手加減ドラゴン魔法
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「魔物ってあれか。……蛇?」
村人からの証言を頼りに魔物がいるらしい方向に進んでみると、そこには家すらも飲み込んでしまいそうなほどの大蛇がいた。
普通蛇って隠れながら行動するものだと思ってたけど……あれじゃあ隠れようがないだろ。生物として失敗じゃね?
「そうみたいね。本来は森にいるってことみたいだけれど……あのサイズは異常個体ということかしら?」
「そうじゃないか? 成長しすぎて森にはいられなくって森の外に出てきたとか、なんかそんな感じじゃないか?」
そして獲物を探すために移動し、あの村を見つけたと。
でもそれだと少し気になることがあるな。見つけたんだったらすぐに襲えばいいのに、なんだって今日まで村を襲ってないんだ? 村人自体は何人か食べられたみたいだし被害が出てないってわけじゃないんだけど、村そのものを襲っていないことが少し気になる。流石に村のように人が集まっている場所は危険だと判断したんだろうか?
「だとしたらあの魔物が悪いとは言い切れないわね。だって、自分が生きるために行動しているだけなんだもの」
「それ言ったら人間以外の全部の生き物がそうだろ。生きるため以外の理由で他者を害するのは人間か悪魔くらいなものだよ」
ドラゴンだって生きるため以外に人を襲うことはほとんどない。宝の強奪だって、理由があって人間と戦った際に回収しただけらしいし。
……まあ、中には娯楽として人を襲い、邪竜と呼ばれる奴もいるみたいだけど。
「……そうね。でも、倒さないわけにはいかないわ」
そう言いながらライラは剣を手にして大蛇へと向かって歩き出した。
「一人でいけるか?」
「できないこともないけれど、手伝ってくれたほうが楽なのは確かね。あなたとしても、ドラゴンの魔法を使う以外での戦い方を学ぶのにちょうどいいんじゃないかしら?」
「あー、まあそうだな。それじゃあやってみるか」
と言っても、竜魔法くらいしか知らないんだよな。自己流で魔法を使ってみるか? もしくは、竜魔法を半端に使って劣化版として使えばなんとか人間の範囲内に収まるかな?
「とりあえず身体強化をして……」
基本の基本である身体能力強化の魔法を施そうとしたのだが……
「グラン! 竜魔法は禁止だって言ったでしょ!」
「へ……これも竜魔法に入るのか?」
ライラに止められたことで、俺は自分にかけた身体能力強化の魔法を解除したのだが、これって竜魔法なのか? 俺にとっては魔法を使うにあたって基礎中の基礎の技術なんだけど。
「そうよ。あれだけの威圧感を放っていたら絶対に気づかれるに決まってるわ。実際、見てみなさいよ」
ライラに指摘されて大蛇のことを見たのだが、なんかすっごいこっち見てるな。さっきまでは余裕そうに無視してたのに。
「……見事にビビってるなぁ。あれでもかなり手を抜いたんだけど」
「それでも強すぎるのよ。もっともっと手を抜きなさい」
「戦いなのに手を抜くって……はあ」
でも、身体強化さえダメって、そもそも基礎からして人間と魔法の使い方が違うってことだろ? そうなると、手加減ってレベルに収まらないんだけど? 喩えるなら、料理人があえて正しい技法や手順や材料を無視して見た目と味だけは近付くように一から作り方を考えるような感じだ。……それ、もう別物じゃね?
まあでも、これから人間の世界でやっていくには必要な技術なんだろう。というわけで、とりあえずクソみたいに不完全で不安定で効果の弱い身体強化を施すが、今度は何も言われずに済んだ。どうやらこのやり方で合ってるらしい。
「竜牙焦……穿……は、ダメだから……貫? いや、刺? ……なんか名前的にしっくりこないなぁ」
強化した体で大蛇に近づき、炎を纏わせた両手を上下に構え、顎門のように閉じる。
すると両手にまとっていた炎がドラゴンの口を形造り、俺の手の動きを再現するように大蛇に噛みつき、鱗を穿って傷をつけた。
「やるわね。いい感じじゃない!」
「威力は良し、っと。でも、改めて思うけどドラゴンって強すぎだろ。手を抜いて抜いて思いっきり適当にやってこの威力って、そりゃあ人間じゃ勝てないっての」
思いっきり加減して手を抜いて適当にやったのに、大蛇を見れば結構なダメージを負わせることができている。
これで村が壊滅するかもしれないほどの危機って……人間弱くね?
