ドラゴン式魔法教育
「――竜の爪は全てを切り裂く刃である」
無駄に威厳のある重厚な声があたりに響く。
それと同時に俺は目の前のくそったれでふざけた存在から……親から教えられた魔法を使うべく大きく息を吸った。
「竜爪雷斬!」
言葉を吐き出すとともに魔法を構築し、自身の手の先に雷を集め、それに巨大な爪という形を与えて固定化する。
本来はエネルギーの塊である雷を物質化することなんてできはしない。けど、それを可能とするのが魔法であり、この異世界においての常識だった。
獣の……いや、竜の爪の形をとった雷を、目の前に迫ってくる化け物――ドラゴンが振り下ろしている本物の竜の爪にたたきつける。
大きさは同じ。勢いも同じ。こっちは魔法で向こうは素の肉体だが、そもそもがドラゴンなんていうバカげた存在だ。普通ならそのまま叩き潰されておしまいだろう。実際、爪の進路上にあった木も岩も、全部が何の抵抗もできずに切り裂かれている。
だがそれでも俺は自身に迫るドラゴンの爪を迎撃し、はじき返した。
「――竜の牙は全てを貫く矛である」
でもそれだけでは終わらない。今度はその巨大な口――牙をもって噛みついてきた。
手の先にあった雷の爪を消し、即座に別の魔法に切り替える。
炎を纏った両手を体の前に持っていき、まるで獣の口のように上下に構えた。
「竜牙焦穿!」
ドラゴンの牙と、俺の作り出した質量をもった炎の顎がぶつかり合い、せめぎあう。
だが、それも少しの間のことで、俺の魔法によって生み出された炎の顎がドラゴンの鱗をわずかに貫いた直後、炎の顎はドラゴンによってかみ砕かれてしまった。
「ふむ……竜の翼は何者にも縛られることのできる自由の具現である」
そのまま攻めてくればよかったのに、何を思ったのかドラゴンは翼を広げて空を飛んだ。
俺から距離をとって自身の状態の確認をしようとでも思ったのか。あるいは、空から一方的に攻撃をしようとしているのか。
「竜翼飛天!」
ただ、俺だって空を飛ぶことはできるんだ。
本来はなにも存在していない背中に、きらきらと光を乱反射させる風の塊――翼を生み出し、空を飛ぶ。
「ほほう。うまく飛ぶようになったではないか。数年前は飛ぶどころか浮くことすらままならなかったというのに。まったく、子の成長というのはこうも早く感じるものか」
空中で向かい合う俺を見ながら、ドラゴン――育ての親であるクソジジイは穏やかな表情で感心したように呟いた。もっとも、穏やかといってもドラゴン基準なので、人間からすれば獰猛な化け物顔でしかないけど。
「数年もあれば飛べるようになるに決まってるだろ! 竜の時間感覚がおかしいんだよ!」
ドラゴンは何十年どころか、何千年も生きる存在である。そんな存在だから、時間間隔が人間とは違うようだ。
人間の百倍の時間を生きるドラゴン。単純に人間と百倍時間の流れが違うと考えると、人間にとっての一年がドラゴンにとってはたった三、四日程度のものとなる。
俺がこの世界に生まれ変わり、現在に至るまでおよそ十三年の時が流れたけど、ドラゴンにとっては一か月程度の感覚でしかないのだから、話が嚙み合わないことが多々ある。
人間にとっては十年も時間があればこのくらいはできるようになるってのに、まったく。
「ほんに良く飛ぶようになったものだ。……だが――」
目の前にいる育ての親であるクソドラゴン――通称ジジイは楽しげに笑い、直後自身の正面に高密度の魔力の塊を作り始めた。
「竜の息吹は避け得ぬ終わりをもたらす光であり、己の誇りを貫き通す意志の輝きである」
これこそがドラゴンの代名詞。数あるドラゴンを題材とした物語の中で必ず出てくるドラゴンの必殺技。邪悪な竜として出てきたのであれば滅びの象徴であり、味方として出てきたのであれば勝利の福音となる――兵器。
「ちょっ! 待てクソジジイ! 流石にそれは無理――」
「気張るのだぞ、グランディオール。防げねば死ぬぞ」
死ぬぞ、なんて簡単に言ってくれるなあ!
ジジイは本気だ。たかが訓練で、しかも自分の子供に向かって最終奥義を放つつもりでいるらしい。
あんなものを喰らったら一撃で……いや、一瞬でこの世とおさらばすることになる。
生まれ変わってまだ十年ちょっとしか生きていないうえ、このドラゴンが暮らしている森から出たこともないっていうのに、死ねるわけがない。
ジジイの攻撃を無効化、最低でも死なないで済む程度の威力に相殺するため、必死になって魔法を構築していく。
だが、遅い。そりゃあそうだ。この魔法、普通ならドラゴンが寿命の半ばを超えたあたりで覚えるような魔法だぞ。それをたかが十数年しか生きていない俺が完全に使いこなすなんて土台無理に決まってるんだ。
「気張ってどうにかなるもんじゃねえだろおおおおお!」
だがそれでもやるしかない。
直後、放たれた攻撃――『ドラゴンブレス』に対して、俺も叫びながら同じ攻撃を放つ。
お互いの攻撃の質の差は歴然。当たり前だが、何千年も生きた爺のほうが上手だ。
それでも必死に抗い、喰らいつき、ジジイのブレスの威力を削いでいく。
そうして俺の中にある全ての力を使って迎撃し、何とか生き残ることができた。
だけど……ああ、だめだ。もう飛ぶ力も残ってない。
そう思った直後、空を飛ぶための翼が消え、俺は地面に向かって落下していった。