迷惑をかけるつもりはない
「とりあえず街の雰囲気もわかったし、帰って本を読むかな」
老婆の忠告に感謝を告げてから店の外に出ていき、本と杖を抱えながら宿に向けて歩き出す。だが……
「……ただ、このまま帰るのはめんどうかなぁ」
店を出た直後から、何やらいやらしい視線を感じることとなった。あの老婆が協力したってわけではないと思うし、それでも店を出てすぐに狙われたってことはあの店が狙われていたのか、それとも俺自身を狙っていたのか……
どっちにしてもこのまま宿まで連れ帰っても面倒なことになりそうだ。あの宿、ガロンのギルドである『竜の爪先』の関係者らしいし、そっちに迷惑をかけるのは本意ではない。
なので、少し手間ではあるけど仕方ない。処理してから帰るとしよう。なんて考えたのだが、俺が動くよりも待ち伏せしていた者たちの方が早かった。
俺の後をつけてくる者たち……おそらく三人くらいだと思うんだが、そいつらはいきなり歩く速度を上げるなりそのまま俺に近づいてきた。そしてそのうちの一人が大げさに通行人を押しのけながら歩きだし、そっちにみんなの意識が向いたところで背後から近づいていたもう一人が俺にぶつかり――
「いってええええ!」
懐に手を伸ばして来ようとしたのでその指を折ることにした。
「人のものを盗んではいけないって習わなかったのか?」
ちなみに俺は習った。だってドラゴンの宝物庫に入ろうとする泥棒ってかなりいるらしいし。盗みに入るような奴にはなるなよ、と実感のこもった声で言われ続けてきたのだ。まあドラゴンからしたらいい迷惑だろうな。
ちなみに、欲しいものがあったら盗むんじゃなくて力づくで、というのがドラゴン流らしい。うん。まあそうだろうなって感じはするよな。
「なにしやがるテメエ!」
「なにしやがるはこっちのセリフなんだけど? スリしようとしてただろ?」
指を折ったのとは別の男が俺のことを睨みつけながら怒鳴って来た。
賊、というにはあまりにもみみっちい奴らだが、それでも俺に狙いを定めて襲ってきたという事実は間違いない。
「スリだあ? 何のことだ?」
「別にとぼけてもいいけどさ。でもそうなると突然指が痛いって言って近くにいた子供に絡んでるみっともない大人ってことになるけど?」
「クソッ……調子に乗ってんじゃねえぞクソガキ!」
「調子に乗ってるのはどっちだか」
挑発したら思った以上に簡単に乗ってくれた賊は、ためらうことなく俺に掴みかかって来た。
殴り倒すことは容易にできる。でも人の目がある場所でそれをするとどうしたって騒ぎになってしまう。だから俺は賊に向かって一歩だけ近づき、男の目を覗き込みながら威圧する。魔力なんて乗せない、ただの威圧だ。だけど、ドラゴンと暮らし、ドラゴンと張り合うために身に着けた能力でもある。
ただの人間にとってはドラゴンに睨まれているのと何ら変わらないようなものだろう。
「俺はね、問題を起こしたくないんだ。問題が起きたところでどうとでもなるけど、それはそれで面倒だからね。それに、ライラにも迷惑をかけることになる。だから……」
この忠告だけで終わるならよかった。逃げてくれるなら追いかけるつもりなんてなかった。でも、どうやらそうはいかないようだ。
「仲間ごと叩きのめさせてもらうよ」
俺が男と話していると、背後から三人目の男が襲い掛かってきていたのでそれを殴り飛ばす。
「殺すつもりはないけど、死んだらそれはそれってことで」
加減はした。それでも数メートル吹き飛ばす程度の威力は出てしまった。プロのボクシング選手が全力でパンチしても後ろに倒す程度なのに、数メートルも吹き飛ばすってなるとかなりの力が必要だ。それを腹部に喰らったとなれば……最悪死んでもおかしくないと思う。
「ぎっ……!」
「な、なんだこいつっ!」
「たすけっ……」
吹っ飛ばされた一人を見て、残った二人は慌てて逃げ出そうとするが、二人とも足をもつれさせて転んでしまっている。
「悪事を為した分際で、誰かに助けてもらおうなんて都合がよすぎないか? これが正面から挑んできたんだったらまだ加減してあげてもよかったけど、そうじゃなかったってことで」
「まぺ――」
必死に足掻こうとする賊二人に近寄っていき、そのまま有無を言わさずにさっきよりも気持ち軽めに殴って吹っ飛ばす。それだけでおしまいだった。二人とも最初の一人と同じように悶絶し、地面をのたうち回っている。
「爪も牙も使わなかったんだから、加減してあげたほうでしょ」
痛いかもしれないけど死んでいないみたいだし、これはこれで良しとしよう。
「にしても……どうしようかな、これ。とりあえず衛兵に知らせるか? このまま帰ったらそれはそれで問題になりそうだし」
そんなわけで衛兵を呼ぼうとしたのだが、既にこの状況を見ていた一般人の誰かが呼んだようで、俺が詰所まで行こうとした直後に何人もの兵士達がこちらにやって来たんだが……
「いやまあ、こいつらはこれまでも問題を起こしていたし、見ていた者の証言も得られているが……だからといってこれはやりすぎだとは思わないか?」
「……そう、かもしれませんね」
「そうなんだよ……はあ」
兵士の一人が俺から事情を聴いていたのだが、最終的にそんなふうにため息を吐いてあきれた様子を見せた。
でも、俺としてはとっても力を加減して殴っただけだし、悪いことをしたわけじゃないんだから咎められることはなにもない。
それに、人の金を盗もうとした奴らなんだし、この程度の罰は必要だろ?
「えー、それで、君の親は誰かな?」
「お、親……?」
話すことは終わったし、賊の三人組は縛られて立たされているからこれでもう終わりだな、なんて思ったのだが、急に親のことを聞いてきた兵士。なんで親のことなんて聞いてくるんだ?
「そうだよ。見たところ、君は未成年だろう? 魔法が使えるみたいだから何とかなったようだし、こいつらとしては相手が悪かったといえるだろうけど、それはそれとしてこの騒ぎになったんだから親を呼ぶのは当たり前だろう?」
言われて見れば確かに真っ当な言葉ではあるのだが、俺にとっては何とも答えづらいというか答えられない問いかけだった。
「お、親は……その……い、いないかなぁ?」
「いない? それじゃあ孤児ということか。なら孤児院はどこだい?」
「孤児でもないっていうか……」
親がいないなら孤児院に所属していると考えるのも当たり前のことなんだろうが、俺はどっちもいない。
まあ保護者としてライラを呼べばそれで解決するんだろうけど、その場合ライラに迷惑をかけることになる。
俺のためにと俺に遊んでいろと言って一人で情報を集めるために行動しているライラ。そんな彼女を呼びつけて迷惑をかけるのは忍びない。
かといってこのまま誰も呼ばなければそれはそれで面倒だ。いっそのこと何も言わずに逃げるか? スリの犯人である賊はもう処理したんだし、このまま逃げても何の問題もない気もするんだけど……
なんて考えていたのだが、ふと俺の頭の中にライラを呼ばずに、逃げることもなくこの場をやり過ごすための妙案が思い浮かんだ。
「ぎ、ぎるど……そう。ギルド!」
「ギルド? ……ああ、冒険者の親がいたのかな? それじゃあどこのギルドだい?」
「……りゅ、竜の爪先……です」
これでライラを呼ばなくて済む。代わりにガロン達ギルドに迷惑をかけることになったけど……それは仕方ない。……いや、うん。……ごめん。




