魔法道具店と言ったらお婆さんだよね
「ここが教えてもらったところか」
正面には薄暗い雰囲気の漂う、いかにも魔法系の店って感じの建物が存在している。やっぱり店員って魔法使いの婆さんなんだろうか? その方が風情はあるよな。
けど……これじゃあ初見の人は入りづらいだろ。
窓からは店の中の様子を窺うことができるが、そこからはよくわからない鳥かごのようなものや、何本もの杖が置かれているのが見える。
そしてそのさらに奥、店の一角には本が何冊も並んでいる棚も存在している。
どうやら本当にここで本を扱っているようだ。目的の本があるかはわからないけど、とりあえず本があるんだから基礎知識を学ぶことはできるだろう。
「魔法の杖か。いろいろ種類があるんだな」
何にしても目的の店に辿り着いたのだし、入ってみないと何とも言えないということで店の中に入っていくことにしたのだが、まず目についたのが窓際に並んだ杖だった。
これだけ大々的に置かれているんだったら多分これが一番の売れ筋商品なんじゃないかと思うんだけど、人間として魔法を使うんだったら、こういうのを持っておいた方がいいんだろうか? ……いや、まずは使い方を学んでから考えるべきか。じゃないと杖にどんな意味があって使ってるのかわからないし。わからないまま下手なものを持つのは危ないだろうから。
「本は……あっちか」
杖もよくわからない素材も薬も無視して店の中を歩き、本棚の前までやってくる。ただここで問題が一つ。
「基礎についての本は……あ。だめだこれ。文字が読めない」
一応弁明しておくと、文字自体は読めるんだ。ジジイ達が教えてくれたからな。でも、その文字とは違う文字が使われてるんだよ。そりゃあ国どころか大陸が違うんだから使ってる文字も違うのは当然なんだろうけど……言葉は通じてたからうっかりしてた。
でも、どうしようか。適当に本を買って誰かに文字を教えてもらうとか? あるいは読んでもらうだけでもいいんだけど……
「やっぱり魔法以外にの本もあるのか」
もし変な本を買ってそれを読んでもらうとなったらと思うとためらってしまう。考えてもみろ。官能小説なんか選んで女の人に出したらセクハラだぞ。わざとじゃなくても気まずいことになるかもしれない。
まあ魔法使いの店にそんな本が置かれているのか、って疑問はあるけど、魔法使いの店っていうのが本屋も兼任しているんだったら置かれている可能性は十分に考えられる。
「いらっしゃい。なんかお探しで?」
どうしようかと本棚の前で悩んでいると、不意に声がかけられた。見れば店員……店長だろうか? 店の者らしき老婆が不愛想な表情でこちらを見ていた。
さっきまでは誰もいなかった気がするんだけど、俺が入って来たのを察して奥からでてきたんだろう。
「あ、えっと、魔法の基礎が学べる本を探しに来たんですけど」
「ああ。それならこっちにあるよ」
そう言って老婆はカウンターに向かって歩き、ごそごそと何かを弄り始めた。どうやら魔法に関する本はカウンターの奥においてあるらしい。
でもなんでこっちの本棚にはおかれていないんだ? もしかして本当に本屋も兼任していたんだろうか? だとしたら罠過ぎるだろ。魔法使いの店なんだから魔法の本は本棚においておけよ。
「あの本棚じゃないんですか?」
「アンタ、見たかんじいいとこの子供だろ? 大方どこぞの魔法学校に入ろうってつもりだと思うけど、そういうのは結構多くいてね。しかも相手が貴族だと面倒なこともあってね。棚に並んでるものを使えとは、我々を平民と同列視するつもりか、なんてふざけたことを抜かしてる阿呆もいるもんだ。だもんで、そういう相手のために、魔法学校を目指してる子供用のは奥にしまってあるのさ」
あー、なるほど。そういう理由があったのか。確かに金持ちが通うような学校があるんだったら、そこの教科書は別に保管しておいた方がいいだろうな。
でもそれ、どこで俺が金持ちの子供だって判断したんだ? やっぱり見た目か? この服高そうだもんな。
まあ俺の場合は本当に金があるからいいけど、ない人だったらどうするんだろう? 金がないとそもそも魔法使いになれないとか?
