家族
「――ここ、かな」
「……ああ」
翌日、俺は国王と共にジジイに教えられた場所にやって来た。
そこは鬱蒼とした森の中であり、周りには何の人工物もない。それどころか生き物の気配すらない。それは森が死んでいるとか強力な魔物が済んでいるというわけではなく、ジジイがこの場所に結界を張っていたかららしい。
どうやらあのジジイ、俺にはこの場所のことを教えなかったくせに、この場所の維持はずっと行い続けていたようだ。
そんな何もない場所に結界まで張って何を守っていたのかと言ったら、これだ。俺達の目の前にある、この場所で唯一存在している人工物――墓。
誰の墓かなんて、言わなくてもわかる。俺の母親で、国王の妻のものだ。この場所はそんな人物の墓を守るために存在していた。
どこかの英雄たちのように盛大な装飾があるわけでもなく、碑石があるわけでもない。どこかの岩から切り出した直方体の石に、〝子を守った母親〟とだけ書かれている簡素なもの。
それでも確かに弔われているものだった。
「ここにいたのか。こんなところに……」
その墓を見るなり、国王は徐に墓石の前に向かって歩き出した。
そして、墓石の前までたどり着くと、がくんと膝から力が抜けたかのように崩れ落ちた。
「――すまない。すまない。俺はお前達を守ることができなかった。守るから大丈夫だと大口をたたいておきながら、俺はあの時、ただ逃がすことしかできなかったっ……」
墓石に手を伸ばし、震える声で謝り、懺悔する国王。そんな背中を見て、なんだか足下が揺れるような、自分が立っている位置が正しいのかわからなくなるような、そんな感覚がした。
足下だけじゃない。見ている景色も薄い膜を一枚隔てたかのような、自分だけ世界から弾かれてしまったかのような疎外感がある。
「でも、安心してくれ。流石はお前の子だ。強いよ。俺なんかよりも、よっぽど強い。きっと育ててくれた方が素晴らしい方だったからだろう。それに比べて俺は、父親らしいことなんて何もしてやれていない。王になったからなんだっていうんだろうな。王になれば何でもできると思っていた。後悔をしないようになれると思っていた。でも、現実はどうだ。ついこの間だって、せっかくお前の子が帰って来たというのに俺は抱きしめてやることもできなかった。それどころか命を狙われることになったんだ。笑えるだろう? こんな情けない奴が父親だなんて」
目の前で話している国王の言葉も、耳に届いているはずなのに聞こえない。
なんでそんなことを感じているのかは、なんとなくわかる気もする。多分、俺がこれまで見てきた〝王〟ではない姿を見せているからだ。
凄い人だと知っている。強い姿も見た。色々事情があっても父親であろうとする立派な人だ。
そんな人が自分の妻の墓の前で泣いている。
あの姿を見て、途端に自分のことに目が向くようになった。
母親が死んで、父親が墓に向かって泣いて………………で、俺は?
あの人は父親であろうとしていたけど、俺は本当に子供であろうとしたか? ちゃんと向き合ってきたのか?
――いいや。俺は向き合ってこなかった。両親の想いから。母親が俺に生き残ってほしいと戦って死んだ願いから。父親が俺のことをずっと探してくれていたという事実から。
その現実が重く、心を揺さぶる。
「それでも……父親らしいことなんて何もできないかもしれないけど、それでもあの子は幸せにして見せるから、安心していてくれ」
話し終えたのだろう。国王は……父、さんは立ち上がり、墓に向かって力なく笑いかけた。
その姿を見てハッと気を取り直した俺はぎゅっと目を瞑ってから再び開くことで意識を〝今〟へと戻した。
「ああ……恥ずかしいところを見せたな」
墓からこちらに振り返った……父さんが、バツが悪そうに眉尻を下げてそう言ったが、どうやら俺がいることを忘れていたらしい。
でも俺は、そんな父さんのことを恥ずかしいとは思えない。本当に恥ずかしいのは、俺の方だから。
「いえ……。俺も、手を合わせてもいいですか?」
「ああ。そうすると良い」
そうして俺は父さんの横を抜けて、母親の……母さんの墓の前にひざをつく。
この国における死者への祈り方なんて知らないので、前世のように手を合わせながら目を瞑る。
……母さん、初めまして。俺は――
と、心の中で話しかけようとしていた言葉を途中で止め、目を開けた。そして一度後ろにいる父さんの方を振り返り、その顔を見た。
俺が何をしているのかわからないのだろう。父さんはいぶかし気に俺のことを見返しているが、そんな父さんの姿を見ながら一度だけ深呼吸をし、再び母さんの墓へと向き直り、口を開いた。
「……俺は、正直なところあなたのことを親だとは思っていません。別に嫌っているわけではないけど、顔を見ないまま別れ、今まで名前すら聞くことなく育ってきた。そんな状態で知らないところで死んだ人を親と思えというのは無理というものです。父親のことも、そうです」
これは母さんだけじゃない。父さんにも聞かせている言葉で、俺の懺悔だ。
格好つけず、プライドなんて気にせず、ただただ心の中の想いを言葉にして吐き出していく。
