side:敵・守護竜に手を伸ばす
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敵視点
守護竜信仰教団『ドラクル』。
私たちはドラゴンに感謝し、ドラゴンを崇めている。私たちがこの世界で生きていられるのは、ドラゴンという偉大な存在が庇護してくれたからに他ならない。
ドラゴンとは……守護竜とは私たちにとって母であり、姉であり、祖母であり、そして神である。
だが、私達とていつまでも庇護されていてばかりではならないのだ。庇護され続ける生に甘んじることは、私たちを守り、育ててきてくれた守護竜様への侮辱である。
故に、私たちはドラゴンを……守護竜様を超えるために鍛えてきた、研究してきた。
守っていただかずとも、私たちは立派にこの世界を生き抜いていくことができるのだと。いつまでも庇護されているだけが人間ではないのだと、人間の可能性をお伝えしなければならない。それこそがこれまでドラゴンに守られてきた私たちの恩返しとなるのだ。
そのために、私たちは何でもしてきた。それを非道だと非難する愚か者もいるが、成長するには実験が必要となるのは当たり前のことだ。それなのに私達のことを非難するなど……守護竜様に対する感謝が足りない不信人者どもめ……。
だがいい。この街での実験で、私たちの研究は新たな段階に進むことができた。やはり魔物とはいえドラゴンの混血が近くにいる地域では研究が進む。魔物素材の入手で言えばもう一つ先にある街の方がいいのだが、そこまで行くと逆に物資や人間素材の調達が難しくなるので結局はこの街に落ち着いたというわけだ。
だがこの街での活動もそろそろ潮時だろう。最近派手に動きすぎたようで、警備側の動きが厄介になってきた。
薬の試作は完成しているのだから、最後に人間素材をいくつか回収しつつ、薬の効果を確かめるとしよう。
そうして動き出したわけだが、事は順調に運んでいる。
実験に使えそうな子供を攫い、数を集める。大人でもよければもっと手早くすむのだが、子供の方が薬の開発には役に立つ。おそらくは子供の適応能力の違いだろう。大人はすでにある程度の性質や肉体の方向性が決まってしまっているため、まだまっさらな状態の子供の方がいろいろと受け入れやすいのだろう。
まあそれはいい。それよりも……
「そろそろいいか」
子供たちの数を集めるのはもう十分だろう。一部では強引に攫ったこともあり、騒ぎになり始めている。速さを求めていたために証拠も残していることだろう。このままでは騎士たちの調査によって捕まってしまうことになるだろう。
だがしかし、それはこのままであれば、だ。
「計画を次の段階へと移行する。竜化薬の使用を始めさせろ」
竜化薬。それは人間をドラゴンに変える素晴らしい薬だ。ただし、まだ実験途中であるため変化後の姿や状態に差が出てしまう。たとえば、ドラゴンとは似ても似つかない醜い化け物になったり、ドラゴンに近づいても知性を持たない魔物に成り下がったりなどだ。
「使用するように合図を送りました」
「そうか。では直ちに撤退を開始せよ。私はある程度街の状況を見届けてから合流する」
「はっ!」
こんな状況になった直後に街を出ていこうとすれば怪しいことこの上ないが、町中で騒ぎが起これば問題ない。街から出さえすれば、顔を見られていないのだからいくらでも場所を変えて活動できる。
「ここまでは順調だな。あとは……ん? なんだこの反応は……」
指示を出した後は街の様子、そして街に放った実験体の動きを確認するために街へと出ていったのだが、その最中におかしな反応を感じ取った。
実験体の反応に似ているが、決定的に違うもののように思える感覚。
もしかして実験体の中に変異を起こしたものでもいたのだろうか。それならそれで更なる進化の糧となる。そう思いながら反応を感じた場所へと向かった。
辿り着いた先は、我々の実験施設のうちの一つ。撤収作業をしている重要拠点ではなく、最後の実験素体の回収作業を行っている場所だった。
今回限りの臨時で使っている単なる倉庫であるとはいえ、我らの拠点の一つであることに変わりはない。そこが攻められているというのであれば、私はそれを止めるべきなのだろう。
だが、私は動くことができず、そこで見た光景に……人物に、私は目を見開き驚くこととなった。
「……まさか守護竜様が?」
我らの拠点を襲撃していた人物は、一人だけだった。だがその人物が放つ気配はドラゴンのものだった。
歳を重ねたドラゴンは人に化けると言われている。現に守護竜様も人の身に化けて我々を見守ってくださっている。
だから目の前にいるドラゴンの気配を放つ人物がドラゴンである可能性は十分に考えられる。
「いや、こんなところまであの方が出てくるわけがない。あの方は我々を信じ、見守ってくださっているのだから。ではあれがなんなのか……確認するか」
しかし、あの人物がドラゴンだったとして、それが守護竜様であることはあり得ない。
そもそも、あれは本当にドラゴンなのだろうか? もしかしたらドラゴンの気配だと感じたのは私の気のせいということも考えられる。感じ取ったとはいえ、まだまだ距離があるのだ。強力な気配を放っている者と、実験体の放つドラゴンの気配が混合してしまっているということも十分に考えられる。
だが……
「っ! どら、ごん……?」
近づいてその気配を改めて感じ取ってみたのだが、その気配はまごうことなくドラゴンのものだった。
「ばかな……! あり得ない! まさか本当にドラゴンがっ……!?」
そう驚きながらも観察を続けていると、その人物はドラゴンの使う魔法……竜魔法を使いだした。しかし、その光景は依然見たことのある守護竜様の魔法ではなかった。
「ならば……っ! やはり守護竜様ではない、別のドラゴン? だが……」
確かにドラゴンの使う竜魔法を使っているが、守護竜様とは別の存在。
視線の先で暴れ、我らの施設を破壊しい、我らの同胞を殺しているのはドラゴンではある。
だが、ドラゴンであっても守護竜様ではない。
我らは確かにドラゴンを信奉しているが、それはあくまでも守護竜様の同族であり、個として力を持った存在だから尊敬と憧憬を感じているだけ。
つまり……
「ドラゴンといえど、我々の作戦に介入を許すわけには……!」
このまま暴れられては撤退作業にも支障が出てくる。それは避けねばならない。たとえ相手がドラゴンであったとしても、止めさせてもらう。