「さて、甥っ子が頑張ってくれたんだし、私も少しはいいところを見せないとよね!」
俺が人間の弱さについて改めて驚いていると、その隣をライラが駆け抜け――跳んだ。
大きく跳躍したライラを喰らおうと、その着地地点の下で大蛇が大きな口を開いて待ち構え……
「カルダート流剣術一式・剣竜爪撃!」
だがそんな大蛇の狙いは、上から下へとまっすぐ振り下ろされた剣によって断ち切られた。
風を纏った剣は振り下ろす瞬間にその風が解放されることでドラゴンを殺すための刃と化し、大蛇の頭を一刀の下に両断したのだった。
「これで終わりか。ドラゴンに比べれば、なんてことなかったわね」
「俺としてドラゴンと戦ってる方が楽だったよ」
加減なんて考えることなく好きに魔法をぶっ放してれば良かったんだから、ドラゴンと戦ってるほうが楽だったのは間違いない。
「加減することに疲れるっていうのも、厄介な話よね」
「後で人間の魔法を教えてくれないか?」
一応手加減の方法は理解したけど、多分これ人間の魔法の使い方じゃないだろうし。今は仕方ないにしても、人間の世界で過ごすつもりなら人間としての常識や技術を身につけるべきだろう。
「いいわよ。と言っても、私も普通の魔法じゃなくて家門独自の魔法だか普通の、とはいえないけれどね」
「それでも竜魔法そのまんま使うよりマシだろ」
竜魔法と竜殺しの魔法。どっちがマシかって言ったら、多分竜殺しの方だろう。少なくとも他に使ってる人間はいるわけだし。
「そうねぇ。普通の魔法なら多少威力が出過ぎたとしても誤魔化しは効くけれど、竜魔法をそのまま使ってたらどう考えても誤魔化せないものね。それに、加減していたとして竜魔法を見ればわかる人は分かるでしょうし」
でも、竜魔法が理解できる奴なんて実際にドラゴンにあったことのある奴だけだと思うんだけど、そんな強者に会うことなんてあるん――ああ、そういえばこの国はドラゴンが興した国だっけ? なら竜魔法を見たことがある奴に会うかもなぁ。
「それにしても、ライラって結構強い感じなんだな」
「何よその曖昧な感じは。これでも近衛隊の隊長なのよ」
「そうなんだろうけどさ、ドラゴン達に比べるとそうでもないっていうか……」
「……あんなバケモノと比べないでほしいわね」
「それは分かってるけどさ、俺にとって見てきたのがドラゴンかそこら辺にいる獲物かくらいだったから、強さの基準ってのがよくわからないんだよ。常識として木を破壊しながら進んでくるような奴は多分強いんだろうし、それを簡単に倒してるんだからライラも強いんだろうな、ってことがわかるだけだ」
さっきの一撃はジジイと戦ってた時にも見たけど、かなりの威力があった。
何より、あの剣には〝圧〟がある。敵を殺す。竜を殺す。邪魔する者を殺す。そういう圧が。
恐ろしいとは思わない。でも、多分実際に対峙したら警戒すべき敵としては認識することになるだろう。
そんなライラの剣を見ていたのも、俺の基準をおかしくした要因の一つだと思う。仕方ないじゃん。この世界で初めて会った人間の技量を基準として参考にするのはおかしくないだろ。
でも、あれを基準で考えるとダメなんだろうなぁ。
「今までの生活が生活だったから仕方ないにしても、これからはドラゴンを基準に物事を考えるのやめた方がいいわよ」
「わかってるよ。とりあえず大きな町に着いたら色々調べてみることにするよ」
ライラからも教わるけど、一人からの視点では偏りがあるし、そもそもこの国、この大陸ではライラの常識は非常識かもしれないからどのみちこの地での常識は調べないといけないんだ。
「ドラゴンを基準にできないから別の基準が欲しいんだけど、ライラは人間の中でどのくらいの強さなんだ?」
「私? そうね……騎士団全体の中でも上位五本に入るくらいだとは思うけれど、人間全体で、となるとどうかしらね? まあ強者の部類でいることは間違い無いと思うわ」
「ふーん。じゃあライラよりも弱い感じで設定しておけばいいのか」
それでも人間で言ったら強者と言えるんだろうけど、でも化け物呼ばわりはされないだろう。少なくとも常識の範囲内ではあるはずだ。
「……なんだかそう言われると複雑な気持ちになるけれど、まあそうね」
そう言ってライラは苦笑したが、俺の顔をじっと見てからどこか悲しげに話し出した。
「ただ、強者であると言っても、私よりもあなたの母親の方が強かったけれどね」




