ライラ:いきなりの遭遇
「はあ……」
今回の任務の内容とその背景を考えた私は、決してそんなつもりはなかったのだが、思わずため息を吐き出してしまった。
そんなため息が聞こえてしまったようで、部下の一人であるノンナが声をかけてきた。
「隊長。やはり隊長も不安ですか?」
「ああ。まあ不安というか、憂鬱というべきだろうな。探せというが……もう十三年も前だ。骨すら残っていないだろう」
そう、そこが問題なのだ。私とて陛下のお力になりたいとは考えているし、何より今回の問題は私にとっても無関係とも言えないのだ。叶うならば何かしらの成果は欲しい。だが、ここはドラゴンの出現情報もある危険な森だ。ドラゴン以外にも魔物は存在しているのだから、食べられてしまっていてもおかしくない。
「でしょうね。宝石類は残っているかもしれませんが……竜界の付近となるとそれさえも怪しいところですね」
「ドラゴンの芸術品探知能力はすごいからね~。わざわざ人里に降りてくるのはまれだけど、森の中に転がっているとなったら……持ってっちゃうよね~」
「服ならば残っているかと思われますが……」
「それもどうだろうな。なんにしても、探すしかないわけだが」
ノンナと、もう一人の部下であるフリーデの話を聞き、首を横に振りながら答えた。実際、どれほど可能性が低く、達成困難であろうとも、任務として告げられた以上は実現のために動くしかないのだ。
「っていうかさ~。それもだけど、あたしらが選ばれたってこともきな臭いよね~」
「……」
「王室第三親衛隊。聞こえはいいけど、女だけを集めた見栄え重視で式典用のお飾り部隊……なんて呼ばれてるあたしらをこんな危険な場所に派遣するなんて……ねえ?」
「お飾りなどではない!」
肩をすくめながら問うてきたフリーデの言葉に、ノンナが声を荒らげた。
その気持ちもわかる。我々は女ではあるが、騎士として叙され、その名にふさわしい働きをしようと誓った身だ。それなのにお飾りだと馬鹿にされれば、怒るのも無理はない。
だが、その実態を理解しているだけに、フリーデの言葉も理解できてしまう。いや、きっとノンナも、ほかの隊員たちも、私たちの状況自体は理解しているんだろう。ただ、それを言葉にして認めてしまうと、もうどうすることもできなくなってしまうように思えるから言葉にしないだけで。
「そりゃあもちろんあたしもそう思ってるって。でも、自分の考えと世間の評価は別物で、ついでにそこに絡んでくる政治的な影響力も別物でしょ」
「……陛下としてはまっとうに捜索をしたいと思われているはずだ」
私たちが女でありながら騎士になれたことも、王族の守護という名誉ある立場に着くことができたことも、政治的な意味合いが強い。我々に期待されているのは武力ではなく、我々の裏にいるそれぞれの家、あるいは家と繋がっている誰かの政治力。
ただ、陛下御自身は本当に何かを見つけたくて、見つけてほしくて我々に任務を申し付けたはずだ。
「なら、周りの貴族たちということでしょうか?」
「おそらくはな。我々は……言いたくはないがそれなりの名家の出身だ。我々を、あまり命の危険のない第三近衛騎士団に、とこの隊に入れた家もあるだろう。そんな我々が、本来ならば必要のない戦い――王のわがままによって死んだとなれば、陛下は貴族たちから責められることになるだろう。それだけならまだいいが、王位を下ろされる可能性さえもあり得る」
「つまりは政治道具ってわけだ。かああああ~~~……やってらんないねー」
そういいたくなる気持ちもわかるが、フリーデ。お前も貴族の令嬢出身のはずだろうに、なぜそんなに砕けた態度が様になっているのか……。まあいい。それよりも任務を達成するために動くべきだが、さてどうしたものか。
「なるほど。そのような理由だったか」
「「「っ!?」」」
今後の動き方について考えていると、突如どこからか声が聞こえてきた。その声はどこかから聞こえてくるというよりも、頭の中に直接響いているような不思議な声。
こんな森の中で誰が。
そう思って辺りを見回して――気づいた。気づいてしまった。気づかなければ話は始まらないのだが、気づかない方が幸せだったかもしれないと一瞬だけ脳が理解を拒んでしまった。
だが、現実はしっかりと見つめなければならない。今、我々の頭上には……
「ど、どらごん……」
「あ……ああっ……」
ドラゴンがいた。
鋭い眼差し。獰猛な顎。ただ見られているだけなのに震えを誘う威圧的な気配。
その全てが、目の前にいるドラゴンは本物なのだと物語っている。
「まさか、まともに捜索する前に出会うなんてねー。ほんと、やってらんないっての」
真っ先に反応したのは私……ではなく、フリーデだった。
確かにドラゴンは脅威だ。それもこちらから仕掛けたのではなく、何の準備も心構えもできていない状況での突発的な遭遇だから反応が遅れても仕方ないといえるかもしれない。
でも、部下であるフリーデよりも立ち直るのが遅かったなんて隊長失格である。
これ以上醜態をさらしてはならない。そう意気込み、覚悟を決めてドラゴンへと向かい合った。
「た、隊長……」
「総員構え! ドラゴンといえど一体のみだ! 決して勝てぬ相手ではない!」
「で、ですがっ……!」
「構えろ。臆したまま死んでいくつもりか?」
皆が臆しているのもわかる。仕方のないことだ。先ほどは一体だけといったが、その一体だけでどれほどの被害が出るのか……。過去には国を一つ滅ぼしたこともあるといわれているほどだ。
そんなドラゴンが目の前にいる。
倒せないわけじゃない。実際、過去にはドラゴンを討伐して名を挙げた人物や国は存在しているのだから。
だが、それを我々ができるかと言ったら……いや、違うな。やるしかないのだ。最低でも重傷を負わせ、退かせなければならない。でなければ、我々の生き残る道はないのだから。