誘拐事件
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「ライラ、ちょっと出かけてくる」
翌日、今度は子供達を伴わず一人で街に出ることにした。
「わかったわ。私も出るけど、夜には戻ってくるつもりよ」
「……俺は毎日暇だけど、ライラはこの街に来てからまともに休んだ日ってあるか?」
「あるわよ。まあ丸一日休んだ日はないけれど、それでも騎士団の遠征訓練よりはマシよ。ベッドで寝ることができるんだし、疲れるといってもふつうにやすむことはできるもの」
「無理するな、なんて言える立場じゃないし、言っても意味ないだろうけど、無茶はするなよ」
「わかってるわ。ここで動けなくなるようなことがあったらその方が面倒なことになるもの」
できる事なら手伝いたいんだけど、だからって俺にできる事なんて何もないのも事実だ。できることと言ったら計算や書類作成くらいか?
ライラは一人で貿易の話や出立の話をしているみたいだし、そんな中で一人遊びに行くのは気が引けるんだけど、ライラは俺を子供として扱うことに決めたようだし仕方ない。
「ああ、グラン。ちょっといい?」
「なんだ?」
「先日また一人誘拐されたらしいわ。あなたなら大丈夫だと思うけれど、気を付けてちょうだい」
「わかった」
また人さらいが出たのか。俺は大丈夫だけど……リック達は大丈夫だろうか?
まあ、もし攫われてるとしたらギルド内で騒ぎになっているだろうし、そうなってないってことはきっと大丈夫ってことなんだろう。
そう考えてギルドを出て昨日案内してもらった市場へと向かうことにした。
特に何を見たいというものがあるわけではないけど、知ってる場所ってそこくらいしかないし。一人で見て回れば何か違う景色が見えるかもしれない。
そう思って市場に行ったんだけど……
「あっ! おーいグランディール!」
一人で市場を見て回っていると、不意に名前を呼ばれたので振り返る。
振り返った先にはリックがてをふりながらこっちに向かってきているが、なんだかどこか焦っているように見える。
「リック? どうしたんだ?」
「はあ……はあ……リリのこと見なかったか? この辺にいたんだけどはぐれちまったんだ」
リリとは昨日ライガットにお小遣いを強請ったりリックと言い争ったりしていた年長の少女のことだ。
普段からこの辺によく買い物に来たりしているらしいが、今日はリックと一緒に来ていたのだろう。
「リリ? いや見てないけど……でもそんなに心配することか? 俺みたいな余所者ならともかく、リリなら迷子とかならないだろ?」
はぐれたと言っても、このあたりで生活している子なんだ。ちょっと目を離したからって迷子になることはないだろうし、そんなに焦る必要もないと思うんだけど……
「まあそりゃあな。でも、最近はあれがあるだろ、ほら」
「あれって……人さらいか?」
そう言えばそんなものがあったな。俺には関係ないと思っていたけど……そうか。他のギルドの子供達なら攫われる危険はあるのか。
「ああ。ライガットのやつにみんなで一緒にいろって言われてんだし、それにいきなりいなくなったってなったら……なあ。なんかこう、やばいだろ」
そう言われて改めて考えてみるが、リリは子供達のまとめ役をやっているだけあって、かなり真面目な子供だ。そんな子がいきなり姿を消したってのと今のこの街の状況。併せて考えたら、楽観しているのはちょっとまずいか。
「……リック。リリのいなくなった場所はどこだ?」
「え、あ、ああ。こっちだ」
本来は大人達に知らせるべきなんだろうが、今は一刻を争う。当然大人達にも知らせるが、先に俺が動いておいた方がいいだろう。大人たちを呼びに行って事情を話して探すよりも、俺が先に探すために動いていたほうが早い。
そう判断して俺はリックに案内を求め、リリを探すために走り出した。
「ここだ」
そうして案内されたのは、昨日教えてもらったリック達の遊び場の一つだった。あまり人通りはなく、公園というには少しさびれているただの空き地。人を攫うには丁度いい場所かもしれない。
「戦闘系以外の魔法は得意じゃないんだけど……『竜の瞳は万象を読み解き真理を見通す』」
体を魔力で構成され、世界の魔力の流れを読み取ることで自由に魔法を使うドラゴン。そんなドラゴンの眼を再現する竜魔法。
この眼を使えば魔力の流れが見えるから誰かが魔法を使おうとしているのがわかるし、魔法を使った痕跡もわかる。時間が開きすぎなければ、匂いのように魔力の残滓を追って人を探すこともできる。便利ではあるが見え過ぎて目と頭が痛くなるのであまり使わない魔法だ。
だが、こんな状況では役に立つ。
この街ではドラゴンに関するあれこれを秘密にしておくつもりだったけど、こんな状況だし仕方ないだろ。
それに、攻撃系の魔法みたいに派手に何かするわけじゃないんだ。この程度なら大丈夫だろう。
少しの不安を感じながらも辺りを見回していくと、おかしなものが見えた。
「ここで誰か魔法を使ったか?」
市街地の中にある空き地だというのに、誰かが魔法を使った痕跡があるのだ。
これがリック達が魔法の練習をしていた、とかだったらいいんだけど、そうじゃないんだったらこんな場所で誰かが魔法を使って何かをしたってことになる。
攻撃魔法を使った破壊痕はないのに魔法を使った痕跡はあるとなれば、それは人を攫うために魔法を使った可能性であることは十分に考えられる。
「いや。っつか俺達誰も魔法なんて使えねえよ」
通常、魔法を教えるのは貴族のような英才教育を施そうとしない限り十歳以上になってから教えるのが普通らしい。それくらいじゃないと制御ができないっていうのと、使う際の状況判断がうまくできないから。
リック達はまだ十一歳だし、他の者たちも十歳前後のメンバーが多い。まだ魔法を習っていないのは普通のことだろう。
だがそうなると、この魔法の痕跡は本人が言ったようにリック達ではないということになる。
「な、なあ。そんなことを聞くってことは、誰かが魔法でリリを……」
「攫ったかはわからないけど、少なくともリリが消えた場所で誰かが魔法を使ったのは事実だな」
転移か姿隠しか、催眠で自分から消えるようにしたって可能性もあるか。なんだったら身体能力を超強化してリックが目を離した隙に一瞬で攫った、なんてこともあり得る。できるかできないかで言ったらできるだろう。俺もやろうと思えばできるし。
何にしても、ここで誰かが魔法を使ったのは間違いない。
「そんな! それじゃあどうしたら……」
リックはそう言いながらこぶしを握って俯いた。大事な仲間が攫われたかもしれないと分かっても、それでも自分ではどうすることもできないとわかっているからだろう。
……どうするか。ここから先は、派手に動くことになるかもしれない。もし本当にリリが攫われたんだったら、助けるために竜魔法を使うことになるだろうから。でもそうなったらほぼ間違いなく騒ぎになるだろう。
ライラからは問題を起こすなと言われているし、俺自身騒ぎを起こしてはいけないと理解している。
でも、だからと言ってここで助けに行かないのは無しだろ。自分の安全のために子供を見捨てるなんてのは、かっこ悪すぎる。




