対ワイバーン戦
「どうする? 今はまだ様子見してるだけみたいだけれど、そのうち本格的に襲ってくるわよ」
「んー、そうだなぁ……この状況をどうにかするだけなら簡単なんだよな。あれを倒せばそれでおしまいだし」
この騒動だってワイバーンがいるから起きてるわけで、倒されればなんの問題もなくなる。単純な話だ。
「倒せるの?」
「ドラゴンより強いんだったら無理だな」
「なら余裕ね。竜の血が流れているって言っても、所詮は竜になりきれなかった出来損ないだもの」
「ただ、倒したらそれはそれで面倒ごとが起こりそうなんだよなぁ」
倒すこと自体は問題ない。油断しなければ倒せる。ただ、そのためには竜魔法を使う必要があるだろう。……いや、使わなくても倒せるか?
あの誤魔化し魔法を使っても倒せないことはないかもしれないけど、倒したら倒したで問題が起こりそうな気がする。
ただ、この状況を作ったのは俺だと考えられるわけで……
「お、おい! 何のんきにおしゃべりなんてしてんだよ! 逃げるぞ!」
どうしようかと考えていると、先ほどのワイバーンの襲撃を防ぎ、警戒し続けていたガロンが叫びながらこっちに走ってきた。
「逃げるって……戦わないのか? 結構いい戦いしてたし、いろいろ準備してあるんだろ?」
なんか馬車を持ってくるくらい装備を整えてきたらしいし、それを使えば倒せないんだろうか? 素の状態でも迎撃することができてたんだから、うまくやれば倒せると思うんだけどな。
「いくら何でもワイバーンは想定してねえよ! 俺が想定してたのは、せいぜいドラゴンの混血程度だ! 今だって何とかしのいでるだけだ。それだっていつまでもつかわからねえ!」
「でも、あれもドラゴンの混血だろ? つまり、ドラゴンそのものじゃない」
「ふざけんな! あの姿を見ろ! あいつはもうドラゴンだろうが! 混血だとしても、あれは限りなくドラゴンに近い化け物なんだよ! もはやドラゴンそのものだ!」
……事実としては、まあそうなんだろう。あれはドラゴンの混血で、最もドラゴンに近い姿をしているというのも理解できるし納得もしよう。
でも、だ。でも、あの程度の存在が〝ドラゴンそのもの〟? ……おいおい、バカも休み休み言ってくれよ。あれのどこがドラゴンだ。ドラゴンはもっと強くてカッコよくて、何より誇り高い存在なんだ。あんな敵がいなくなったと見るやすぐに襲いかかってくるような獣とは違うんだよ。
「……あんたこそ、よく見たほうがいい。あれのどこがドラゴンだ。本物のドラゴンは、もっとかっこいいもんだよ」
普通の人間であるガロンにとっては、今この状況での命の方が大事だろうし、そのことは理解できる。
それでも、ドラゴンに育てられ、ドラゴンと共に過ごしてきた俺としては、一言言っておかないと気が済まなかった。
「クソガキッ……! 何が本物だ! じゃあてめえは本物のドラゴンを見たことがあるのかよ! おい、あんたもこいつをどうにかしろ!」
なんて俺の言葉に苛立ち、これ以上話をしても埒が開かないと思ったのだろう。ガロンは俺ではなくライラへと向かって叫んだ。
ライラはため息をひとつ吐いてから俺のことを見下ろした。
「どうにかする、ね……。どうにかする必要はあるかしら?」
「ないよ」
さっきまでは手を出すか否かを考えていた。
でも、この状況を作り出したのが俺たちなら、俺にはこの状況をどうにかする義務がある。
ただ、助けるにしてもどの程度までなら大して目立つことなく、面倒ごとにならないよう倒すことができるか、なんてことも考えていたが、もうどうでもいい。
そんなことよりも、あれがドラゴンだと思われていることの方が重要だ。
「なっ……おい!」
いいか、ガロン。良くみておけ。本物のドラゴンは、もっとカッコいいんだぞ。
