知り合いの子供だから大丈夫!
「ぶぐべっ!!」
「なんだ。結構硬いじゃないか。肩と翼の一部だけか」
「だけって何よ! 私の超絶ビューティフォーな体が吹っ飛ばされたんだけど!?」
「頭が吹っ飛んでないだけましじゃないか?」
地上へと落ちた守護竜を追いかけて俺もおりていくと、地面にめり込みながらも割と余裕をもって生きている守護竜の姿があった。
怪我はしているものの、その怪我は命にかかわるというほどではない。翼の片方が吹っ飛んでるし、肩もちぎれそうではあるけど、ドラゴンだし大丈夫だろ。治癒の魔法を施せば普通に治るはずだ。
これで戦いは終わりだろうが、この後少し話とかできないだろうか? ドラゴンのブレスのこともちゃんと知ってたし、耐えられたんだから本当にドラゴンなのだろうが、俺の使ったブレスのことを〝真なるブレス〟とか言ってたし、一部の化け物しか使えないとも言っていた。
それがこのドラゴンの思い違いなのか、それとも俺がジジイから嘘を教えられていたのか、その辺のすり合わせとかしたいな。
「ガルディアーナ様!」
なんて思って地上に降り立ち、翼を消して守護竜の様子を観察していたのだが、馬に乗った騎士? らしき集団がこちらに向かってやって来た。
でも……あれってメイドだよな? なんか騎士たちを率いて先頭にいる人、騎士じゃなくてメイド服着てるんだけどどういうことだ?
わけがわからずに観察しているとメイド率いる騎士たちが到着したのだが、到着するなり騎士たちは一斉に武器を向け、魔力を高め始めた。
どうやら俺を敵と判断して攻撃してくるつもりのようだが、これは仕方ないと思う。何せ今の俺はこの国にとって神様に等しい存在である守護竜を叩きのめしたわけだし。不倶戴天の敵と言っても差し支えないのだろう。
「ま、待ってちょうだい!」
今にも襲い掛かってきそうな様子の騎士たちに対して、俺の方も警戒心をあらわにしていると、突然銀色の髪をした左腕のない女性が割り込んできた。
いきなり誰だろうかと思ったが、何者なのかすぐに理解できた。ドラゴンだ。もっと言うならさっきまで戦っていた守護竜だろう。
ちらりと後ろを見てみると、つい先ほどまで地面に体の半分が埋まっていたはずだが、今はその場所にはただの大穴があるだけで何もない。
おそらくは人化して脱出し、俺達の間に割り込んできたのだろうが……人間の姿だとそんなふうになるのか。まあ鱗とか銀色だったし髪の色はおかしくないか。左腕がないのは……翼を失ったのと元々左腕が取れそうになっていたからか?
「だ、大丈夫。大丈夫だから……ね?」
守護竜は左腕がないまま騎士たちを率いていたメイドのそばに進み、馬から降りたメイドを右手で掴みながら説得するように笑いかけている。
「ですがそのお怪我は……」
「いや、その……む、昔の知り合いの子供に会ってさ、それでちょこっとだけテンション上がって勝負してたら思いのほか白熱しちゃっただけだから。それだけだから大丈夫だって。だからその子には手を出さないで」
テンション上がったって……それで仕掛けられる方はたまったもんじゃないんだけど。今更言っても遅いし、こっちはこっちで十分仕返ししたからいいけどさ。
「……畏まりました」
色々と思うところがあるのだろう。守護竜の言葉に従ったメイドが渋々といった様子で頷いたことで、敵意は薄れた。ただ、完全に敵意がなくなったわけでもない。
自分達の神様である守護竜が傷つけられているにもかかわらず、傷つけた相手である俺に対して何もできないことが悔しいのか、守護竜の言葉に頷いて引き下がりながらも騎士達は俺のことを睨んでいる。
ただ、何だろう。敵意を込めて睨んでいるのはそうなんだけど、それ以外にもなんだか好意的な色が混じっているような気もする。
でも、今のところ俺に好意を感じる要素なんてあったか?
