Side:守護竜・守護竜のお仕事
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Side:守護竜
「守護竜様。少々お時間よろしいでしょうか?」
いつもど~~~り部屋でごろごろしていると、里帰りから戻って来た侍女のリーネットが声をかけてきた。
「んー……なーにー? なんかあったの?」
「……その前に態度を改めませんか?」
ベッドに寝転がったまま答えた私を見て、リーネットは眉を顰めているけど……ふっ。何今更なこと言ってるのよ。私の態度なんていままでもこんなもんだったでしょうに。
「私達しかいないんだからいーじゃない。そんな堅苦しいこと言わない言わない」
「はあ……他の者の眼がある時はしっかりしてくださいよ」
「分かってるって。まっかせてー!」
これでも私だって王様やってた時期があったんだから……まあ国を作った最初の時期だけで、あとは他の子達に任せたけど。でもでも、それでも十分に王様やったって言えるでしょ。それに今だって人前に出る時は守護竜ムーブできてるんだから、今更みんなの前での態度なんて言われるまでもないわ!
「……はあ。それで本題ですが、貴族の一人から嘆願がございます」
「嘆願? 何それ?」
あらま、珍しい。普段は今代の王様やってる子から当たり障りのない業務連絡とかイベントの話くらいしかないのに。
貴族たちからの要請で私のところまで持ってこられるのは本当に稀で、ここ最近……百年くらいは一度もなかった程度には珍しい。
基本的に貴族たちからの嘆願があっても王様のところで処理されるわけだし、今のこの国を運営しているのはこの時代の子達なんだから別に私のところまで連絡を上げてくる必要なんてないんだけど、よっぽどの大きなことだとこうして私まで話が来る。
けど、そもそも私のところまで話を持ってこないといけないような内容なんてそうそうあるわけじゃないわけで、さて今回はいったいどんな内容なのかしらね?
「嘆願とは、事情を説明して事態の解決、実現を願うことです」
「知ってるわ! それくらい言われなくても分かってるし! あなた私のことどれだけバカだと思ってるの!?」
私が嘆願について聞いたのは言葉の意味じゃなくてその内容だってば! あんたも分かってんでしょ!?
「バカだなどと恐れ多い。私はただ、寝続けていたことで頭が呆けていらっしゃるのではないかと危惧したのですが、不要でしたか?」
「いや、それ変わらないし……そんな危惧なんていらないわ。ドラゴンなんて何百年と寝ても問題ない種族なんだし、数日寝てる程度じゃ何の問題にもならないわ」
他のドラゴンなんて寝てるか戦ってるかくらいの存在で、基本的に寝て過ごしてる。だから数日ごとに起きてなんかごちゃごちゃ仕事してご飯食べてる私はだいぶ健康的なドラゴンだと思うわけよ。
「寝るだけであればそうかもしれませんけれど、寝て起きて食べて寝る、というような生活は流石に不摂生では?」
「う……そ、それよりも! その嘆願ってなんなの? あ、嘆願って言葉の説明を聞いてるわけじゃないから」
そ、それは人間基準の話だから! 私ドラゴン! つまり不摂生ではないってことよ! ……まあ、この話を続けても良いことなんてないし、嘆願がどうしたとかいう話が来てるんだったらそっちについてちゃんと話し合いましょう! だって大事なお仕事なわけだし。べ、別に最終的には言い負かされてお説教されるから、なんて思ってないんだからね?
「そのようなこと、言われずとも存じておりますが?」
「さっきは説明して来たのに!?」
酷くない!? これって私が何か悪いの!?
でもそんな憤っている私を無視して、リーネットは淡々と話し始めた。
「嘆願の内容になりますが、他の大陸の者が転移魔法の事故によりこちらの大陸に転移してきてしまったため、帰還の手伝いとして船を出したいそうです。ついてはその出国手続きを、とのことです」
「転移の事故? ……まあないことはない、か。でも他の大陸から来ちゃうなんて、かなりの距離を跳ぶじゃない。それだけの力がある人ってこと?」
大陸内での事故ならまあわかるわ。転移魔法なんて使い手は少ないけどいないわけじゃないし。私も……ま、まあやろうと思えばできるし。いや、できないわけじゃないのよ? ほんとほんと。でも転移しなくても普通に空飛んでいったら割とすぐどこでも着くし、そもそも転移する必要がないってわけなのよ。練習してないとかそういうわけじゃなくて、そもそも使う必要がないわけ。わかる?
