村から街へ
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「もうすぐ着くぞ」
「やっとか。馬車で三日って、かなり遠くないか?」
逃げるようにして村を出発してから今日で三日が経過したわけだが、どうやらようやく目的の街へと辿り着いたようだ。
ここまでの道中はかなり暇だった。魔物が襲ってくるわけでもないし、賊が湧くわけでもない遊ぶものがあるわけでもなければ時間を潰せるようなものもない。本の一つすらないってどういうことだよ。
聞いたところによると本を制作するための技術はあるらしく、ただ単にガロンが本を持っていなかっただけなんだと。
まあ、危険な魔物を倒しに行くのに本なんて持っていく必要がないってのは分かるけどさ、でもせっかく馬車があるんだし一冊くらいはあってもいいんじゃない?
まあそんな感じで退屈しながらも、ガロンからこの国の成り立ちや情勢、常識なんかについて話しながら時間を潰し、ようやく辿り着いたわけだ。
「まああの村はこの国の端のほうに……ってか本当に端だからな。人が安全に暮らせる場所、ってなると、これくらいは離れる必要があるんだよ」
「ドラゴンは当然のことだけれど、ワイバーンのように飛行可能な魔物にとっては楽に行き来できる距離だものね。地上を移動する魔物でもドラゴンの血が混じっていれば一日どころか半日もあればそうはできてしまう程度の距離でしょうし、それなりに生息域から離れていないと毎日襲われることになるでしょうね」
「ああ。ただ、これだけ離れていてもたまに襲われることがあるけどな」
こんなところまで餌を探しにくるのか。でも確かに、本物のドラゴンだったらすぐにつく距離だし、俺だって飛んでいればすぐだ。そう考えるとこれくらいの距離は必要なのかもな。
「ちなみにだが、ここまで来てもまだ都ってわけじゃねえから、そこは理解しとけよ」
「でも大きな街なんだろ?」
「このあたりでは、な。村に比べれば十分都会だし、ここらのやつらが都会っつったらまずこの街を思うかべるだろうが、首都からすれば田舎も田舎だ。お前らが望んでるような別大陸への移動手段なんてまずねえだろうよ」
あー、首都ではなく地方都市みたいな感じかな?
だがそれでも今の俺たちにとってはありがたい存在であることに違いはない。
「問題ないわ。元々帰還の手段がそう簡単に手に入るとは思っていなかったもの。転移の魔法具にしても、海を渡るにしてもね。ただ、方法そのものは手に入らなくとも、今後の方針を定めるためには町に行く必要があるのよ」
「ま、あの村じゃできる事なんて限られてるだろうしな。せいぜいドラゴンを叩きのめして背中に乗って飛んでいくくらいじゃねえか?」
なんてガロンが笑いながら言ったけど……案外アリか?
「「……」」
ライラも俺と同じように思ったのか、思案げな表情で俺のことを見てきた。
実際、やろうと思えばできないことはない……と思う。
「……おい、冗談だっての。なんか言えよ。そこで黙るとマジ見てえじゃねえか」
「いやまあ、それもアリといえばアリだなって、できないわけじゃないだろうし」
結構疲れるだろうし、相手次第じゃ危険があるけど、可能性がないわけじゃない。ジジイみたいなドラゴンのくせに修練を積む化け物がいたら無理だ。でも大抵のドラゴンは生まれついての能力だけで生きてるし、精々が少し力の使い方を鍛える程度らしい。
実際、俺はジジイ以外の村のドラゴンに勝ったことがある。まあ、その時はそれなりに手加減してくれたらしいんだけど、やってやれないことはないと思う。
「嘘だろ、おい……」
「まあ、武力自体はどうにかなるとしても、やっぱりやめておいたほうがいいでしょうね」
「なんでだ? 怪我するかもしれないからか?」
「怪我で済む相手じゃねえだろ……」
いやまあ、普通はそうかもしれないけど、俺にとっては怪我で済むかもしれない相手だし。ガロンもドラゴンのところで十数年生きてれば同じように考えるよ。
「いくつか理由はあるけれど、まず一つは、私たちが長時間の飛行に耐えられるのか、ということね。この場合は私たち、というよりも私が、かもしれないけれど」
「あー、空って飛んでると結構寒いし呼吸も厳しい時があるからなぁ」
俺の場合は耐えられるように鍛えたし、実際に飛ぶ時は魔法を使うから問題なく耐えられるけど、ライラの場合はどうだろうな? 確か飛行機の外気温ってマイナスいったはずだし。ああでも、あれって標高のせいであって飛行時の風の影響はまた別なんだっけ? ……まあ、なんにしても寒いことは確かだろうし、ライラだと長時間耐えるのは難しそうな気はする。
「そう言えるってことは、お前も空を飛べるのかよ……」
「飛べるよ。まあ長時間は難しいから、俺単体で大陸を移るとかはできないけど」
「……本当にドラゴンじゃねえのか? 今までの話で否定できる要素なんてねえぞ、おい」
「まあ、ドラゴンと人間どっちよりの存在だって言われると、自分でも微妙なところはあるからなぁ」
体は人間、強さはドラゴン。その正体は……! なんてな。まあ分類的には人間でいいと思う。
「それでもう一つの問題だけれど、他のドラゴンが許すのか、ということね。背中に人間を乗せるなんて、ドラゴン的にはかなりアウトなことじゃないかと思うのだけれど、どうかしら?」
「あー、どうだろう。ジジイ達はそんなこと気にしてなかったけど、ドラゴンこそ最強の種族! とか思ってる連中もいるって聞いたし、そいつらからしてみればダメかも」
ジジイ達から聞いた話では基本的にドラゴンはプライドが高いらしい。それ自体は俺もそうだろうなと納得できる。ライラの話を聞くと世間一般の評価もそう変わらないようだ。
竜騎士とかもいたらしいけど、そういうのってドラゴンに乗っていない状態でも強くって素でドラゴンを倒せるだけの力があるから許されてるらしい。
一応俺が倒せばその仲間ってことで相乗りオッケーだとは思うけど、その姿を他のドラゴンに見られたらそれはそれで問題が起こるかもしれない。
「となると、飛んでいる最中に他のドラゴン……それも複数に襲われる可能性も考えられるということよ。さすがにそれには対処できないでしょう?」
「……まあ、そうだな。対処できるとしても一体が限度だと思う。ジジイと同格のやつが出てきたら、何とか逃げて墜落を免れることができれば大成功、くらいだな」
あのジジイ、本当に強いし。あのレベルのドラゴンがそこらにいるとは思わないけど、いないとも言い切れない。
「だとしたら、やっぱりドラゴンを使っての空の移動はやめておいてよかったでしょうね」
そうだなぁ……。まあ、どうしても急がないといけない旅ってわけでもないし、安全をとっておくのが無難だろう。
「……話のスケールが違いすぎてついていけねえな」
俺たちの話を聞いてガロンは呆れた表情をしているが、そんなガロンを見てライラは肩をすくめた。
「無理に理解しようとする必要はないわ。ドラゴンなんて関係なしに、私たちは迷っていて、帰るためにあなたに協力を求めた。それだけわかっていれば十分よ」
「……だな。だが……はあ。人生何が起こるかわからねえもんだな。ガキの頃にはこんな状況に遭遇するなんて考えてもみなかったぜ」
「でしょうね。私もよ」
「俺もそうだなぁ」
ほんと、こんなことになるなんて思ってもみなかったよ。人生何があるかわからないもんだよな。
「お前はまだガキだろうが」
いやまあそうなんだけどさ。でも精神年齢は違うというか……ね?




