ギルド『竜の爪先』
「……母親か。そんなに強かったのか?」
そういえば父親のことは少し聞いたけど、母親の方は全く聞いてないな。精々がライラの叔母ってくらい?
「剣王が気にいるほどの女性よ? ただの貴族のご令嬢なわけないじゃない。私もだけれど、あなたの母親であるメリル様はかなりの腕前だったわ」
いや、そもそもその『剣王』って名前も知らないんだけど。多分父親のことなんだろうけど、その名前が持つ意味が理解できない。オリンピック金メダリストも、オリンピックを知らない人にとっては理解できないのと同じ。
なんか名前の響きやその扱われ方からしてすごいんだろうなと察することはできるけど、具体的にどうすごいのかは理解できない。
だから、その剣王が気に入ったほど、なんて言われてもそれがすごいのかもわからない。
「メリル様……ねぇ」
どんな人なんだろうか。ライラがここまで言うってことは、本当にすごかったんだろうなとは思う。多分ライラ以上の腕なんだろう。
「ええ。竜を真似、竜を殺すための剣。それが私たちボルフィール家の剣技よ。その剣を僅か十二歳の時点で全て修めた天才。それがあなたの母親よ」
「竜を殺すための剣、か……。そんな家に生まれたのに、竜に育てられて竜の魔法を覚えた俺はだいぶ異端だろうな」
ドラゴンを殺すための剣を継いでいく一族が、ドラゴンに育てられたなんて皮肉が効きすぎてないか? 運命の悪戯が過ぎるだろ。
「そんなことないわ。私たちの始まりだって、竜を殺すために竜の魔法や行動を真似たと言われているもの。だから、言ってしまえばあなたはその究極系ね。ボルフィールの剣、その生き方を体現していると言ってもいいわ」
ライラの言うように、あるいはその通りなのかもしれない。俺以上にドラゴンのことを知っている人間はいないだろう。そんな俺が振るう竜殺しの剣は、他の誰よりも上を目指せる可能性がある。でも……
「……俺は竜を……ドラゴンを殺すつもりなんてないぞ」
「それで構わないわ。私だって自分が襲われたり戦う必要がない限りは好んで戦いたいとは思わないもの。でも、そう思っていたとしても戦わなければならない時、力がなければどうしようもない時があるからこそ、ボルフィールは竜を殺すための力を求め、鍛えてきたの」
ライラ達の剣は竜殺しの剣。されど竜を殺すためだけの剣ではない、ってことか。
「包丁だって剣だって、誰かを傷つけることのできる道具であることに違いはないわ。ただその使い方の問題よ。包丁は誰かを喜ばせるために料理に使い、剣は誰かを守るための道具よ。誰かを傷つけるための凶器にしなければ、どちらも素晴らしいものであることに変わりはないわ」
「結局は使い方の問題、か」
「ありきたりな答えだけれど、結局のところそれが真理というものなのでしょうね」
そんな剣を若くして修めた天才が俺の母親か。ドラゴンに育てられた俺をみたら何を思うんだろうか?
会ってみたいと思うし、話してみたいとも思う。まあ一応母親だからな。
ただ、そう思うけど……多分それはできないんだろう。だって、これまでのライラの話ぶりからして……その人はもう死んでいるんだろうから。
「――おいおい、こいつぁ一体どういうこった?」
なんて、少し気分の沈むことを考えていると、どことなくとぼけたような声が聞こえてきた。
「ん?」
振り返ると、そこには何本もの剣を身につけた大柄の男が立っていた。
「魔物を倒しに来たってのに他のやつに倒されてるなんて……依頼が被ったのか?」
依頼? ……ああ、そういえば村長が言ってたな。冒険者に依頼を出したって。でもそれって……この魔物のことだよな? たった今倒しちゃったばっかりなんだけど……どうしよう?