……んんっ。まあそれはそれとして、そんな感じで転移魔法って使い手は少ないけどできる人がいないわけじゃない。けど、距離を跳ぶならかなりの練度と魔力がないと無理無理なのよね。だから事故と言っても前提としてそれだけの距離を跳ぶことができる力を有していることになる。
でもそうなると一つ疑問なのが、事故でこっちに来たとしてもまた魔法を使って帰ればいいんじゃないのってことよね。同じ距離を跳ぶだけの力はあるはずだし。……座標がわからないとか? んー、それでも跳んできた場所がわかれば自分が来た方角もわかってるだろうし、そっちに向かって同じ魔力量で魔法を使えば帰れると思うんだけど……。
「失礼いたしました。転移魔法と言いましたが、実際には転移魔法が込められた魔法具の暴走事故となります」
「なーんだ。それじゃあ道具に力を籠めすぎたことによる暴走ってところか。まあいいわ。別に問題があるわけでもないし、出国手続きでも何でも協力してあげて」
道具を使ったことでの事故だったらすぐに帰らないのも納得ね。道具が手元にない、あるいは道具に魔力を補充できない、もしくはそれ以外のなんかしらの理由。まあ理由は何でもいいけど、帰れないってことがわかってるんだったら、帰るための手助けくらいはしてもいいと思う。っていうかそのくらいは好きにすればいいんじゃないって感じね。
「承知いたしました。それから、その者たちからの提案により、貿易の許可を求められております」
「……貿易?」
転移して来た人達と貿易? あー、せっかく出会ったんだから貿易をして繋がりを保ちましょう、みたいな?
「貿易とは、国、またはそれに準ずる――」
「だああああ! それはもういいから! それで、どういうこと?」
二番煎じはいらんわ! そんなボケなんていらないからさっさと話しなさいよ、まったく!
「他の大陸の方と縁ができたのだから、せっかくの機会を無為にするのはもったいない。だから貿易をして縁を大事にしていきたい。要約するとこのようなものですね」
ま、理由なんてそんなところよね。まあそれ自体は構わないと思ってる。でも……
「貿易ねぇ……」
うちの大陸って他の大陸と貿易してたわよね? 今更私に話を持ってくるほど? すでに貿易をしている商会とか貴族に話を通して新しい船を出せばそれでおしまいの話じゃない?
「反対ですか?」
「んー、べつに貿易自体は良いのよ。っていうか、確か元々他の大陸と貿易してたでしょ?」
「はい。ですが、大規模なものはありませんね」
「そうだっけ? なんで?」
あれ~? おっかしいなぁ……。ちょっと前まで隣の大陸と貿易してた気がするんだけど……あっれぇ~?
「ドラゴンに対する恐れが一番の理由でしょうか」
「……ドラゴンって、もしかして私だったりする?」
「そうですね。過去に他の大陸との貿易を行った際に、この国をお守りしてくださっている尊き竜が、貿易に来た商人の船を海に沈めたことが理由でしょう」
この国をお守りって……それって私のことじゃない。え、まって。私そんな船を沈めたりなんて………………あー、うん。……なんていうか、ね? ……ちょっとそんな感じのことをしたような気はするわ。
「あー……そう言えばそんなこともあったわね。でもあれって仕方なくない? あいつら、商人って言っても奴隷商人じゃない。貿易って言いながら奴隷狩りしようとしてた連中よ。そんなのをうちの島に上げるわけにはいかないでしょ」
今から……百年ちょっとくらい前だったかな? 戦いが全て! って感じの人達が隣の大陸からやってきて、自分たちの大陸で領土争いをするために奴隷を求めていた奴らがいたのよ。
で、何人か攫われちゃって、それで味を占めたのかもっと大々的にやってくるようになったから調べて疑わしい奴らを纏めて吹っ飛ばしたってわけ。
でもこれって私悪くなくない? 犯罪者を消しただけだもん。
「ですが、他者から見れば商人がドラゴンの勝手で消された、と映ることでしょう」
「う……」
そう言われると……実際最初の奴らはともかくとして、私が消した奴らは何かしたってわけじゃなかったし……
