友との約束
「俺が助けに行く。幸い魔法の痕跡は見えてるからどこに向かったかはわかるしな」
「そ、そうなのか? じゃ、じゃあ俺たちでリリを助けに行くぞ!」
俺が助けに行くと聞いてリックもやる気を見せているが、流石にそれはできない。
「悪いけど、助けに行くのは俺一人だけだ」
「な、なんでだよ!」
「邪魔だからだ。魔法を使って人をさらうような奴らだぞ。しかもそれなりにでかい組織だって話だ。魔物も碌に倒せないリック達じゃ邪魔になる」
「確かに魔物は倒せねえけど……でもそれはライガットたちが俺たちはまだ外に出るなって言ってるからで!」
仲間が攫われたのだから助けに行きたいと思う気持ちは理解できる。だが現実問題として、助けに行けるだけの戦闘力がリックにはない。
これが正義のヒーローなら、わかったよ一緒に助けにいこう、なんていうのかもしれないけど、俺はそんなことを言うつもりはない。邪魔なものは邪魔だし、危険があるとわかっているなら避けるべきだ。
リックにもプライドがあるだろうが、今のこいつの言葉はプライドではなく単なるわがままだ。
とはいえ、このまま無視して助けに行ったところでリックは俺の後を付いてくるだろう。
「リック!」
どうしようかと悩んでいると、不意に危険を感じ取り反射的にリックに飛びついてその場から離れた。
直後、俺達のいた場所をなにかが通り過ぎて近くにあった壁に激突した。
「う、うわあああああ!?」
何かが激突した壁を見ていると、舞い上がった土煙の中から何かがゆっくりと姿を見せた。
「これは……」
「ど、どらごん……?」
姿を見せた〝それ〟を見て、リックは怯えるように呟いた。確かに〝それ〟にはドラゴンのような鱗や瞳、尻尾や翼まで生えているから、ドラゴン信仰のあるこの国の者として最初にドラゴンという考えが出てくるのはある意味当然のことだろう。
だが、違う。あれは……あんなものはドラゴンではない。
「いや、違う。本物はこんな不細工じゃない」
鱗も目も尻尾も翼もある〝それ〟だが、決定的に形が違う。
まるで人間に無理やりドラゴン要素を足したような、そんな感じだ。
「じゃ、じゃあなんなんだよこれ」
「ドラゴンの混血……って雰囲気でもないな。どっちかっていうと人……」
体は大きく、三メートル近くあるが、人としての形が見て取れる。この世界にいるかはわからないが、獣人のように人と竜の混ざった存在――竜人というのが一番近い表現だろう。
もっとも、竜人と呼ぶにしても些か歪な気がするが。
ただ、もし竜人なんて種族がいるんだったら話はそれで終わりだ。少し歪だろうと、実在しているのであればそれをベースに何かあったんだろうと考えればそれでいいわけだし。そこのところはどうなんだろうか?
「……リック。この世界に竜人とかそんな感じの、ドラゴンの血が流れる人間の種族っているか?」
「え、い、いや、そんなのいねえけど……ドラゴンの血が流れる一族はいるらしいけど、種族ってわけじゃ……」
「そうか。ならこれはいったい……」
竜人という存在はいない。なら目の前のこいつはいったい何なのだろうか。
街中に突然現れたように感じたし、実際にそれは間違っていないだろう。何せあんな存在が町中にいれば相応の騒ぎになっているだろうから。
騒ぎになっていなかったということは、直前まで存在していなかったということだ。
転移して来たのか、それとも空を飛んで急降下でもしたのか。
「とりあえず、こいつを倒すのが先か」
目の前の異形は俺達を獲物として定めているようだし、戦わないわけにはいかない。それに、仮に俺達がこの場から逃げ出したとしても、今度は代わりに別の人を襲うだろう。倒せるのに倒さず、そのツケを他人に押し付けるのはプライドが許さない。
かといって、できる事なら竜魔法は使いたくない。リリを助けるために竜魔法を使う覚悟はしたけど、できる事なら使いたくないとは思っているのだ。
だから戦うとしたら習ったばかりの人間の魔法で戦うか、少しバレる危険はあるが竜魔法での身体強化をして戦うかだが……身体強化だな。
ライラも身体強化程度なら大丈夫だって言ってたし、人間の魔法を使って失敗したら無駄に被害を出すことになるかもしれない。だったら竜魔法の身体強化をつかって確実に仕留めていった方がいいだろう。
「悪いけど、死んでくれ」
竜魔法による身体強化を発動した直後、こっちに迫って来ていた竜人もどきの頭を殴り飛ばして戦いは終わった。
「え……」
あまりにもあっけない終わりに、リックは呆然とした声を漏らしている。その気持ちは理解できるが、呆けている時間なんてない。
「――リック、逃げろ。ギルドに行くんだ」
呆けているリックに声をかける。
この竜人もどきは、多分ドラゴン信仰者とやらの仕業だろう。そして人攫いもドラゴン信仰者の仕業。
この状況でこれまでと違った動きを見せたということは、人攫いとは違う何かが起きるんじゃないだろうか? そうなると既に攫われた者たちの危険は増したことになる。
なら、その〝次の何か〟が起きる前にリリのことを助け出さないといけない。そのためにはリックは邪魔だ。
今の竜人もどきの騒ぎがここだけなのか、それとも他でも起きているのか、もしくは竜人もどきなんて全く関係ない別の何かが起きているのかもしれないし危険な状況ではある。
だからリックを逃がすにしても護衛がないのでは危険かもしれないが、リックを守っている余裕もないし、ギルドに状況を報せないわけにもいかない。ここはリックを信じてギルドに向かわせるしかない。
「……俺だって、助けに行きてえよ。リリは俺たちの仲間なんだ。なんで助けにいけねえんだよ」
だが指示を出したにもかかわらずリックは動き出すことはなく、悔し気に俺のことを見つめながら不満を口にしている。
だが、そんな眼で見られてもこっちも意見を変えるわけにはいかないんだ。
「……頼む。グラン。お前なら助けられるんだろ? 絶対にリリのやつを助けられるよな? だから、頼む」
拳を握って震わせながら、リックはまっすぐ俺のことを見つめながら言ってきた。
絶対なんてこの世にはない。もしかしたらもうすでにリリは犠牲になっているかもしれない。でも……
「わかってる。必ずリリを助けるよ」
そう約束すると、リックは少しの間俺のことを見つめた後、何を言うでもなく突然身をひるがえして走り出した。
これでリックのことはいい。ギルドにもこっちの状況を報せることができる。後はこっちはこっちでリリのことを助けるだけだが……