「なあアンタら。ちいっといいか? アンタらもこの村の依頼を受けたのか? どこのギルドに所属してんだ?」
「ギルド……?」
「冒険者や傭兵の所属する組織の名だ。ギルドという組織があり、その中でチームがある。場合によってはギルドが集まってできた連合、あるいはレギオンというものがあるのだ」
「へー」
なるほど。冒険者や傭兵のための組織がある、くらいしか聞いてなかったけど、冒険者ギルドか。冒険者組合でも冒険者クランでもなく、一番オーソドックスな名前なんだな。
そんな俺の反応を見て、大男は俺を見て一度鼻を鳴らしてからライラに話しかけた。
「そっちの坊主は見習いかなんかか? 自分の実力に自信があるんだろうが、こんな場所にまで連れてくるなんてちいっとばかし不用心じゃねえのか?」
「ふむ。グランは私が連れてきたというわけでもないのだが……それよりも貴殿は何者か聞いても構わないか?」
「あ? ああ、いいぜ。俺は冒険者ギルド『竜の爪先』に所属してるナンバーワン冒険者。ガロンだ。あんたらのほうは?」
ナンバーワン……つまりギルドでいちばんの強者ってことだな。まあ、ギルドも複数あるみたいだから、大手か弱小かで評価は変わるけど、組織で最強を名乗れるくらいならそれなりの強さはあるんだろう。
「私の名はライラ・ボルフィール。我々は転移魔法具の暴走によってこの地に飛ばされた、北大陸に存在しているゲオルギア王国の騎士である。こちらのグランは私の甥だ」
「騎士い~? ……まあ、言われてみりゃあ冒険者がそんな立派な鎧なんざつけねえか。都落ちしたにしちゃあ立派すぎらあな。それに、こんな場所にガキを連れてってのも納得っちゃあ納得だな」
大男……ガロンの反応を見て、内心でほっと息を吐いた。なんだかんだと話し合って設定を決めたが、それが本当に通用するのか不安だったのだ。村長や村人達には通用したけど、それはこんな辺鄙なところにある田舎の村だからと言う可能性も十分にあった。
だけど、ガロンのような色々と物事を知ってそうな者が聞いても納得できるのであれば、今後もこの設定で言って大丈夫だという保証になる。……まあ、設定なんて言っても大して変化のないほぼ事実と言えるような設定だけど。
「しかし、転移魔法具の暴走ねえ……。騎士っつってたが、あんた相当いい身分だったりするか?」
「実家はボルフィール侯爵家という家ではあるが、私自身は騎士としての身分しか持たぬ身だ」
「侯爵様かよ……そんなのが事故ってこっちに来たって? 大問題じゃねえのか?」
「問題だな。だから帰るために旅をしている最中だ」
「なるほどな……っと。そうだ。まあ事情は分かったが、一応確認だ。あれを倒したのはアンタで構わねえのか?」
「……そうだな。多少の協力もあったが、トドメを刺したのは私だ」
ガロンに問われて一瞬だけ俺のことを見たライラだったが、俺のことは言わずに少しだけ申し訳なさそうな顔をしてから頷いた。
多分、一瞬躊躇ったのって俺の手柄を奪うようで申し訳ないとかそんな感じだろうけど、正直気にしていない。だって俺にとっては遊びのようなものだし。
「そうか。あー、そうかあ……くそ。じゃあ依頼失敗ってことか。こんなところまできて金にならねえとか、ついてねえな」
依頼失敗? ああそうか。依頼の討伐対象である魔物は俺たちが倒しちゃったからか。でも依頼にあった魔物は倒されてるわけだし、ある意味成功ではないんだろうか?
「貴殿は冒険者として依頼を受け、この村までやってきたと考えてよいか?」
「ん? ああ、そうだな。この村から魔物の被害が~、ってんで依頼を受けたんで俺が来たんだが……その肝心の魔物はもうすでに倒されちまってると来たもんだ。倒した獲物は倒した奴のもんってのは、冒険者でも傭兵でも狩人でも変わらねえよ。ま、騎士様はどうか知らねえけどな」
そう言ってから大きくため息を吐いたガロンに、先ほどの疑問を問うことにした。
「結果的に魔物は倒されてるんだから依頼としては成功なんじゃないのか?」
「ああ? いや、魔物が死んだっつっても、それを証明するために魔物の死体を持ってかなきゃ達成したことにはならねえんだよ。野菜を作った奴から盗んで売ったとして、そいつを農家と呼べるかって話しだ。自力で倒したんじゃねえってバレたら、あとで罰をくらうことになるしな。でもその魔物は倒した奴のもんで、つまりはお前らのもんだ」
そう言ってガロンは俺達……いや、ライラが倒した魔物を指差した。なるほど、そういうことか。魔物の死体を回収することができないから倒されたって証明もできないと。
んー、でも魔物の死体の一部があれば依頼の達成証明になるんだろ? だったら……
「魔物の死体って言っても、さすがにこれだけの大きさのを全部持ってくわけじゃないんだろ?」
「まあな」
「じゃあ、魔物の一部を盗む、あるいは……俺たちを殺して奪うってこともできるんじゃない?」
そう。魔物そのものではなく、その一部で構わないというのなら、ちょっと隙を見て盗むこともできるし、持ち主を殺せば新たな持ち主になれる。何も馬鹿正直に魔物と戦う必要はないのだ。
そう思って問うてみたのだが……
「……ハッ。よくわかってんじゃねえか、ガキ」
ガロンは愉快そうに口元に笑みを浮かべながら俺のことを見つめた。




