真なるブレス
「……これが竜のブレス?」
さっきも思ったが、これはあんまりにも〝弱すぎる〟。こんなのが竜のブレスだと? そんなのふざけているどころの話じゃない。
確かに物語によっては炎を吐き出す絵が添えてあるし、文献にも〝炎を吐き出す〟と書かれていることがある。
でも実際は違う。単なる炎を吐き出すのは、ドラゴンのブレスを使う前段階というか、子供の使う練習用の魔法だと聞いている。炎を吐き出すことで、魔力を集めて魔法へと変え、それを勢いよく吐き出す感覚を身に着けるための魔法。実際俺もドラゴンブレスを習う際にジジイから教えられたことがある。そして、その経験を生かしてドラゴンブレスを習得した。
人間たちが勘違いしているのは、そもそもドラゴンのブレスなんてものを見て無事な者なんていないからじゃないだろうかと思う。ブレスを見たものはみんな死に、炎の方を見た者はぎりぎり生き残った。だから子供だましのブレス――いや、火炎放射魔法をドラゴンの奥の手であるブレスと勘違いしたんだと思う。
実際、ブレスと違って広範囲を攻撃できるお手軽殲滅技であることは認めるし、人間を殺すには十分すぎるほどの威力があることも確かだ。人間と戦うだけなら炎を吐き出すだけでブレスの方は使わなくても十分だろう。
けど、あくまでも炎を吐き出すのはドラゴンのブレスではないのだ。
それなのに、何でこいつは今の炎をブレスだなんて読んだんだ? 加減しなくちゃいけないとか言っていたからブレスではなく火炎放射の方にした、と考えることもできるが、それにしてはなんだか本気で言っているようにも感じる。
「え……な、何で生きてるの? 私のブレスを食らってたでしょ! 死んでないどころか無傷なんて……あり得ない!」
まただ。またこいつはさっきの炎をブレスだなんて言っている。おかしい。まさかとは思うけど、この守護竜はさっきの炎のことを本当にドラゴンのブレスだと思っているのか?
「ブレス……今のがブレスねえ……。さんざん本物の人間かって聞かれたけど、逆に聞きたいよ。あんたこそ、本物のドラゴンか?」
ドラゴンなのにドラゴンのブレスのことを知らないなんて、そんなことあるわけがない。ならなんで知らないのかって言ったら、可能性としてはこの守護竜が本物のドラゴンではない可能性が思い浮かんだ。
本物ではなく偽物。たとえばワイバーンのような、ドラゴンの血を引いた何者かが魔法か何かで変身をして、あるいは姿だけはドラゴンらしく生まれた混血魔物がそれらしく振舞っている。
それならこの守護竜を名乗る存在がドラゴンのブレスを使えず、知らないのも納得できる。
「あ、あったりまえでしょ! 私がドラゴンじゃなかったらなんだっていうのよ!」
「ちょっと大きいだけのワイバーンとか?」
「そんなまがい物と一緒にしないでよ!」
……なんだか本気で言ってるみたいだな。けど、ブレスを知らない以上は俺からしたらお前もまがい物なんだけど。
「のわりにブレスもまともに吐けないみたいだけど?」
もしくは、親がいないとか? 捨てられた、あるいは殺されたのなら、ブレスを教えてもらうことなく育ってきたのかもしれない。
もしそうなら、少し親近感がわいてくる。でもそれと同時に、なんだか悪いことをしているような感じがしてくるな。だって、お前親がいないんだろ、って言ってるようなもんだし。
「はあ? 何言ってるのよ。今ブレス使ったじゃない。どうやったのか知らないけど、一回防いだからって調子に乗ってるんじゃない?」
「……もしかして、今のを本当にブレスだと思ってるのか?」
「思ってるも何も、正真正銘の竜のブレスだし。逆に聞くけど、あなたは本物っていうのを知ってるわけ? なら見せてみなさいよ、ほら。さあさあ!」
「……いや、流石に使うのはまずいだろ」
今のを本当のブレスだと思ってる程度の力しかないんだったら、本物を受けたら死ぬかもしれない。
こいつは偽物のドラゴン……とまではいわないけど、ジジイ達に劣る存在……ワイバーン以上ドラゴン以下っていう竜の亜種である可能性はある。これまでの攻撃も全部ジジイたちよりもずっと弱かったし。こっちの攻撃で傷つく程度の奴だし。
