ジジイの知り合いらしい
「っ! ……こ、こちらの中には他の大陸より転移の事故によって訪れた異邦人がおります。我々はその帰還の手伝いをしている最中でして……王城にも仔細は伝えさせていただいたはずですが?」
「うむ。その件であれば承知している。故に、その事でそなたらを罰することはない」
「でしたら……」
「出てこい。さもなくば隠れたまま踏みつぶされたいか!」
守護竜はそう言ってドラゴンとしての力を開放して当たりにばら撒くが、それが威圧となってライガットを含め他の者たちを跪かせる。
……これは、もう無理だろうな。これ以上隠し通すことなんてできない。一応今もドラゴンの気配を隠すために普通の魔力を纏っているんだけど、この距離ではそんな急造の誤魔化しでは役に立たなかったらしい。
「……ライラ。これって出ていくしかないよな?」
「……はあ。くれぐれも暴れないように。穏便に済ませてちょうだい」
「この状況じゃ多分無理じゃないか?」
俺だって暴れたいわけじゃないけど、多分これだと暴れる……というか戦うことになるだろ。少なくとも手合わせくらいはすることになると思う。ドラゴンって戦うの好きだし。ドラゴン村に住んでた時も暇つぶしに戦いに誘われたことも何度もあった。まああれは俺の成長を確かめるって意味もあったのかもしれないけど、戦いが好きな種族だっていうのは間違いない。
「初めまして、守護竜様。私に何か御用でしょうか?」
観念して馬車から出ていくが、一応誤魔化しのための魔力は纏ったままにする。いきなり解除しても敵意があると思われるかもしれないしね。
「……匂うな。懐かしい匂いだ」
「懐かしい……?」
守護竜は少しだけ俺に顔を近づけると何度か呼吸をしてからそう呟いたが、懐かしいってことはどこかで出会ったことがあるんだろうか? もしかして昔ドラゴン村に来たことがあるとか? でもこんな銀色ピカピカなドラゴンなんてみたことないしなぁ……
「だが不愉快な匂いでもある。貴様は何者だ。本当に人間か?」
不愉快? 懐かしいけど不愉快って……それに人間かどうかなんて聞かなくてもわかるだろ。
「なにをもってそのように感じられたのかはわかりかねますが、私は正真正銘人間でございます。お望みとあらば、いかような検査もお受けいたしましょう」
多分匂いというか、魔力の質だけで判断してるんだろう。ドラゴンは人間よりも魔力に敏感みたいだし。それならドラゴンと勘違いしても仕方ないと思うけど、俺は正真正銘の人間だ。
「……そうか。そこまで言うのであれば人間なのだろう。ならば……しゅ、守護竜信仰者か?」
「? いえ、ライガットからお伝えした通り、我々は他の大陸の者ですのでそのような宗教には関わりを持ちません。その名すらもこの大陸に来て初めて知った次第です」
「ふむ。確かに他の大陸から来たのであればそうか。ではもうひとつ聞くが……」
どこか恥ずかしそうな声音で問いかけてきた守護竜は、俺が答えるとホッとしたように頷き、問いを重ねた。
「バルフグラン。という名に覚えは……あるようだな」
知っている。覚えがあるも何も、俺の父親の名前だ。厳密には父親ではないし、そう呼んだことなんてほとんどない。でもあいつは……バルフグランは間違いなく俺の父親だ。その名前を忘れるはずがない。
だが、どうしてジジイの名前を個の守護竜が知っている……いや、ドラゴン同士なんだしそう言うこともあるか。
そう思っていられたのも束の間。守護竜は俺がジジイのことを知っていると理解するや否や、周囲に無造作にまき散らしていた威圧を俺だけに向けてきた。
「答えよ。奴とはどのような関係だ?」
なんだ。何がどうなってる。
この守護竜とジジイの間には何かしらの因縁があるのはまず間違いないだろう。そしてそれは、爺の関係者である俺に敵意を向けるほどのものだ。
もしここでちょっと関係がある、少し知っていると答えただけならどうなる? そうかと許されるのか、それとも関わりがあるだけで殺しにかかってくるほどなのか。……わからない。
だが、育ての親だと正直に言ったらまず間違いなく戦いになるだろう。
どう答えるのが最善だ。
正直に言うのか、誤魔化すべきなのか……
「バルフグランとは……」
だが、ここで誤魔化していいのか? ……バカか。そんなこと、できるわけないだろ。
仮にここでの返答によって守護竜の機嫌を損ねることになったとしてもかまわない。父親であることを誤魔化し自分の心にうそをつくよりは何百倍もマシだ。
「私の育ての親です」
だからこそ、俺は正直に告げることにした。
「……親? 奴が?」
俺が正直に告げた後、守護竜はわけがわからないとでもいうかのように動きを止め、しばらくしてからどこか震えている声で問いかけてきた。いや、問いかけてきたというよりも自身の疑問が口からこぼれ出ただけのような気もする。
「はい。ドラゴンの住む森に捨てられていた私を拾い、育てた者。それがバルフグランです」
「……戯けたことを吐かすな。あれが人間の子供を拾い、育てるなど……そんなことをするわけないじゃない!」
「え……?」
そんなことを言われるなんて昔のジジイはどんな奴だったんだよ。今は気のいいジジイって感じがするけど、若いころはやんちゃしてました、ってか?
それはそれで面白いからいいけど……それよりも、なんか言葉遣いが変わったか? ついでに雰囲気も変わった気がする。
「え……? あ。んんっ! ともかく! 我の知っている奴であれば、子育てなどするはずがない。それも、ただの人間を……いや?」
だがそれも一瞬だけのことで、すぐに守護竜は先ほどまでの厳しい雰囲気へと戻り、俺とジジイの関係を否定して来た。だが、その言葉の途中で何を思ったのか守護竜は首を傾げてからじっと俺のことを見つめだした。
そして変化のわかりづらい爬虫類の顔を何度も変化させてようやく再び口を開いた。
「……改めて問おう。貴様、本当に人間か?」
「? はい。嘘偽りは申しておりませんが」
「そうか。ならば……」
そこで守護竜は言葉を止めると、まるで唾でも吐くかのように口元に火の玉を発生させ、それを俺に向けてはなって来た。




