ドラゴン対ドラゴン(人)
「『竜の存在は、ただ在るだけで畏怖を与える』」
「うっそ……」
竜としての力を振るうための枷を取り払い、押さえていた魔力があたりを威圧する。
その威圧を受けて周囲にいる者達がよろめき、体勢を崩す中で、目の前にいる守護竜は驚いたような声を漏らした。
「『竜の爪は全てを切り裂く刃である』」
だがそんな驚きを無視して、最も使い慣れている竜魔法を使って腕の先に雷を凝縮して作った竜の爪を振り上げ、振り下ろす。
が、受け止められた。流石はドラゴン。いくら竜魔法って言っても、このくらいは普通に受け止めるか。なら次だ。
「『竜の牙は全てを貫く矛である』」
両手を前に突き出し、顎が開いているかのように上下に構えて魔法を使う。
現れたのは物理的な干渉力を持った炎の塊。牙のような形をした炎は俺が両手を閉じるのと連動して守護竜に噛みつく。
だが、守護竜はそれさえも防いだ。一応傷をつけることはできたが、〝全てを貫く〟といわれているドラゴンの牙を模した魔法としては落第だ。殺すつもりじゃなかったから威力は抑え気味だったとはいえ、割と本気で攻撃していただけに貫けず、傷をつけた程度で終わってしまったのは少し悔しい。
「ぐっ……! なんなのあいつ!」
守護竜は自身に噛みついている炎の牙を力任せに振り払い、散らすと、あたりを薙ぎ払うような風を起こしながら空高く飛んでいった。逃げるつもりか……? いや、守護竜なんて呼ばれるほどの竜だ。自身の縄張りに対して思い入れや誇りのようなものだってあるだろうし、このまま逃げることはないだろう。
ああ、ほら。やっぱりそうだ。
守護竜は空に飛びはしたが、そのまま去らないで滞空し始めた。多分あそこからブレスや魔法の撃ち下ろしを行うつもりなんだろう。
「でもここなら……空からなら!」
そんな俺の考えを肯定するように、守護竜は口元に赤い光を溜めながら俺達のことを見下ろしてきた。
多分あのままブレスを吐いてくるつもりなんだろうが……どうしよう。
俺だけ避けるのなら普通に避けられる。でも、そうしたら周りにいるライラ……は、何とかなるかもしれないけど、他の人達が巻き添えを食らうことになる。それは避けたい。
ただ、あいにくドラゴンの使う竜魔法には防御用の魔法ってないんだよな。だって素の状態で大抵の攻撃弾くし。一応自身の体を強化して守りを固める魔法はあるけど、それだって自分用だ。俺の使う魔法の中にも竜の鱗を再現して守る魔法はあるけど、これも同じく自分用。せいぜいが自分を盾にして後ろの人を守るくらいだけど、正面からじゃなくて上から攻撃されたらどうしようもない。
そうなると残っている方法は迎撃しかないわけだが、できるか? 多分守護竜はブレスをつかうつもりだ。他の魔法ならいざ知らず、ブレスを迎撃するつもりなら同じくブレスでないと危ういかもしれない。
でも、相手の方が先に用意している以上、今から俺がブレスを用意したところで間に合わない。
……やるしかないか。
少し……いや、だいぶ賭けにはなるけど、他に方法がないんだからやるしかない。
「『竜の角は全てを砕き滅ぼす嵐の具現』
以前竜人もどきを纏めて倒すために使ったことがあったが、それは本来の使い方じゃない。あれはあくまでもおまけ。嵐を具現化した際に巻き込まれるように調整した結果だ。
でも今回はそんな余計なことはしない。ただひたすらに固く、ただひたすらに鋭く、ドラゴンの象徴として相応しい暴威の形。
竜のブレスに対抗することができるとしたら、この技だけだろう。
圧縮と力の補充を繰り返し、それを回転させることで強引に安定させる。
圧縮した空気や魔力が摩擦を起こし、嵐の内部でバチバチと稲光が発生する。
嵐の槍――竜の角全体が発光し始めた直後、上空にいる守護竜からブレスが放たれた。
頭上から叩き付けられるように吐き出された〝炎〟を消し去るべく、嵐を圧縮し、一本の槍と化したそれをブレスに向けて――放つ。
「……うっそぉ――ぴぎょわああっ!?」
降り注いだ〝炎〟は嵐に呑まれ、地上に届くことなく消え去った。
だが竜の角はその勢いを弱めることなく、むしろ飲み込んだ炎によって輝きを増し、守護竜へと突き進んだ。
守護竜は自身の〝炎〟を突き破って進んできた攻撃に目を見開きながら驚き、咄嗟に体を捻ることで回避をしたが、圧縮された嵐がそばを通り抜けていったことでわき腹の一部が抉られたようだ。
だが、怪我をしたと言っても大した怪我じゃない。まだまだ戦いに支障があるとは言えない程度の傷だ。
だからまだ攻撃の手は休めない。仕留めるならここで追撃を仕掛けないとだろう。
「『竜の翼は何者にも縛ることのできぬ自由の具現』
地面を蹴って大きく飛び上がり、背中に光の粒子で構成された翼を出現させて空を飛ぶ。
それによってようやく俺と守護竜は真正面から向かい合うことができた。
「……いやいや! 空を飛べるとか聞いてないし! なんで人間が空を飛べるのよ!」
「言っただろ。俺はバルフグランの息子で、ドラゴンだ!」
何を今更文句を言っているんだか。最初に言ったし、俺がドラゴンと同じことができるのなんて今までの戦いで分かってただろうに。むしろなんで今更飛べないと思ったんだよと言ってやりたい。
「このっ!」
今更になって危機感を覚えたのか、守護竜は慌てた様子で爪に魔力を宿して大きな腕を振り下ろしてくる。
雷という属性こそついていないが、それはまるで俺が使う魔法『竜爪雷斬』のようだ。いや、おれの魔法の方こそが竜の振り下ろしと同じようだというべきか。
「『竜の鱗は何物にも傷つけること叶わず』」
ドラゴンの鱗。そこに宿る強靭さ、堅牢さを魔力で再現して纏う魔法。他人を守ることはできないが、自分だけならこれで――っ!
守護竜の振り下ろした爪を受け止めていると、その爪ごと焼き尽くすかのように守護竜の口から〝炎〟が吐き出された。
「どう? 流石に竜のブレスを食らったらひとたまりもないでしょ! ……ああっ! 殺しちゃいけないんだった! ひとたまりがないと駄目なのに」
そんな、どこか気の抜けるような声が聞こえてくる。
確かに、普通の人間ならひとたまりもないだろう。ただの炎とはいえ、流石はドラゴンが吐き出した魔法。纏っている竜の鱗を模した魔法にダメージが入っているのが分かる。
でも……
「……これが竜のブレス?」




