買い物終了
「……はあ。それで、買うんだろう? ほかになんか必要なものはあるのかい?」
「一応本を読んで少し勉強してからにしようと思ったんですけど……魔法使い用の杖ってどんなのがいいんですかね?」
本来の目的は本だったけど、この際だから聞いておこう。それに、本を読んだ後になって杖も必要だったって知ってまた買いに来るのも二度手間だ。まあそれはそれで楽しいかもしれないけど、丁度いい機会なんだから聞いておいて損はないだろう。
「杖? あー、そうだね。あんたは……よそから来てこの国の魔法を学ぶってんなら、元々ある程度は魔法が使えてたんだろう? そん時はどうしてたんだい?」
「あー、いや、その時は杖は使ってなかったんですよね」
最初に魔法を使った時から杖なんて使わなかった。杖の存在自体はドラゴン村の宝物庫に魔法の杖があったから知ってたけど、あんなものを使うのは雑魚だけだ、って教えられてきたから使ったことはない。
というか、仮に使ったとしても邪魔にしかならないと思う。だって俺の場合、魔法を放って終わりじゃなくて魔法を纏ってそのまま殴り掛かるスタイルだし。
「杖を使わない? なんだってそんな危ないことを……」
「危ないんですか?」
「杖は魔法の制御のためにあるもんさ。あんたも魔法を使ったことがあるならわかるだろうけど、魔法を使うには一度体内で魔法を作り上げていかなくちゃならない。体の外で魔法を構築しようとすると、すぐに空気に散ることになるからね」
うん。それは分かってる。魔力とは確かに自分の体の中にあるものだけど、それは空気と同じようなものだ。呼吸によって空気を取り込み、そこから酸素を取り出して生きているけど、魔力もそれと同じ。呼吸によって形のない魔力を吸い込み、自分の中に蓄える。
そして蓄えた魔力を動かして形を作り、それを外に出す。それが魔法だ。
ただ、完全に魔法という形にすると自分が死ぬことになる。たとえば炎の球を作る魔法を使ったとして、体内で炎の球なんて出現したら普通に大事故だしね。
だから魔法として完全に形をとる直前で外に出し、そのまま完成させるわけだ。
ちなみに、この時魔法として完成する直前であればあるほど魔力のロスが少ない。半端な状態だと形になっていない魔力が霧散していくからね。だからギリギリまで体内で魔法を構築していくんだけど、やりすぎると体内で暴発するというチキンレースというわけだ。
「ただ、実際に形にはなっていない不完全な状態と言っても、魔法は魔法だ。制御を誤れば体内で暴発することになっちまう。そうなったらまず間違いなく死ぬ。そうでなくても大怪我さ。そして強い魔法ならなおさらそれが顕著になる。肉体の中で暴れまわって自滅しないように制御する能力と、実際に魔法そのものを発動して操る能力。二つのことに意識を割かないといけなくなる。けど杖があればその問題も解決できちまうんだよ」
「……杖を自分の肉体の一部と考えて、杖の中に魔法を構築していく」
確かにそのやり方なら失敗しても杖が壊れるだけで済むな。場合によっては杖の中に魔法強化の細工とか、魔法を使いやすくする細工なんかもあるかもしれない。というかあるだろう。じゃないと杖に値段の差をつける意味がないし。
「そうさ。よくわかったじゃないかい。それなら魔法の制御に失敗しても杖が壊れるだけで済むし、最初から制御するための術が施されているから魔法の構築段階の制御にそれほど意識を割かなくても済む。なんだったら壊すつもりで乱暴に魔法を流し込んだところで、しっかりと形にしてくれるから、実際の戦闘ではかなり助かるのさ。命がけで戦ってる時なんて、ちょっとした制御のミスくらいいくらでもあるからね。そのたびに死にかけてちゃ危なっかしくて魔法なんて使えないのさ」
「なるほど……だから杖無しでの魔法は危険ってことですか」
杖無しでの魔法を使うのは、命綱無しの鉄骨渡りみたいな危険な行為ってことだったらしい。
ただ、俺の場合もうそれで慣れちゃったからなぁ。それに、仮に失敗しても今の俺なら多少痛いくらいで済むと思う。肉体の強度はドラゴン並みになってるし。
「ま、杖があることでのデメリットもわかるけどね。杖に頼ってばっかりだと、杖がないと何もできない腑抜けになっちまうから。ただ、それは魔法に慣れた熟練者だけだ。あんたみたいな子供に杖無しで魔法を使わせるなんてのは論外だよ。まったく、あんたに魔法を教えた奴は何を考えてるんだか……」
「あー……多分本人が杖を使わないから忘れてたんじゃないかなぁ」
そもそもドラゴンだから杖を使うって発想がなかっただろうし。宝物庫にあった魔法使い用の杖も、多分あれ金目のものだから置いておいたとか戦利品だからとりあえずとっておいたとかそんな感じだろうし。
「まったく……まあいいさ。既に魔法が使えるならそれほど心配する必要はないだろうけど、それでも今まで使ってた魔法と違う様式の魔法を使うってんなら、なじむまでは初心者用の杖を使っておくべきだろうね」
それもそうか。失敗したところでダメージはないだろうけど、油断はできない。それに、杖を持っていたほうが普通だっていうんだったら持っておいた方がいいはずだ。
一度やってみて、やっぱり使わないとなったとしても、持っているだけで役に立つことだってあると思う。
というわけで一つ買ってみよう。
「初心者用はあのあたりの短杖だよ。好きなの選んで持ってきな」
「好きなのって……何か違いがあるんですか?」
「あるけど気にする必要はないよ。触った感じなんかよさそうだと思ったもんでいいのさ」
そう言われて杖の並べられてあるコーナーに向かって杖を手に取ってみたのだが……
「触った感じって言われても……」
なんか特別しっくりくるのってないなぁ。某魔法使いの映画みたいに特別な演出があるわけでもないし。光も風も何も起きない。杖に選ばれたり呼ばれたりする感覚もない。
まあ適当でいいか。特に何もないけど、握りの部分が一番いい感じだった。……魔法の杖の選び方って本当にこんなのでいいんだろうか? これ、杖っていうか武器の選び方じゃないか? いやまあ、杖も武器だけどさ。
「じゃあこれでお願いします」
「はいよ」
そう言いながら老婆は俺がカウンターの上に置いた金袋の中から一枚一枚硬貨を取り出し、わざわざそれを俺に見える形でカウンターの上に並べていった。
多分誤魔化していないということをわかりやすくしているんだろうけど、人が好いな。
「……お買い上げどうも。気をつけて帰んなよ。本なんて持ってると襲われるかもしれないんだからね」
会計を済ませた後は特に話をするでもなく帰ろうとしたのだが、帰り際に老婆からそんなことを言われた。
そういえばさっき店の外で襲われることもあるとかなんとか。あれは店の者と協力しての犯行って話だったけど、そりゃあ協力がなくても襲う奴は襲うか。
「本を持ってると襲われるって……何その野蛮な場所」
っていうか、製本技術はあるんだから本なんてそんな高価なものじゃない……高価だったかもしれないけど、それほど金持ち専用ってほどでもなかっただろ。確かに魔法の本の方は高かったけど、歴史の方は結構安かった。だから本そのものはもっていてもおかしくないはずだ
それでも襲われるものなんだろうか? ……いや、襲われるんだろうな。じゃないと忠告なんてしてこないだろうし。