「ただそれでも、あなた達の子供でよかったと思います。子供を守るために剣をとったあなたも、妻と子を逃がすために自身を囮にした父も、気高く、素晴らしい人物だと思っています。だからそんな二人の子として生まれることができたことは、俺の人生において最も幸せなことです。俺も、あなた達のように誇りある人間として生きていくと誓います。だから――」
ここからが出発だ。父親のことを知り、母親のことを知った。自分が間違っていると思った。改めなければいけないと、もっと知らなければいけないと思った。だからきっとここからが俺の本当の人生なんだろう。
だけどそのために、まずはやらないといけないことがある。言わないといけないことがある。
「……ごめんなさい。産んでくれたのに捨てられたと勘違いしてごめんなさい。守ってくれたのに見捨てられたと決めつけてごめんなさい。親なんてくだらないと、今まで一度も会いに来ないどころか考えすらしなかった。勝手な思い込みからあなたの想いを貶して、ごめんなさい」
プライドと誇りを、俺はもう間違えることはしない。
前世のようにくだらない無駄なプライドなんていらない。俺はドラゴンであろうと願ったんだ。なら、その願いに相応しく、自分の人生を他人に誇ることができるように生きるべきだ。
謝ることは恥じゃない。自身を顧みて反省し、悪かったところを謝るのは当たり前のことだ。
――そして謝ったのなら次にするべきことがある。
「それから、ありがとうございます」
感謝を伝えることは間違いじゃない。誰かに恩があるのなら、それは感謝をするべきだ。たとえ相手が感謝を求めての事じゃなかったとしても。
「産んでくれてありがとう。守ってくれてありがとう。あなたのおかげで、俺は今を生きることができています」
顔を知らない。声も知らない。どんな人だったのか、どんな人生だったのか、俺はほとんど何も知らない。
それでも命を懸けて守ってくれたことだけは知っている。守ってくれたからこそ俺が生きている。
「正直なところ、父親と仲がいいとは言えません。敵対しているわけではないけど、いきなりだったからどう接していいかわからないんです。でも、父親であることは理解しているし、いつかはもっと普通の親子になれると良いとは思っています。だから、またいつか。いつになるかはわからないけど、いつかは俺達が本当の親子になれた姿を見せに来ます」
今はまだ上っ面だ。上辺だけを取り繕っている偽物の親子でしかない。
それでも、本物になりたいとは思っている。そう思えるようになった。だからまた、いつか本当の親子になる事ができた時はここに来よう。せめて、親子として何かをしたんだって思い出を、自身を持って語れるようになったらここにきて、俺と父さんで一緒に教えてあげよう。
「行きましょう、父上」
立ち上がり、待っていた父さんにそう告げる。
「……ああ。――いや、待て」
「? どうかされましたか?」
「お前は……」
俺を呼び止めたと思ったら目を閉じ、頭を動かし、目を開いたかと思えば右に左に顔を動かしてあらぬ方向を見ている。どうしたんだろうか?
「どう接していいのかわからないのは私……俺も同じだ。仲良くなりたいと思っているのも……同じだ。だから、いつかと言わずに今、親子としての姿を見せてやろう」
「親子としての姿って……」
と、俺の疑問を遮るように父さんが剣を抜き、それを俺に差し出してきた。
どういうつもりだ、と思っていると、父さんは鞘だけを手に持ち、構えだした。
「親子というのは、こうして遊ぶものだろう?」
それはそうかもしれないけど……もしかして〝いつか〟じゃなくて〝今ここで〟親子としての姿を見せようとしているのだろうか?
「それは……いえ。それ、王族でもそうなのですか?」
「違うかもしれないが、俺達は王族ではなく〝俺達〟だろう? 誰が見ているわけでもないんだ。今くらい、好きにしたっていいだろう」
「……そうですね」
周りは森だらけで誰も見ている者なんていない。この場所にいるのは俺達〝三人〟だけだ。なら、無駄なことなんて考えないで親子で一緒に遊ぶのも、悪くないのかもしれない。
「それでは、父上。息子の力を受け止めて立派な父親であるところを見せてください!」
「ああ。かかってこい!」
妻の前で悪いけど、息子に倒されるかっこ悪い父親の姿を晒させてやるから覚悟しろよ、父さん!
~END~
当作品をお読みくださった皆様、ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
今作は短く話を纏める練習として色々と物語を省略した部分があり、読み手としては疑問に思う箇所もあったことでしょう。特に最後の方の、主人公が国に帰ってからはだいぶ駆け足となり、なんだかよくわからないうちに終わっていた、と思う方もいたかもしれません。その点に関しては申し訳ありませんでした。
今回の反省や気付きを糧に次回からはより楽しんでいただける作品を書いていきたいと思います。
これからも私の作品をお読みいただければ幸いです。
最後までお付き合いいただき誠にありがとうございました。




