竜化薬
「人の力を見ろ!」
ラキス……だったか? そう名乗った女が叫びながら剣を抜き、直後には姿を消した。
どこに、と思った瞬間、背中に衝撃を感じた。おそらく攻撃されたのだろう。
「速いし強い。その辺の混血魔物よりは上か」
本気を出していなかったとはいえ、それでも戦闘状態にはなっていたんだ。それなのに俺の意識から外れるって相当速いな。力も俺をよろめかせる程度にはある。
少なくともワイバーンよりは強いな。
「魔物程度と同じにしてもらっては不愉快だ! 我々は人間なのだ!」
いや、俺も人間だけど? というか人間だからなんだよ。人間だから強いって? 何言ってるんだか。それは驕りだろ。
再び走り出したラキスだったが、今度は目で追えている。後は奴の攻撃を防げばいいだけだ。
「いたっ! ……傷つけられた?」
だが、どうやら驕っていたのは俺も同じだったようだ。油断……いや、慢心しすぎていたようだ。
高速移動をして俺に向かってきたラキスは、俺の首めがけて剣を突き出してきた。
俺は当然その剣を止めようと手のひらを剣の進路上に置いたのだが、防ぎきることはできなかった。
手を貫かれることはなかったけど、手のひらに剣で傷をつけられてしまったのだ。
「これぞ我々の研鑽の証だ! いかにドラゴンと言えど、人に化けたままでは力は出せないだろう! このままでは殺してしまうぞ!」
俺が慢心していたというのもあるが、研鑽自体は本物なのだろう。しっかり戦闘用に強化しなおしていた俺の体に傷をつけたんだから、本当にドラゴンを傷つけることができるだろう。
「……確かに。でも、ライラ怒るだろうなぁ」
こいつはそれなりに本気を出さないといけないみたいだ。今まではもしかしたらギリギリ誤魔化すことができるかもしれない程度の威力だったけど、これからはそうはいかない。
「お前のことは気に入らないけど、その研鑽だけは認めるよ。でも、まだ足りない」
今まで見たいに二本だ三本だなんて加減はしない。あたりを吹き飛ばそうとも全力で攻撃をしてやる。
「お前の求めているドラゴンの一撃だ。『竜の爪は全てを切り裂く刃である――竜爪雷斬』」
右手の先に生まれた雷の腕。それを見てラキスは目を見開いて驚き、慌てて動き出そうとするが、遅い。
普通の者が相手なら逃げることができただろう。ドラゴン相手でも避けることができたかもしれない。だが完全に戦闘用に強化した俺の動きは、ラキスのそれよりもずっと速い。
正直なところ、ラキスが速度を鍛えたのは対ドラゴン用の力と考えれば間違いじゃない。だってドラゴンの攻撃なんて普通はかすっただけで死ぬし。ドラゴンと戦うには、攻撃を避けることが重要になってくる。避けて避けて避けて、それで必殺の一撃を叩きこむ。それがドラゴンとの戦い方だ。正面から受け止めて殴り合い、なんて普通はやらない。
だからラキスがドラゴンに勝つことを目指して鍛えたのなら、今の戦い方は大正解だと言える。
でもそれは、俺の下位互換でしかない。だって俺も、ドラゴンを相手にするために速度を鍛えたんだから。それも、仮定や空想の相手じゃなく、実際のドラゴンを相手にしながら。
だから、速度勝負なら負ける気はしないんだよ。
「今ので生き残るか。……というか、そもそも大して効いてないみたいだし、思った以上に強いな」
竜爪をまともに食らってもまだ生きているのは素直にすごいと思う。
血は吐いている。でも手足はくっついてるし、他に見て取れる外傷はない。立って動けてるみたいだし、結構頑丈だな。流石はドラゴンを目指して鍛えたってだけある。
「やるな。邪竜と言えど、さすがはドラゴンというわけか。だがっ! 人間はいつまでも弱いままではない!」
竜魔法を使って見せたから仕方ないとはいえ、俺はいつまでドラゴンだと間違われ続けるんだろうか? 別にだからと言って何があるわけでもないからいいんだけどさ。
ふらつく足で立ち、よろめきながらも堂々と胸を張って叫んだラキス。多分これからまだ何かするつもりなんだろう。
これ以上何かされても面倒だし、何かやらかす前に止めるとしよう。
そう考えて走り出し、ラキスの胸を貫く。これで終わりだ。
このまま燃やしてもいいけど、首謀者の死体くらいは残しておいた方がいいかもしれない。そう考えてラキスの体から腕を引き抜き、支えを失ったラキスはその場に崩れ落ちた。
「……これがっ、我々人間の未来だっ……!」
だが、まだ終わっていなかったようだ。
胸を貫かれ、地面に倒れ伏した状態でなおラキスは喋っていた。
死んだと思っていたラキスから声が聞こえたことで慌ててラキスへと顔を向ける。だがそこにいたのはラキスではなく、不気味にうごめく肉の塊だった。
今度こそ確実に殺せばよかったのかもしれないが、その異様さに思わずその場を飛びのき、距離を作ってしまった。
何が起きているのかわからずに観察を続けていると、肉の塊は膨れ上がり、人の形から異形の……ドラゴンの形となっていった。
「ドラゴン、か……」
そのあまりにも突然で不気味な光景に動くことができずにいたが、しばらくしてその変化は収まっていった。
そうして出来上がったのは、全高五メートルくらいのドラゴン。本物に比べると小さく、体自体も薄っぺらく感じるがそれでもシルエットだけは完全にドラゴンのそれとなっている。
だが決定的に違うところもある。まずは色。元が人間だったからなのか、全身が赤みを帯びたくらい肌色をしている。その上、鱗はあるけどその質感は硬質なものではなく、肌のような見た目している。
極めつけが、顔だ。確かにドラゴンのような形をしているのだが、人間の顔をドラゴンの形に成形しなおしたような、そんな不気味なものとなっている。
正直言って気持ち悪い。仮にこの姿になればドラゴンと同程度の力が手に入ると言われても、俺なら絶対に断る。それくらい気持ち悪い姿だ。
「その通りだ。人間は弱い。だが、人間は環境に適応し、進化していく生き物だ。だからこそ我々は人の身を超え、ドラゴンの力を手に入れることにした。このように!」
環境に適応する生き物だっていうことはわかるけど、流石にそれは適応しすぎじゃないか?
「これこそが我々が守護竜様のご恩に報いるために求めた力! 竜化薬だ!」
「わかりやすいと言えばわかりやすい名前なのかな? 安直ともいえるけど」
俺がそうつぶやいた直後、頭の上から叩き潰すような勢いでラキスの腕が振り下ろされた。
単純な攻撃ではあるけど、重さも速さもあるならそれは十分に人を殺しえる武器であり、脅威だ。でも……
「ば、バカな! 無傷だと!?」
正直言って、その程度の攻撃なら俺にとってはさっきまでの攻撃と何ら変わらない。むしろ動き回って視界に収めるのが面倒だったさっきまでの方がよほど厄介かもしれないくらいだ。