「貴族か……」
「……その反応だと、あんたは貴族ってわけじゃないみたいだね」
どうやらこの老婆、俺のことを貴族だと思っていたらしい。
「ええまあ。あー、でもこの国の価値観でいうんだったら貴族に近いのか?」
何せこの国はドラゴンを祀ってる国だし。ドラゴンと一緒に暮らしてた俺って、ある意味王族とか神様に仕える最高位の神官とか、そんな立場にあたるかもしれない。
まあ、ドラゴン関係のあれこれがなくても立場的に貴族と似たようなもの……というか王族らしいんだけどさ。
「なんだい、あんたこの国の人間じゃないのかい? ああ、だからそんな本を買うのかい」
老婆は一瞬驚いたような表情をしたけど、すぐに納得したようにうなずいた。
「諸事情でよそから来たんですよ。なので地元の魔法との差異を調べたり、この国の魔法を学んでみようかと思いまして。……あいにく、この国の文字が読めないことを忘れてたんで無駄足でしたけど」
「なんだい。あんたこの国の文字が読めないって、どこの出身なのさ?」
「北の大陸ですね」
「北? そりゃあドラゴンの住む竜界と繋がってる大陸のことかい? よくもまあ遠いところから来たもんだ」
北の大陸のことを知ってるのか。村の人とか別の大陸について全然知らなかったのに。
魔法使いという知識層だからなのか、ドラゴン信仰が厚いくて竜界に繋がってる大陸のことを知っていただけなのか……まあどっちでもいいか。
「でもそういうことならちょっと待ってな」
そう言って老婆は立ち上がると店の奥へと引っ込んでいった。多分何かを取りに行ったんだろうけど……客だけを残していいんだろうか?
「ほら、これなんてどうだい? こいつは確か北の言葉で書かれてたはずだよ。一応魔法の基礎だけじゃなくて歴史の本も持ってきたよ。この国について知るってんなら必要だろう?」
「……おお。読めるな」
しばらくして戻って来た老婆は俺に一冊の本を渡してきたのだが、それを開くと確かに読むことのできる文字で書かれていた。
「そうかい。そりゃあよかった。魔法学校の留学生用だからその分少しばかり値が張っちまうけどねえ。大丈夫かい?」
はえー、そんなものがあるのか。まあでも、北の大陸があるってこと自体は知られているんだから、繋がりがあってもおかしくないか。
「はい。一応まとまったお金は持ってますから」
「……これだけあれば足りるね。はあ」
どのくらいの金額なのかわからず、とりあえず持っていた金袋をカウンターの上に乗せて必要な分だけとってもらえばいいやと思ったのだが、なぜだか老婆にため息を吐かれてしまった。どうしたんだろう?
「一応物を買ってくれた客だから言うけど、あんたこれだけの金をむやみに見せるもんじゃないよ。下手な相手にみせたら、そのまま奪われたり詐欺にあったりするかもしれないんだからね」
あー、まあそうか。俺としては詐欺とかいうみっともない行為はするつもりがないけど、だからって他人までそうかというとそんなわけはない。中には騙される方が悪いとか堂々と言い放つ阿呆もいるだろう。そんな奴に金を見せびらかしたら、本来の価格の何倍もの値段で商品を売りつけられることになるかもしれない。
でも、詐欺に関しては理解したけど、奪うなんてことはあるんだろうか?
「奪うって……店の中でも、ですか?」
店の中で客から金を奪ったら犯人丸わかりだろ。その場は金が入っていいかもしれないけど、絶対あとで困ることになると思うんだけど?
「中でも外でも変わんないよ。やる奴はやる。それだけのことさ。なんだったら中と外でグルになってる場合だってあるんだ。中ではいい面をしていろいろ聞きだしたりして時間を稼いで、客が外に出たら仲間が襲うって感じでね」
「時間を稼いでドン……それっておばあさんも?」
この老婆の話でいくと例えば、さっきこの本を取りに裏に行った時に何らかの合図をして、カモが来たことを報せて外に仲間を集めていたとか?
「なっ……バカ言うんじゃないよ! あたしはそんな守護竜様に顔向けできないような恥ずかしい真似をしたことはないよ!」
「すみません」
だが老婆はよほど俺の言葉が気に入らなかったようで、バンッとカウンターを叩きながら立ち上がり、怒髪天を衝く勢いで俺のことを睨みつけながら怒鳴って来た。
でも、今回は俺が悪い。誇りをもって仕事をしている人に詐欺師や盗賊の仲間なのか、なんて言葉をかけてしまったんだから。
素直に謝った俺を見て溜飲が下がったのか、それとも俺みたいなガキに怒ってるのもくだらないと思ったのか、老婆は深く息を吐いた後に再び座りなおした。