「責めているわけではありません。当時はそれが最善だったとは私も、他の者たちも理解しております。調査をし、手続きをしてから法廷で、などと言っていれば、その間に傷つく者は出てきたでしょうし、何を仕掛けられたかわかったものではありませんから」
「そうよね!」
やっぱり私は間違っていないわけよ! 最初にさらわれた子達は助けられなかったけど、それ以上被害を出さないようにはできたんだからまあ良しって感じでしょ。
「はい。ですが、他者からはその事情は見えません。後になって何か言ったところで、事実を捻じ曲げようとしているように思われることでしょう」
「うう……本当なのに」
「ですが過ぎた事です。そんなことよりも、今は新たな貿易の願い出をどう受け止め、どう対応するのかです。いかがされますか?」
「まあ、いいんじゃない? せっかくだし。この機会にちゃんと貿易をし直して、私がいいドラゴンだってことを知らしめるのもアリでしょ!」
流石に百年程度で以前のことを忘れて人攫いがはびこる、なんてことにはならないでしょうし、そろそろ貿易を大々的に再開しても良いんじゃないかと思うわ。
「あ。そうだ。せっかくだっていうんならさー、会うこととかできないかなぁ? せっかくよその大陸の人が来たんだし、たまにはちょーっとよその人とお話しするのもよくない?」
「あの……あなたは一応……ええ、本当に一応この国の最高権力者なのですが?」
「いや、ねえ。あの、一応っていうか、普通に最高権力者なんだけど……」
普段の国の運営は王様やってる子に任せてるけど、本当にダメなこととかは私が弾いてるし、王様やってる子だって大事なことがあったら最後には私に確認に来てるんだからちゃんと私が最高責任者なわけよ。
「普段から政務をまともにこなしていただけるのであれば、正真正銘の最高権力者として認めて差し上げますが……いかがしますか?」
「……ふう。まあ、私としては国の運営は歴代の王様たちに譲ったつもりだし、仕方ないわね」
別に最高責任者って認められなくても問題ないし、まあいっか。毎日まともに仕事するよりは責任者扱いしてくれない方がマシってもんよ。
「ともあれ他の大陸より来た方々についてですが、お会いすることは難しいかと。この国の王や重鎮であっても滅多に会うことができないというのに、他の大陸から来た客人であるというだけで――」
「っ!」
リーネットが説明をしてくれていたけど、その途中で私は思い切り立ち上がった。
……なにこれ。なんか嫌な気配が……こっちに向かってきてる?
「ガルディアーナ様? どうかされ――」
「しっ! ……うそでしょ。これ……本当なの?」
この気配は……ドラゴン。
何でドラゴンがこんなところにやって来たのか、とか、こんなに近づかれるまでなんで気づけなかったのか、とかわからないことはある。ドラゴンにしては気配が小さくて弱いのも不思議だけど、この感じは間違いなくドラゴンの気配だ。私が間違えるわけがない。
でも結構近い場所にいるみたいだけど騒ぎが起こった様子はないし……人間に化けてる?
普通なら人間に化けるドラゴンなんてそういない。ドラゴンなんてみんな他の種族を見下してるような奴らが大半だもん。そんな格下の存在に化けるわけがない。
でも、できないわけじゃない。私でもできたんだし、少し練習すればそれくらいはできるようになる。実際知り合いに人間に化けて過ごしてるドラゴンもいるんだし。
ただ、そんな練習までして人間に化けるなんて、しかもその状態でここまで来るなんて……何がしたいのかわからない。
「……リーネット。ちょっと……ううん。かなり騒ぎを起こすけど、処理はお願い」
「は? が、ガルディアーナ様……? いったい何が……」
「この街に、ドラゴンが近づいてきてるの」
そう言ってから私は窓から飛び出し、人化を解いて本来の姿……ドラゴンの姿へと戻って気配のする方へと向かって言った。
確かめなきゃ。ただ人間に化けてるだけの変わり者なのか、それとも街に入り込んで何かしようとしてるふざけた奴なのか。




