人間の生活を学べ
「グラン。私は少し情報を集めるために動くから、あなたは好きにしてちょうだい」
街に着いた翌日、これからどうするかライラと話をしようと思っていたのだが、朝食の時にそんなことを言われてしまった。
「いや、情報を集めるなら俺もやるよ」
見た目はアレだけど中身的にはちゃんと大人なんだ。まあこの世界のことについてはそれほど詳しいとは言えないけど、それでも情報を集めるくらいはできるさ。
「何言ってるのよ。あなた、まともに人間と接したことないでしょう? まずは人と触れ合って、人の暮らしというものを学びなさい」
ライラはそう言って去っていってしまった。
「確かに言ってることは間違いじゃないんだけど……」
ライラとしてはドラゴンと共に暮らしてきたことで人間らしい感性や常識を身に着けていない俺を心配したんだろう。
前世の記憶があるとはいっても、この世界で人間と触れ合ったことはほとんどない。まともに会話をした相手と言ったらあの北の果ての村とガロンのギルドのメンバー達くらいなもんだ。だから心配するのも無理はない。俺だって逆の立場だったら同じように考えるかもしれない。
「人の暮らしを学べって言われても、何すればいいんだ?」
この世界の常識や文化は知らなくても、『人間の暮らし』というものは理解しているつもりだ。だって俺もその人間の枠組みの中で生きていたんだから。なので今更学ぶ必要があるかと言ったら、ないと思う。
「とりあえず外歩くか。部屋の中にいても何も変わらないし」
人の暮らしという意味では必要なくとも、この国、この大陸の文化を理解する、という意味ではきっと役に立つだろう。
そう考えると、なんだか外国に旅行に来た気分になってくるな。まあ、来てるのは外国どころじゃなくて異世界なわけだけど。
「この街って図書館とかあるのか? 製本技術はそれなりにあるって話だけど……」
行き当たりばったりでもいいけど、それはやるべきことをやってからだ。まず優先するべきは、基本的な常識の理解と、人間の魔法技術の習得だろう。まあ魔法に関してはすぐに習得することはできないかもしれないけど、それはそれとしてどの程度のものなのか、どこまでならやってもおかしいと思われずにすむのかは知っておきたい。
というわけで、勉強をしようと思う。ライラの思惑とはちょっと違うだろうけど、こればっかりは仕方ない。
そんなわけで、図書館を探すために街へと繰り出していくことにした。
「食文化は原始的……ってわけじゃないけど、現代に比べれば数段劣るな。いや、日本しか知らないから他の国ではこれが一般的な食事だったかもしれないか」
屋台のようなものがそこら辺に並んでいるわけではないが、時折食べ物や飲み物を売っている店があるのでちょっと買ってみた。
だが、当然というべきか日本にいた時よりも洗練されていない味がする。衛生面もそれほど良くない。虫がたかっているってほどじゃないけど、作り置きしたものや食材がむき出しで置かれているせいでたまに虫が止まっている。
森で暮らしてたんだし今更あの程度で文句を言ったり体を壊したりはしないだろうけど、それでも前世の価値観からすると少しだけ眉を顰めてしまう。
「それにしても……」
とりあえず味や値段を知るために必要だし、見かけた出店でもちっとしたパンのようなものを買い、食べながら歩くことにした。だが、そうして歩いているとどうしても気になってくるものがある。
「街中で堂々と武器を持ってる奴がいるって言うのは、なんか落ち着かないっていうか、違和感がすごいな。まあ、それ言ったら格好自体があれだけど」
冒険者、あるいは傭兵と呼ばれる職業の者たち。剣や槍を持って鎧を身に着けている、俺からしたら全員コスプレみたいだ。でもその装備の全てが単なる作り物ではなく実際に命のやり取りをするために使うもの。
原始的ではあるが使い手次第では銃や大砲、何だったら戦車よりも危険な代物に早変わりする武器を持っている危険な存在。
そんな存在が堂々と街中を歩いている光景が不思議に思える。
もっとも、ドラゴン達の村にいた奴が何言ってるんだって話になるんだけどさ。不思議度で言ったら武器を持ってる者たちよりもドラゴンがそこら中にいる場所の方がよっぽど不思議な場所だろうし。
でも、そう考えると特に恐ろしくはないかな。武器を持っている、という一点だけでなんだか引け腰になってたけど、よくよく考えたらドラゴンの方が恐ろしいし、何より強いんだから。
「俺は……まあ、着替えなくてもいいか」
ちなみに今の俺の格好は、半袖シャツに長ズボンの異世界風、って感じ。異世界風っていうか西洋風? いや、やっぱり装飾とか無駄についてるし異世界風……ファンタジー風か。これはドラゴン村にいた時から着ていたもので、いつの間にかジジイが用意してくれたものだ。
まさか自分で作った、なんてことはないだろうけど……実際のところはわからない。まあ多分人に化けて街に行って買ってきてくれたとかそんなんだろう。
ただこの服、見た感じ他の一般人達よりも上等な布を使っているように思える。シルクのような、とまではいかないけど、前世で普通に着ていた服に近い感じがする。それともこれがこの世界での普通なのだろうか?
そう思って周囲に目を向けてみるが、やっぱりなんか服の質というか輝きのようなものが違う気がする。まあ、ジジイはドラゴンだし、金は有り余っていただろうからどこか高級店で買ったのかもしれない。
「この世界のことを知るにしても、そもそもの基礎を知らないと何も出来ないし、歴史とか成り立ちを知りたいんだけど……あ」
街の様子を観察しながら教えられたとおりに進んできたんだけど、なかなか図書館が見つからない。自分で探しながら歩くと言って地図を書いてもらわなかったのが失敗だったか……
ただ、図書館は見つからないが、教会を見つけた。十字架も何もないが、周りとは雰囲気の違う建物。扉は開かれており、中の様子が外からでも確認することができる。
ただ、光の関係で外からではうまく中の様子は見えないので、よく見たいなら実際に中に入る必要があるだろう。
さて、どうしようか。正直言ってこの世界での信仰というものに興味がある。だってこの国、ドラゴン祀ってるし。
ドラゴン信仰が盛んな国だ。だったらドラゴン村で暮らし、ドラゴンの親と友人を持つ者として気になるだろ。
それに、文化を学ぶなら信仰を学ぶのが一番手っ取り早い。ドラゴン信仰について知ることができれば、ドラゴンがこの国においてどんな扱いなのか、ドラゴンについてどの程度知っているのかなんかもわかるかもしれない。それらを知っておけば、知らない間にミスをする可能性も減るだろう。
でも図書館の方を探したい気持ちもある……けど、まあいいか。このまま図書館を探して見つからなかったら何にも収穫がないことになるし、それよりは教会ってものを知れた方がいいだろ。
「行ってみるか」
どうせ今日明日だけの滞在ってわけじゃないんだ。今日見つからなかったとしても明日また探しに行けばいいだろう。




