ドラゴン村の向こう側
「いきなり自分の父親が王様とか言われて思うところはあるけど、それもまあ実際に会ってみないとなんともいえないな。国の状態だってどんななのか知らないし、いい人なのか悪い人なのか全然判断ができないし」
なんだったら、俺の中では〝悪い人〟だ。人間的に、統治者的にどうなのかはわからない。でも少なくとも、子供から見た父親という意味では悪い人だ。だって俺は、捨てられたんだから。
ジジイはそうではないと言う。実際にこうして騎士が迎えに来たんだ。まあ騎士たちとしては遺品の捜索だったかもしれないけど、死んだ後にそんなことをするくらいだから、子供に対する愛情のようなものはあったんだろう。
でも、そうだとしても、俺の視点から見ればただ子供を捨てたようにしか見えない。
とはいえ、いろいろと理由とか事情とかなんかあったのかもしれない、と考えることができるくらいには落ち着いている。だからこそ、一度会ってみてもいいと思ったわけだし。
だからまあ、会ってみるまで判断は保留だ。
「陛下は素晴らしい方です! 治世は安定しており、前王時代よりもよくなったと市民達も話をしています。それに、女である私達でも虐げることなく騎士の道を作ってくださいましたから」
「ふーん。まあでも、実際に会ってからだな。それよりも、今はこの状況をどうにかするべきだよな」
王様が……父親がどんな奴なのか、なんてのは今はどうでもいい。稀代の悪人だろうと聖人のような善人だろうと、今の俺たちの状況をどうにかしてくれるわけじゃないんだから。
「……おそらくここは私たちのいた国ではありません。いえ、それどころかもしかしたら別の大陸かもしれませんね」
「なんでそう思ったんだ?」
「私の格好を見てください」
「格好? ……鎧を着てるな」
言われて見たライラの格好は、なんか高そうで装飾のついた鎧を身に着けている。もっと言うならその鎧はついていた装飾の一部が消し飛んでいたり、全体的に土にまみれてくすんでいたりするけど、それはまあジジイとの闘いのせいだろう。
「はい。ですが、これも夏仕様と冬仕様というものがありまして、今の私は冬用……寒さ対策をしているわけです」
「寒さ対策ねえ……なるほど。気温が違うのか」
多少の気温の差程度、ドラゴンの炎にも耐えられるように鍛えた体からすれば誤差でしかないけど、言われて見ればドラゴン村よりも暑い気がする。ジメジメ感がないからそれほど不快だってわけでもないけど、鎧だと大変そうだな。
「その通りです。先ほどまで……ああいえ、竜の森に入る前までの話ですが、これで丁度良い気温だと感じていましたが、今は少し暑さを感じています。ここまで気温が違うと、国を跨いだ程度では済まないのではないかと」
「大陸の端の方に送られたとかは? 国が違うのは分かったが、大陸が違うとまでは言い切れないんじゃないのか?」
日本だって沖縄と北海道じゃ気温が違っていた。本州に限った話でも、青森と山口ではだいぶ違うだろうし。気温が違うってだけで別の国と判断するのは早計ってやつじゃないのか?
「いえ、それはないかと。暑くなったということは南へと移動したと考えられますが、私たちのいた場所――竜の森は大陸の南端でした。その先には竜の生息域である竜界しかありません」
「暑い場所ってなると竜界の向こう側だけどその先には陸はなく、別の大陸しかない、か」
俺はあのドラゴン村以外この世界を見たことがないが、陸地の形くらいはジジイに教えてもらったことがある。
簡単に言えば、この世界は真ん中に一つとその上下左右に大陸がある感じ。そして真ん中と上の大陸は繋がってる。というような状態だ。
なので正確に言えば四つの大陸といえるが、真ん中はドラゴンたちの棲み処である竜界であり人間の立ち入りはできないので、陸地でつながっているものの独立した一つの大陸として考えられているらしい。
そして俺が暮らしていたドラゴン村は、竜界と上側の大陸の境目当たりに存在している森の中にあった。
だからここが竜界でないのだとしたら、そのさらに先である別の大陸に転移してきたってことになるか。
「はい。ですので、ここはおそらく別の大陸。私たちの国とは竜界を挟んで反対側であると考えられます」
「別の大陸か……戻る場合はどれくらいかかりそうかわかるか?」
「どうでしょう……私も他の大陸に渡ったことがありませんのでなんとも。申し訳ありません」
「いや、いいよ。俺だってわからないし。でも……んー、竜界の向こうっていうんだったら、空を飛んでいくわけにもいかないしなぁ」
空を飛んで大陸を渡ることは不可能ではないと思う。けどまだ長時間の飛行はできないし、竜界の上を飛んでたら本物のドラゴンに撃墜させられそうな気がする。
仮にこそこそ隠れながら飛んだとしても途中で休みを入れながらじゃないと無理だ。その場合竜界に足をつけることになるわけで、まず間違いなくドラゴンに遭遇することになる。なんだったら積極的に襲われることになるはずだ。だから飛んでいくのは無理。
まあ、竜界を避けて他の大陸を経由して飛んでいくのはできるかもしれないけど、お互いの距離がわからないとちょっとな……。渡りきる前に途中で疲れて墜落しそう――。
「空を……飛べるのですね」
「え? ああ、そりゃあまあ。ドラゴンにとっては基礎だし」
攻撃用の魔法を教えられる前に空の飛び方を教えられたくらいだ。まあ、それでもまだ本物のドラゴンほどうまくは飛べないけど。
「竜の魔法ですか。ドラゴンに育てられたというのは、本当なのですね」
「まあな。……ああ、ちょうど良いところに」
普通はドラゴンに魔法を教えてもらったって言っても信じられないだろうな。この世界の常識を知らない俺でも常識外れだってことは理解できる。
ただ、信じられなくても実際に見せれば納得してもらえるだろうし、納得せざるを得ないだろう。
なのでちょうど近くにいた……というか、近くに来た魔物を相手に竜魔法を実演して見せよう。
「っ! お下がりください!」
「いや、いいよ。俺がやる」
騎士としては俺を護衛して主の許……国王のところに連れていきたいのだろう。そしてそのためには俺に危険なことをしてほしくないのかもしれないけど……
「この程度なら……二本……いや、油断しすぎるよりは三本でいいか」
あいにくと、この程度は危険の内に入らないんだ。俺だって、一緒に行動することは認めたけどあんまり制限をかけられるのは嫌だし、一度実力は見せておいて多少のことでは放っておいても大丈夫なのだと教えておきたい。
「竜爪雷斬!」
相手は俺の伸長を優に超える鱗の生えた犬。……多分犬。
ジジイと戦った時とは違い相手はドラゴンではないため、雷の爪を作る魔法を普段の半分程度の威力に抑えての攻撃を行ったのだが……
「なんだこれ……二本どころか一本でも十分だったか?」
魔物の体はきれいに切断……されることなくその大半が消し飛んだ。ついでに周りの草木も消し飛んだ。なんかもう、切ったっていうか抉り取ったって感じがするんだが?