俺は本物じゃないけど、その凄さを見せることはできる。だから、良くみておけ。そんで、もうワイバーンなんかとドラゴンを間違えるなよ。
俺が睨みつけていることがわかったのか、ワイバーンは一際大きな声で鳴くと最初と同じように急降下し始めた。
普通ならそこで潰されるか連れ去られるか食われるかなんだろうけど……
「お前の進む方向はあっちだ、馬鹿野郎」
あいにくと、お前の前にいる人間は普通の人間じゃないんだ。
急降下してきたワイバーンの横っ腹を蹴り付け、村から少し離れたところへと叩き落とす。
そんな様子にライラは苦笑をしているが、ガロンを含めた他の者達は顎が外れるんじゃないかというくらいに大きく口を開きながら呆然とこっちを見上げている。
「竜威解放」
ガロン達の様子に苦笑した俺は、そのまま着地することなくワイバーンの元へと飛んでいき、一まで押さえ込んでいた力の一部を辺りにばら撒きだした。
「竜はただ在るだけで全ての者を跪かせる。……今までそんなの実感できなかったけど、こういうことか」
ワイバーンは彼我の戦力差を理解したのか、地に叩き落とされたまま再び空に飛ぶことなくこっちを見て震えている。
ただ、力の一部をばら撒いた、とは言ったが、実際には周りに迷惑をかけない用にしまっていたものを取り出しただけ。人間で言うなら、鞘に収めていた剣を、使うから鞘から出したという程度のこと。
まあ、普段よりちょっとだけ武器を見せびらかすように力に勢いをつけたけどさ。でも、いってしまえばそれだけだ。
だがそれでも、ドラゴンの力は……そしてドラゴンとともに育った力は他の生物には脅威的なようだ。もっとも、今まではドラゴンくらいしか戦う相手がいなかったし、話す相手もドラゴンしかいなかったので力を解放したところで誰もビビらないからジジイの言葉も半信半疑ではあったけど。
「ただし、逆上して襲いかかってくるものもいるから気をつけろ、と」
力の差がわからないバカというのはどこにでもいる。あるいは、力の差を理解した上で恐怖から襲いかかってくるものもいる。ジジイにはそう教えられていたけど、本当にいるんだな。怖いなら逃げればいいのに。
「はあ……〝竜〟と〝人〟の見分けもつかないのか。いや、見分けがついてるからこそ、か? 俺の見た目だけでいえば確実に人間だし」
俺がドラゴンそのものだったら、多分迷わずに逃げていたんじゃないだろうか? だってどうあっても勝てないし。守護竜様のお守りから発していた匂いで寄ってこなかったんだし、本物に近寄ってはいけないという本能くらいはあるんだと思う。
それなのにドラゴンと同じ力を持っている俺に向かってくるのは、俺が本物のドラゴンではないからなんだろう。ドラゴンの力は感じられても姿は人間だから侮っている。
侮りと恐怖がいい感じに混ざり合った結果、人間如きにビビってる自分が許せなくて恐怖で混乱した思考のまま突っ込んできた、ってところだろうか。
「竜の血が流れていても竜ではなく、竜の力を身につけていても竜ではない。同じ半端者として、せめて〝竜〟の一撃で仕留めてやる」
混乱で空を飛ぶことすらも忘れたのか、不格好に走ってくるワイバーン。
今のこいつならあのお遊びのような半端な誤魔化し魔法でも倒すことができる。
でも、同じ半端者としてせめてもの手向けだ。
「竜の爪は全てを切り裂く刃である」
俺は人間ではあるが、その力だけは本物と同じ。
こっちの大陸に飛ばされた後、森で使った手加減の一撃とは違う。ドラゴンとして、本気で放つ一撃だ。
「竜爪雷斬」
腕に纏った雷が腕を動かすのに合わせて巨大化し、腕の先に雷の爪を作り出す。
そうして振り下ろされた爪はワイバーンに直撃し、そのまま轟音とともに地面を抉り取った。
後に残ったのは、まるで巨大な生物の爪で抉られたような地面と、ワイバーン……らしき存在の鱗が数枚散っていただけだった。




