守護竜様襲来
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馬車に揺られる事数日。遠目に首都の景色がぼんやりと見えてきた。まだ遠いけど、もうすぐ着くだろうという実感がわいてくる。
ただ……
「見えてきたけど、これ今日中に着くか?」
見えてきたは良いんだけど、まだまだ微妙に距離がある。このままの速度で進むと途中で日が暮れて門を閉められそうな気もする。ばしゃってけっこうおそいからなぁ。特に、今回みたいに隊列を組んでの移動だと余計に遅くなるんだからまず間違いなく日暮れまでには着かないと思う。
「問題ないだろう。通常であれば門が閉まり、外で一夜明かすことになるだろうが、今回は貴族の遣いという立場がある。先ぶれも出しているだろうし、向こうからも私たちのことが見えているはずだ。多少普段より時間が過ぎても開けてくれるはずだ」
あー、貴族か。理不尽を押し付けられる側だと権力って厄介だけど、自分がその恩恵を享受する側だと便利だよな。権力万歳。
「ならいいけど……っと。そうだ」
そろそろ街に近づいてきたわけだし、問題を起こさないように一つ手を打っておこうと思いついたので実行してみることにする。
「どうかしたか?」
「ん、まあちょっとね。ほら、ここってドラゴンの棲み処だろ? まあ棲み処って言ったらこの国全体そうだし、何だったらこの大陸全体って言えるかもしれないけど、まあこの街は完璧にドラゴンの縄張りって言っていいわけだ」
「まあそうなるだろうな」
「そうなるとさ、ほら。ドラゴンの気配が近づいたら無駄に喧嘩することになりかねないし、今のうちにドラゴンの気配を封じておこうかと思ってさ」
効果があるかはわからないけど、何もしないよりはマシだろ。気づかれないならそれはそれで問題ないし、気づかれたとしても気分を害さないようにしていたっていえば多分いける。はず。
「なるほどな。確かに勝手にドラゴンが縄張りに侵入してきたとなったら、戦いになってもおかしくはないか。だが、そのドラゴンの気配というのは消すことができるのか?」
「やったことないけど、たぶんできるはず。エンジェとも話したんだけどさ、結局のところドラゴンの気配って、魔力の質だと思うんだよ」
というか、俺からドラゴンの気配がする理由なんてそれくらいしか思いつかなかった。だって俺、肉体的には人間そのものだし。違いなんて体に宿ってる魔力の質くらいなもんだ。
「魔力の圧縮による質の変化、だったか」
「そうそう。で、まあ体から自然と発してるものじゃなくて魔力による影響力だっていうんだったら、魔力が体外に漏れないように完璧に体の中にしまい込むことができればドラゴンの気配とやらも隠せると思うんだよね。後は、だめ押しに普通の魔力で全身を包むようにしておけば、まあたぶん行けると思う」
これでも一応普通の人間が使う魔法の使い方は覚えたわけだし、派手に暴れさえしなければこれで誤魔化すことはできると思う。
「なるほど……まあなんにしても、打てる手があるのならばやっておくべきだろう」
「そうしとく。まあ初めてやるからうまくいくかはわからないけど……」
なんて話をしていると、途端に外が騒がしくなってきた。なんだろう。魔物でも出てきたんだろうか? でもこんな首都がすぐ近くにある場所で魔物なんて出てくるか?
「外が騒がしいな。何かあったの――」
「ライラ? どうかしたのか?」
外の様子を見るために窓から顔を出したライラだが、突然その動きを止めた。
そんなライラのことをいぶかしみながら俺も窓から外の様子を見て、動きを止めた。
ああ、これは仕方ない。こんなものを見ればライラだって固まってしまうだろう。俺だってそうだ。
「……なあ。俺ってさ、問題起こさないように気を付けてたよな?」
「そうだな」
「これって俺のせいか? どうやって気を付けるべきだと思う?」
「……さあ? しいて言うのであれば、対策するのが遅すぎたのではないか?」
「思いついたのがさっきなんだから仕方ないじゃん……」
突然の出来事過ぎたせいか、あるいはドラゴンという脅威を目の前にしたせいか、言葉遣いが騎士としてのものとなっているが、そんなことが気にならないくらい今視界の先にいるドラゴンに意識が釘付けとなっている。
ドラゴン。そう、ドラゴンだ。銀色に輝く巨大なドラゴンが俺達の上空を飛んで俺達を睨みつけていた。
――◆◇◆◇――
「ひ、ひいいっ!」
「ドラゴンだとっ……!? 何だってこんなところに……」
「ありゃあただのドラゴンじゃねえ。守護竜様だ」
「守護っ!? なんでこんなところにいるんだよ!」
「知るかそんなこと! ……考えられるとしたら、別の大陸の奴を連れてきたことでお怒りなのか、ただ様子見に来ただけなのかってところだが、ドラゴンの考える事なんざわかりゃあしねえよ」
どうやらこのドラゴンはこの国のトップである守護竜様だったようだ。まあこんなところにいる時点でわかってたけどさ。でも、何だってこんなところにいるんだよ。
……いや、分かってる。十中八九俺のせいだろ。
「お前たちのトップは誰だ?」
守護竜がドスンと音を立てながら着地して俺達のことを見下ろしながら問いかけてきた。
だが、その威圧感に圧倒されたせいか、誰も答えようとはしない。
「……まさか守護竜様とじかに話すことになるなんてな。人生どうなるかわからねえもんだ」
これは俺が出ていった方がいいのか、なんて思っていると、誰も動かない中で冒険者ギルド『竜の爪先』のトップであるライガットが進み出ていった。
今回のメンバーの中ではライガットは決して地位が高いというわけではない。貴族の遣いも同行しているため、身分や立場で言ったらそっちの方が上だ。
だがそれでもライガットはそいつらが動かないのを見て、このまま答えないでいるのはまずいと判断したのだろう。震える声で嘯きながら守護竜と向かい合う。
「お初にお目にかかります、守護竜ガルディアーナ様。私は冒険者ギルド『竜の爪先』のライガットと申します」
「そうか……違うな。お前ではない」
守護竜は自身の前に進み出てきたライガットを見ると、少し見つめた後に視線を外した。どうやら何か、あるいは誰かを探しているようだ。……まあ、誰を探してるのかと言ったら、多分俺だろうけど。きっとドラゴンの気配を感じてここまで来たんじゃないかと思う。というか、それ以外にこんなところに出張ってくる理由なんてないだろ。
「は? その、失礼ながら何か不手際がございましたでしょうか?」
「違う……違う。それもか。なら……それか」
ライガットは視線を外されたことで威圧感から解放されたのか、どことなく安どした様子で問いかけた。だが守護竜はそんなライガットの問いかけを無視して俺達を見回しながら呟いている。そして……
「ライガットといったな。その中には何がいる?」
遂に俺達の乗っている馬車を睨みつけ、問いかけた。




