ジジイ:これはこれでいい経験になるだろう
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Sideバルグラン
「馬で二週間程度の距離にしてはいささか設定が遠すぎるような気がするが……」
「え……?」
「あ――」
人間の騎士が使用した転移の魔法具。その構成を見て感じた疑問を口にした直後、それまで人間たちを全員範囲内に収めるほどの規模だった魔法陣が一気に収縮し、発動者である騎士、そしてそのそばにいたグランディールだけに魔法が作用した。つまり、二人だけが転移したということだ。
「え? え? あれ? なんであたし達は残ってんの!?」
「た、隊長!? 隊長はどこへ!?」
この反応から察するに、この者たちもこのような事態になるとは思っていなかったのだろう。
この者達の企みではない。加えて、転移魔法具は人間の中では相応の貴重品であり、私物ではありえない。事実、あの騎士も誰ぞから支給品として渡されたといっていた。
かといって先ほどの発動を見ていると、事故での暴走によって二人だけが消えた、というわけではない。二人だけ……いや、発動者とその周囲、極近い範囲だけが目的地とは違う場所に転移するように設定されていた。
であるならば、これはアの魔法具を渡した誰ぞの企みによるものであると考えられる。なぜ仲間であるはずの騎士にそのようなことをしたのかと言ったら……
「……人の業が度し難いのはいつの世も同じということか」
つまりはそういうことであろうよ。仲間であっても仲間ではなく、敵でなくとも敵である。
はるか昔、ワシが人間であった時と何ら変わってなどいないというわけだ。
「何一人で分かった気になってんだよ、バルグラン」
「不良品をつかまされた、というわけではないのでしょう?」
「さてな。その可能性も考えられないわけではないが……」
どういった手段で魔法具を手に入れたのかわからんが、ミューテリアスの言うように不良品を掴まされており、そのことに気づいていなかっただけ、ということもないわけではない。詐欺師のような技術の伴わない魔法使いが転移先を設定した可能性はありうるし、魔法具自体にふみがあり、転移先を設定した後に歪んでしまったことも考えられる。
だが、そういった事故にしては範囲の設定と行先の設定がしっかりしていた。
やはり故意に引き起こされた事態と考えるべきだろう。
「おそらくは人の政に巻き込まれたのであろうさ」
「政お〜? んだよ。だったら人の街を十か二十潰しとけば解決すっか?」
「バカね。するわけないでしょ。やるんだったらあの子が竜の身内だってことを広めてから国を潰さないと」
「はあ……どちらもバカ者だ。たわけ共。そんなことをしたらあの子は人の世で暮らしていくことができなくなるではないか」
あの子のせいでドラゴンが暴れ、国が滅んだとなれば、あの子はもう人間の世で暮らしていくことは叶わなくなる。どこに行っても『ドラゴンの子』という評価が付きまとい、畏怖される存在となる。それではあの子を人の世に戻した意味がない。
「そも、さほど気にすることでもあるまいて」
「はあ? なんでだよ。政なんて言ってたが、要は罠に嵌められたってことだろ?」
「ふむ。ではお前達は、あの子がたかだか人間如きの罠にかけられた程度で死ぬとでも思っているのか?」
人ごときの策略によってあの子が罠にはめられたことは腹立たしい。それは認めよう。
だが、だからといってあの子が何か重大な怪我を負ったり、あまつさえ死んだりするのかと言ったら、それはあり得ない。そんなものは、ドラゴンがゴブリンに傷つけられるくらいにありえない。何せ、あの子はすでに並のドラゴンよりも強いのだから。
「「……」」
今までは罠にかけられた、という意識だけが先行していたようだが、そのことを思い出したのかドルドレインとミューテリアスは目を丸くしながらぴたりと動きを止めた。
そして、それまではなっていた殺気を鎮め、それぞれ笑みを浮かべだした。ようやく理解したか、バカ者ども。
「ガハハハッ! そりゃあそうだ。いや、そうだな。ワリイワリイ。あいつがたかが人間程度の企みで死ぬわきゃねえな」
「それに、企みって言っても所詮は転移を絡めたものでしょう? なら大したことにはならないわね。せいぜいが上空か地中か水中か、あるいは武装した人間の群れの中に放り込まれるだけでしょうし」
「いつ発動するのか分からぬ状況で兵を待機させ続けるのは難しかろう。水中と地中は、そもその場に辿り着くことが出来ねば罠として転移先を指定できん。唯一空だけが目視による設置が可能となろうな。だがそれとて所詮は〝人の見える範囲〟での設置になる。星海にまでは届かんだろうさ」
転移魔法具は、それ単体で使用できるものではない。これは転移魔法もそうだが、一度その場所を認識する必要がある。
人は空から落ちただけで死ぬのだ。無駄に手間をかけて水中などを選ばずとも、見える範囲の空に転移させればそれでおしまいだ。ならば、おそらくは転移先は空を選ぶことだろう。
もっとも、仮に空でなかったとしても問題などないだろうがな。水中でも地中でも、すべてを吹き飛ばして出ればそれで終わりなのだから。あの子ならそれができる。
「あっそ。ならなんの問題もないじゃない」
「だなぁ。流石に星海にまで届くと厳しかったかも知れねえけど……ま、それでも帰って来れるか」
「そう言うわけだ。あの子のことなど心配する必要はない。それよりも……」
あの子のことは問題ない。だがしかし、だからといってそれで問題は終わりかというとそうではない。
「ひっ……!」
ワシら三人に睨まれた人間たち。その一人が恐怖から声を漏らした。
ふむ。ワシとしては睨んだつもりはないのだが、ドラゴンの顔など人間には見分けはつかんか。むしろ、見分けのついていたあの子がおかしいのだろうな。
などと人間時代の記憶を思い起こし、苦笑を漏らす。だが、そんな苦笑も人間にとっては単なる凶暴なドラゴンがうなり声をあげているだけに思えるだろう。
「なんだ、殺すのか?」
「まああの子を殺せないとしても、罠にかけたと言う事実は変わらないものね」
「あ……ああ……わ、わたしたちは……」
本当に何も知らなかったのだろう。かわいそうなほどに震えながら弁明しようと声を発しているが、その言葉はまともに紡ぐことはできていない。
「殺さんよ。どうせこの者らも敵に嵌められただけであろうて。潰すのならばその〝奥〟にいるものにしなければ意味がない」
この者らは問題ない。ただ巻き込まれ、利用されただけの存在だ。
ならば、その利用した者をどうにかしなければなるまいよ。ワシも、あの子には問題ないとわかっているが、それでもあの子が罠にかけられたという事実は気に入らんのだ。少しくらい灸を添えてもよかろうよ。
「ただ、お前達にも知っていることは吐いてもらうぞ。今は良くとも、いずれ滅ぼさねばならん相手であることには変わらんのでな」
今はまだ手を出さん。これもあの子の経験になろう。人の世で生きていくのであれば、政治的に利用されることもある。その勉強のための教材として考えれば、今回の件を引き起こした下手人はちょうどよい相手だ。だから今はまだ手は出さず、あの子に対処させる。
だが、あの子が戻ってきて、一区切りつけた後は、その関係者すべてを滅ぼさねばなるまいよ。そのためにも、獲物については知っておかねばならん。
「旅立ちにしては少し慌ただしいが……これはこれで良い経験となろう」
想定していた状況とは違うが、世界を見る、という意味では単純に父親のところへ向かうよりも良かったのかもしれない。
なんにしても、今回の剣は良い経験になる。頑張るのだぞ、グランディール。誇り高き我らが子よ。