「ですが、知り合いの子供ということは、そちらの方もドラゴンなのでしょうか?」
「え、ああ、俺……いえ、私は――」
好意があるように見えたのはそれか。まあ確かにこの国は守護竜って存在を信仰しているし、ドラゴンに対して敬意や親しみを持っているみたいだから、ドラゴンが相手となれば好意的に思うのもおかしくはないのか。
でも、あいにくと俺はドラゴンじゃないんだ。心の在り方としてはドラゴンだと思う……いや、ドラゴンでありたいと思っているけど、肉体的、生物的な話をするのであれば俺は人間だ。
だからドラゴンではなく人間だとなのろうとしたのだが、訂正しようとしたところで邪魔が入った。
「そうなのよ! ね? そうでしょ? ね!?」
「……まあ、それでいいけど」
慌てながら一生懸命な態度から察するに、どうやら俺が人間だとバレない方が都合がいいらしい。まあ、この守護竜の立場からすれば、ドラゴンのくせに人間に負けたってことになるわけだし、それはそれで問題か。
たとえ俺がドラゴンに育てられ、ドラゴンの力を使えるんだとしても、『人間』であることに変わりはないんだから。素直に負けたとは言いづらいだろう。
俺としてもドラゴンに勘違いされたところで何か不都合があるわけじゃないし、それで話がうまく進むんだったら構わない。
……にしても、何だろう。この状況に何かが頭の中で引っかかってる感じがするんだけど……何に引っかかってるのかさっぱりわからない。
「はあ……それから、守護竜様。外では言葉に気を付けてくださいね」
「え、あ……うむ。すまないな」
メイドに叱られて、この国のトップであるはずの守護竜はしょんぼりとした様子で言葉を改めている。
確かにさっきまでのこっちを挑発してくるような子供っぽい喋り方が素なら、威厳もくそもないだろうし、言葉遣いや態度を変えているのは納得だ。というか、言われて見れば最初にやって来た時は真っ当なしゃべり方してたし、普段は威厳のある言動を心がけているのだろう。
……まあ、少しテンション上がったり調子に乗っただけで剥がれるようでは、多少猫をかぶっていたところで無駄な気もするけど。
「いえ。こちらでの騒ぎは私の方で手を打っておきますが、こちらの方はどう……あら?」
「え? ……んん?」
「え、何? どうかした? まだ何かあるの?」
守護竜との間での話が一段落ついたのだろう。メイドがこっちを見てきたのだが、そこで不思議そうに首を傾げ、俺の方も先ほど感じていた違和感……いや、既視感か? それが増したことで同じように首をかしげてしまった。
「……いえ。問題があるというわけではありません。ただ、この方とは少々ご縁がありましたので」
ご縁。つまりどこかで会ったことがあるわけで……どこだろう。
俺がこの大陸で出会った人なんて数える程度しかいない。最初に到着した村の人達じゃないし、『竜の爪先』の連中でもない。
なら途中で寄った町にいた商人たちかと言ったら、それもない。流石に承認がメイド服なんて来て守護竜のそばにいたりはしないだろう。
そうすると他に会ったことがある人なんて……いるか?
「えっと、もしかして前に会ったことありますか?」
初対面じゃなくこっちが一方的に忘れているだけならかなり失礼だが、仕方ない。聞かないまま話を合わせるよりはっきりと聞いてしまった方がいいだろう。それに、覚えていないんだったらそれほど深いかかわりはなかっただろうし、多分大丈夫なはず!
「はい。以前こことは違う街の教会で一度。もっとも、少しお話をした程度ですが」
「……ああ! 教会って図書館を探してた時のか! あの時はありがとうございました」
教会、と言われて思い出すことができた。そういえばこんな人がいたな。あの時はメイド服なんかじゃなかったはずだし、守護竜のそばにいる、という印象もなかった。
ただ、どこかいいところの出だっていうのは分かったけど、それだけだ。
今後特にかかわることはないだろうと思っていたから忘れていたけど、まさかこんなところで関わることになるとは。
「いえ。それにしても、ドラゴンだったのですね。道理で変わっているように感じたわけです。あなたから感じた空気が知り合いと似ているのに得心が行きました」
「そういえばそんなことも……もしかして世話をしている女の子っていうのは……お姫様とかだったりします?」
「ふふ、惜しいですね。似て非なるもの、とでも言いましょうか」
似て非なるものって……やっぱりそうだよなぁ。
自分で治したようで、左腕が新しく生えている守護竜を見ながら問いかけると、メイドは微笑みながら守護竜のことを見た。
その反応、どうやら俺の考えは合っているようだ。つまり、あの時俺のことを似ていると言った知り合いっていうのは、このお調子者ドラゴンだったらしい。……なんか、ドラゴンに似てるって言われると悪い気はしないはずなのに、この守護竜に似ているって言われると不服だなぁ。
「リ、リーネット……?」
「ああ、失礼いたしました。お客様方。こちらへどうぞ。守護竜様のご友人の方として、城へご案内させていただきます」
「友人……?」
確かに俺はドラゴンということになっているが、友人と名乗った覚えはないんだけど……守護竜からの紹介も知り合いの子供、って感じだったはずだし。
そんな俺の疑問を感じ取ったのか、メイド……リーネットは一度頷いてから答えた。
「ただの知り合いとすれば、他のドラゴンが来たことに不安を感じるものも出てきましょう。ですが守護竜様の友人となれば民たちも幾分か安心することができます。我々人間のつまらぬ考えではありますが、余計な騒ぎを起こしてあなた様方にご面倒をおかけしないためのものだとご理解いただければ幸いです」
「ああ……まあ他のドラゴンがいるとなると、いくらドラゴン信仰が広まってても不安に思うか。わかりました」
「ご理解いただき感謝いたします」
そういう理由なら……まあ、コレと友達扱いでもいいか。
それにしても、本当にドラゴン扱いされるんだなぁ。いやドラゴンってことになってるから当然なのかもしれないけど、なんだかむず痒い。
でもこの人、なんとなくだけど俺がドラゴンじゃないって気づいてる気がするんだよな。ただその方が都合がいいから話を合わせてくれているだけな感じがする。
ありがたいことではあるんだけど、察しがよすぎてなんか怖い。こんなトンデモな状況が突然訪れたってのに慌てていないし、それだけ普段から守護竜に迷惑をかけられているんだろうか?
「なにをしているのですか。守護竜様は早く城に戻って国王陛下にでも客人の来訪をお伝えください」
「私の扱いがなんか雑な気がする……」
「そのようなことはございません。それよりも、さっさとお戻りください」
「やっぱり雑ぅ……」
そんなふうに泣きごとを言いながら、守護竜は情けない表情をしてから人間の姿のまま飛び立ち、城へと向かっていった。
「それでは皆様、城へとご案内させていただきます」
そんな哀愁漂う背中を見送り、俺を攻撃しに来た騎士たちは俺を守る存在となり、騎士に囲まれた状態で俺達は城へと向かうこととなった。