ライラという人物
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夕食を用意してくれるらしいので部屋で待っていた俺たち。だが不意に外から喧騒が聞こえてきた。
「なんだか騒々しいわね」
「俺たちのために歓迎会をしてくれる、なんてわけないよな」
「貴族に好んで関わりたいと思う平民なんていないわよ。まあ、この場所が特殊である可能性もあるけれど、さっきの様子を考えるとないでしょうね」
だよな。村長の様子からして貴族と平民の間には超えられない壁というか、大きな立場の隔たりがあるみたいだし、村をあげての歓迎会なんてやらないだろう。
「とりあえず様子を見に行きましょうか」
俺とライラはそれぞれ警戒しながら村長宅を出て外を確認することにした。
「騒がしいが、何かあったのか?」
外に出た瞬間、村長が難しい顔をして立っているのを見かけたのでライラが問いかけた。
「き、貴族様っ!? 申し訳ありません。お休みを邪魔してしまいましたか」
「それは構わない。それよりも、何か問題が起こったのか?」
「あ、えー、実は……」
話を聞くと、近頃この辺りに魔物が出るらしい。
近くにある街に所属している冒険者に討伐依頼を出していたのだが、その冒険者が来る前に魔物が再び暴れ出した。そして今はその魔物が暴れて村に突っ込んできてもいいように待機中、ということらしい。
「依頼自体は受けてくださった方がいると知らせが入っておりますので、明日にでも来られるはずなのですが……」
「その前に魔物が暴れ出した、というわけか」
「はあ……」
魔物ねえ……どうするべきなんだろうな。
この村が襲われた場合、かわいそうだとは思うし、それが俺たちの滞在している最中の出来事なら自分たちのために対処はする。でも……人間が魔物に襲われるのも、言ってしまえば自然の摂理というか生命の輪の一部というか、そういう世界、ってだけの話なんだよなとは思う。
それに、俺の場合は下手に力を見せるなって言われてるし、正直襲ってこない限りはスルーでいいと思ってる。
だが……
「その魔物はどこにいる?」
「き、貴族様?」
「見知らぬ我らを受け入れてもらったのだ。その恩は返さねばなるまい? それに、騎士として善良な民が無為に傷つくのを見過ごすことはできん」
どうやらそういうことらしい。ライラはこの村を助けることに決めたようだ。
ここはライラの所属している国ではないどころか、同じ大陸でもないし、同盟や条約なんてものを結んでいるわけでもない。全くの無関係の国で、全く関係ない人たちだ。
それなのに助けようとするなんて……それがライラにとって、騎士としてのプライドということなんだろう。
「報酬はいらん。此度の助力は、そなたらのこれまでの人生の結果だと思え。他者を害することなく、受け入れることを良しとした心根は賞賛すべきものだ。その生き様に誇りを持て」
「あ、ありがとうございます!」
そうして俺たちは件の暴れているという魔物へと対処にあたるべく、装備を整えてから村の外へと出ていった。
まあ、襲われてから対処してたら準備に支障が出るかもしれないし、そもそも現状特にやることもないからいいんだけどさ。
「なんか、思いっきり格好つけてたな」
「なんのことかしら?」
「さっきの村長との話しだよ」
「? 格好つけるも何も、普通のことを言っただけじゃないかしら?」
「……まじかよ。この人、素であんなこと言ってたのか?」
「善良な民は守らなくてはならない。でなければ、その人の人生を踏み躙ることになるわ」
俺としては騎士として格好をつけるため、あるいは理想の騎士でいるためにあんな気取った台詞を口にしたのかと思っていたが、どうやら素であの言葉が出てきたようだ。
「善良でいることは難しいことよ。力を持っているか否かに関わらず、他者を思いやり、手を伸ばすという行為は恐ろしいこと。誰かに手を伸ばすということは、誰かを救うだけじゃない。誰かに傷つけられる可能性もある。それでも手を差し伸べる者がいるのなら、そんな人が救われないなんておかしいじゃない。だから私は騎士になったの」
「へー。そっか」
真剣に話すライラに、どれだけ言葉を重ねても余分にしかならないような気がしてそっけない返事を返すことしかできなかった。
でも、そう言い切ってしまうライラのことは、なんだかかっこいいと思った。
まだ出会って一日しか経ってないけど、少しだけライラのことが理解できたような気がする。




