ドラゴン村の外の強さ
「凄まじい力ですね」
「ん。まあこれでも加減したんだけど……ドラゴンとばっかり戦ってたから感覚がズレてるのか?」
普段はジジイを相手にしてたし、違う相手と戦うにしてもだいたいみんなドラゴンだった。というか、俺の今生の戦闘経験って、その九割九分がドラゴンだ。たまに森の中にいた魔物を倒したことがあったけどそれでもこんな簡単に死んでなかったぞ。せめて一発は耐えていた。
「ドラゴンの暮らすような森に生息する魔物と比べれば劣りますよ……」
どうやらそういうことらしい。そうか。ドラゴンは規格外だってのはさすがに理解してたけど、その森に棲んでる魔物も規格外だったのか。次からは爪一本で攻撃するようにしよう。
「ですが、竜の魔法はあまり使わない方がよろしいかと」
「なんでだ? いやまあ、俺だって理由もなく暴れたいわけじゃないけどさ」
確かに、戦いの度にこれだけの被害を周囲に出してるようじゃ問題かもしれないけどさ。でも俺だって被害を出したいわけじゃないし、威力を押さえれば普通に戦えるぞ。……多分戦えるはずだ。
「あまりに強力すぎるからです。あなた様とドラゴンの戦いを拝見させていただきましたが、普通の魔法使いはあれほどの戦いはできません。あれほどの規模の魔法を使うことも、それに迫ることもできません。今の魔物も、騎士団が複数組んで倒す相手です」
「は……あの程度で?」
そういえばここで戦って見せなくても、すでにジジイとの闘いを見てたんだったっけ。
なんて思ったのもつかの間。今倒した……というか消し飛ばした魔物でも強者の部類に入ると聞いてしまえば驚かざるを得ない。だって……なあ? 普段の半分に威力を押さえた攻撃でしぬようなやつだぞ? あの感じなら爪一本でも十分倒せるだろうし、それなのに騎士団が複数必要って……冗談だろ?
「空を飛ぶことは魔法使いにとっての夢であるとさえ言われているほどです」
「夢? まあ確かに空を飛べたら楽しいけど……」
始めて空を飛んだときは胸が躍った。飛行機で空を飛んだことはあったけど、そんなんじゃなくて自分の意志で好きに飛んで風を……いや、空を感じるのはなんとも言葉にしがたい爽快感であふれていた。
だから他のやつらも空を飛びたいという思いは理解できる。それを夢と呼ぶのも理解できる。だって楽しいもん。
でも、そんな俺の言葉を聞いたライラは首を横に振りながら答えた。
「そうではありません。魔法使いとは遠距離による攻撃を有する者です。そんな者達が空を自由に動き回ることができたらどうなるか、ご理解できますか?」
ああ、戦いという視点か。それなら考えるまでもない。だって俺は知ってるんだから。前世の歴史がすでに空を飛べるものの優位を語っている。
いろいろとできることはあるが、そのどれもが結局一つの結論に至る。
「……まあ、対地上戦では圧倒的な有利を取れるだろうな」
つまりはそういうことだ。連絡、移動、攻撃、偵察、その他もろもろ。どれをとっても有利に戦いを運ぶことができるようになる。それほど空を飛べる、というのは恐ろしい武器なのだ。
「はい。各国で研究されていますが、せいぜいが浮遊し、その場に留まる程度の魔法です。空をとび、自由に移動する魔法は存在しておりません」
人間って、そんなに弱かったのか……。
いや、流石に俺だってドラゴン並みに魔法が使えるとは思ってなかったさ。でも、空も飛べないなんてちょっと遅れすぎてない?
