこの国のトップだ。それに態度を改めたんだし、言葉遣いを改めたほうがいいだろうと思ったんだが……今更何て呼べばいいんだろう? 一応名前を知っているけど、正式に名乗られたわけじゃないし、名乗られたからって俺達がその名前を呼んでいいのかもわからない。
「ああ。守護竜様でいいわよ!」
「じゃあガル」
「全然教えたことと違うんだけど!?」
だってそんな調子に乗ってる態度で様付きで呼べって言われても、素直に頷きたくないし。
というか、さっきの今で調子に乗りすぎじゃないか? さっきの出来事をもう忘れたんだろうか?
「でも俺、守護竜のこと信仰してないし、この国の国民でもないし。それに、正直言って俺にとってドラゴンって、それだけで敬うような相手じゃないから」
人間からしたらドラゴンってだけで畏れ敬う存在なのかもしれないし、この大陸じゃその傾向が顕著なのかもしれないけど、俺にとってドラゴンはあこがれの対象であると同時に育ての親であり、近所のお姉さんやおじさんって感じでしかない。