本物だったとしても、親からドラゴン本来の力を教えてもらっていない場合なら、悪いけどそれほど強いとは思えない。
どっちにしても、俺が本気でドラゴンブレスを使ったら死ぬ、あるいは大怪我をすることになるだろう。
でも、どんな存在でも守護竜としてこの国で崇められてきたんだ。それを殺すのは流石にまずいというか、まずいどころの話じゃないッというか……だからブレスなんて使えない。
「へえ~。そこまで私のブレスが偽物だとか言ってたくせに、自分は使えないんだ~。はあ~~~~……だっさ。あ、ごめんごめん。所詮は人間だし、竜の魔法を真似することができてもいくら何でもブレスを使うことができるわけないもんねぇ~」
と思って使うのを控えようとしたんだが、俺が使わないのを見て何を思ったのか、ここぞとばかりに煽ってくる。
お前、立場を忘れてないか? ブレスなしでも負けてたのに煽るとか……頭おかしいだろ。仮に俺がブレスを使えなかったとしても、素の力で負けてるんだからそのまま倒されておしまいだろうに。
「本物のドラゴンのブレスを知ってるとか言ったけど、あれでしょ? 妄想の中で見たことがあるとかいう感じの、ああそうそう。僕の考えた最強のドラゴンの攻撃~、とか考えて語ってるんでしょ。そういうのやめた方がいいって教えてあげるわ。現実って意外と妄想よりしょぼい感じだから。妄想で話してるといつか恥かくことになる……って、もうすでに今恥をかいてる真っ最中か~。ぷぷ~!」
……なるほど。そうか。そこまで言うか。
「……そこまで言うならいいさ。見せてやるよ。俺が見たことのある、最強のドラゴンの攻撃ってやつを」
どうやらこの自称ドラゴンは本物のドラゴンブレスを見たいようだ。そしてその結果死ぬことになったとしても、それはそれで本望なのだろう。でなければ格上の存在をこんなに煽ってくることはないはずだから。
「『竜の息吹は避け得ぬ終わりを齎す光であり、己の意志を貫き通す意思の輝きである』」
両腕を前に出し、両の掌を合わせる。そして両手を少しずつ離していき、できた空間に魔力を集めてまばゆい光を放つ球を作り出した。
「へあん……? え、それって……ま、まって……いや、ないない。嘘だって。そんなことあるわけないもん」
俺が作り出したドラゴンブレスの核となる光球を見て戸惑い、慌てた様子で顔を振り出した守護竜。ブレスを知らなくてもこの魔法の危険さは理解できるのだろう。
何の意味があるのかわからないが手足と翼をばたつかせ、それから焦ったように背を向けた。
どうやら自分では防ぐことができないと判断し、逃げることにしたようだが……遅い。
「威力は抑える。狙いも急所は狙わない。死なれたら困るからな」
「う、嘘じゃん! なんであんたみたいなのが〝真なるブレス〟を使えるのよ!」
「なんだ。知ってたのか?」
真なるブレスって……知ってたのか。ならなんでさっきまであんな炎のことをブレスなんて呼んでたんだ? しかも俺のことを馬鹿にしてきたし……わけがわからない。
「ふ、ふざけんじゃないわよ! ドラゴンの中でも一握りの化け物達しか使えない技を、なんであんたみたいな人間が使えるのよ! おかしいじゃない!」
ドラゴンの中でも一握りの化け物? ……いやいや、嘘だろ。ドラゴンならこの技を使えなくてはな、なんて言われて覚えさせられたぞ。お前が所属していた場所か集団が子供や未熟者を集めたところだった、ってだけじゃないのか?
「そんなこと言われても、できるんだから仕方ないだろ。それよりも……ちゃんと防げよ?」
なんにしても、魔法は完成した。ここから消すことはできないし、あとは放つだけだ。
なんだかブレスについて知ってるみたいだし、ビビって逃げようとしてるから立場は理解したと思う。なので絶対に使わないといけない、ってわけじゃないけど……せっかくなら相手に向かって使いたいじゃん。
「っ! ちょまっ……! 無理だってば!」
「『竜意顕現』」
慌てて逃げる守護竜の横をかすめる軌道でブレスを放つ。
瞬間、光が世界を貫いた。空間を抉り、音を飲み込み、通り過ぎた場所にある全てを消し去る竜の息吹。
「ぷぎっ……!?」
光から少し遅れて、光の通りすぎた場所でいくつもの爆発が起こり、その衝撃で守護竜は地上へと叩き落されていった。