「使ったら目立つ、なんてどころの話じゃないってことか。あとは、それと同格の他の魔法も」
「はい。ご自身の身を守るために武力は必要でしょう。使うとなればためらわれる必要はありません。御身の安全が最も大事であることは事実ですので。しかしながら、できる限り魔法の使用は控えていただきたく申し上げます」
「……分かった。これから結構長い旅になるだろうし、その間問題を起こしてもいいことないだろうしな。ドラゴンの魔法は極力使わないようにするよ」
「ご理解いただき感謝いたします」
でも、空を飛べないのは仕方ないにしても、それ以外の魔法も使えないってなると……俺どうやって戦えばいいんだ? 竜爪雷斬の爪一本分ですら強い攻撃に分類されると、それこそ身体強化して殴るくらいしかやることないぞ。
……いや、もしかしたらそれでもいいのかもな。だって俺の身体強化ってドラゴン準拠っていうか、基準がドラゴンと殴り合えるかどうかだし。多分普通の人間からしたら化け物クラスだろ。
「まあとりあえずなんだけどさ。――これ、どうしよっか?」
さっき倒した鱗の生えた犬だけど、これをこのまま放置するのももったいないよな?
ひとまずは解体して使えそうな場所だけ回収。あとは……食べるか。丁度お昼時だし、これから歩き回ることになるだろうから体力はつけないとな。
——◆◇◆◇——
「解体するのも結構時間食ったな」
いきなりこんなところに飛ばされたせいで碌な道具がなかったけど、何とか肉とか鱗とか使えそうなところを回収できた。
肉はすぐにダメになるだろうからこの場で食べるしかないけど、鱗なんかはどこかで売って旅費の足しにできるんじゃないだろうかと思っている。なんて言っても俺たち、今無一文だからな。
ライラは荷物は全部部隊の方に預けてあるみたいだし、俺なんてもともと金を持ってない……というか今世で通貨の類を使ったことがない。だってドラゴン達って金を保管しても使いはしないし。
「あれほどの硬さであれば、おそらくは竜種の血が流れているのではないかと思われます」
「竜種ねえ……戦ってる時は結構柔らかかったんだけどな」
「あなた様の魔法が強すぎただけなのでは?」
まあ、ドラゴンと比べるのは酷ってもんか。
それは理解したけど、それはそれとしてひとつ気になることがある。
「ところでさ、話し方なんだけどもっと砕けててもいいよ。態度もまあ、良識の範囲内であればご自由に、って感じで。俺の方もそうさせてもらうからさ。まあ、態度も話し方も、とっくに好きにさせてもらってるけど」
なんか堅苦しすぎるんだよな、ライラって。そりゃあ俺は王様の息子らしいし? その部下である騎士なんだからライラが丁寧に接するのは理解できる。でも、それだとこっちが疲れるんだよ。
「そ、そんな! 陛下のご子息ということはつまり王子殿下ということです。そのような方に砕けた態度など!」
「でも、あんたもずっと隊長風の態度って疲れるだろ? もしこれで長い間一緒にいるようなら、どうせそのうちボロが出るぞ。それに、一緒に行動するのにずっと堅苦しい態度とかとられると嫌だし」
俺が疲れるっていうのもあるけど、ライラだって同じだろう。
多分あの空から落ちた時とそのあとに見せたちょっと残念な姿が本来のライラの姿だと思う。それなのにずっと丁寧に接するのは疲れるはずだ。いわば上司や親会社の社長の子供とずっと一緒にいるようなもんだし。
これからどれだけの時間旅をするのかわからないけど、多分一か月くらいはかかるだろう。その間ずっと堅苦しい態度を演じ続けるっていのは、どこかで必ず無理が出てくるにきまってる。
「ですが……」
「ああ、あとはあれだ。そんなあからさまに〝偉い人〟に対する態度をしてると、厄介事とか変なのに絡まれたりするんじゃないのか? 知らないけどさ」
今適当に理由をつけようとして口から出た言葉だけど、案外間違ってないんじゃないかと思う。多分だけどこの世界って、日本とは違って賊とかいるでしょ。そんなやつらの前に金持ちのボンボンが護衛を一人だけ……しかも女を連れているとなったら標的にされるんじゃないかと思う。
「それは……あり得ますね。賊からすれば、護衛が一人しかいない格好の獲物でしょう」
「あ、やっぱり賊とかいるんだ」
「ええ。いくら陛下の治世が素晴らしいものだといっても、その手の輩を完全に消すことはできませんので」
まあそうだろうな。いつの時代、どの世界だろうと、そういうあぶれ者ってのはいるもんだ。それをなくすことを目指して治世をするのが王や政治家ってもんだけど、それはあくまでも理想出会って実現することはあり得ないだろう。




