生まれ変わりの人生
「何をそんなに拗ねておるのだ?」
国王とバルフグラン。二人の戦いの後はこれといった問題もなく話が進んでいった。強いて問題を上げるなら、人間相手にドラゴンブレスを放ったことでジジイが他のドラゴン達から怒られていたことと、ドラゴンと戦うなんて無茶をしたことで国王が騎士達から怒られていたくらいだろう。
ドラゴンと人間の貿易についての話が済み、今はそれぞれ食事をしたりドラゴンと人間で話をしたりと自由な時間だけど、そんなこれまで見たことがない村の様子を見ていると、人間に化けた状態となったバルフグランがやって来た。
「……別に。拗ねてないよ」
そう。別に拗ねていない。
ただ、気にいらないだけだ。ジジイの態度が。父親の実力が。今の自分が。
「そうか」
「あんたは……」
この先を聞いていいのかわからなくて言葉が止まってしまった。
でも、聞きたかった。あんなジジイの様子は初めてだったから。
「あんたはなんであんな戦いを挑んだんだ?」
ジジイは何を思って戦いに誘ったんだろう。何を思って戦ったんだろう。俺のことをどう思っていて、何を望んでいるんだろう。
そんな俺の問いかけに、ジジイはじっと俺のことを見つめた後、正面を向き直って瞑目した。そしてしばらくすると再び目を開き、徐に話し始めた。
「先も話したが、ワシらは……いや。ワシはお前に救われたのだ。あの日、お前を拾ったあの時、ワシは死のうとしていた」
「え……」
「数千の時を生き、万にさえ届いた命だが、その大半が無為なものだった。無為に生き、その在り方を嫌悪し、人に戻り旅をしてみたが、ついぞ得られたものは何もなかった。人と竜は違う。そのことを、この姿となって初めて理解したのだ」
ジジイが死のうとしていたことも、寿命が近いことも驚きだ。でもそれよりも気になったことがあり、俺は思わず立ち上がってしまう。
「ま、待った! 人に〝戻った〟って……それにその言いざまだとまるであんたは……」
「人だった。そう思っているのならそれは正しい。ワシは竜であって竜ではない。この身この命は竜のものであれど、魂は人のものだ。つまるところ人間の生まれ変わりだ。――お前と同じでな」
「っ! ……知って……」
予想外過ぎる言葉に目を見開き驚く。何か言おうとして、でも何を言えばいいのかわからなくて言葉が止まってしまう。言い訳をすればいいのか、事実を認めればいいのか、自分もどうしてそうなったのかわからないと言えばいいのか、色々な考えが渦巻き、全てが渦に飲み込まれて出てこない。
「分かっていたとしてもおかしくなかろう? 何せ自分も同じ経験があるのだ。振る舞いを見ていれば理解もできるというものだ。もっとも、前世のお前が何歳であろうと、今のワシにとっては大して変わらんがな。どうせ最大でも百年程度しか変わらんのだ。赤子と変わらんよ」
だがジジイはそんな俺の混乱を見て笑いながら答え、そんな気にしていない様子を見て俺は少しだけ落ち着くことができた。
でも、それはそうか。元が人間だったとしても、ドラゴンとして生きた時間の方が長いんだ。人間としての時間なんて〝短い時間〟を気にするわけないものだろう。
「……お前との出会いは、ただの偶然だった。自身の寿命が突きかけていると感じたワシは、少しでも何か手に入れることはできないか。何か自分の中に残すことは、あるいは自分を誰か、どこかに残すことはできないかと考え、あてどなく歩いていた。かといってどこに行くでもなく、村の周りをただ歩き回っていただけなのだから、はたから見ればボケて散歩をしている老人だっただろうな」
ジジイの話を聞いても、とてもではないけど本当にジジイ本人の話なのか疑問に思えてくる。何せ話に出てくるような姿のジジイなんて今まで見たことがないんだから。ボケた様子なんてなく、自分から死を望むこともなかった。何か残そうとか作ろうとか成し遂げようとか、そんなことで悩んでいるなんて一度も見たことも聞いたこともない。
「そんな折、お前達を見つけた。お前を連れていた女は死んでいたが、使命感からかそれとも情があったのか、守ろうとしていたのだろうな。どちらにしても命がけで守ろうとし、生き残っていたお前を見つけ、気まぐれで育てることにした。そうして拾い、育てた後、ただの人間であったお前が……確実に前世とは違う人生を歩んでいるお前が、ワシらを受け入れ、その生きざまを素晴らしいものだと讃えた。さらにはその在り方を真似ようとまでしていたのだ。驚きと同時に、喜びを感じたものだ」
そう言って俺のことを見つめてきたジジイの眼差しはとても柔らかいもので、そんな眼を向けられてなんだか気恥ずかしくなってそっぽを向いてしまった。
「そしてそれは、他の者達も同じであろう。お前はワシらにとって、ある意味で本当の子供以上に大事な子供なのだ。その行く末が気になるのも無理からぬことであろう?」
「そっか……」
いろいろ言われたし、思っていた以上に想われていて恥ずかしいし照れもした。でも、それ以上に嬉しかった。
「……その姿は、あんたが人間だった時の姿なのか?」
「いいや。何せ人に姿を変えることができるようになったのは何百年も生きてからだ。昔の姿など、とうに忘れた。だが、まったく関係ないとはいかないだろうな。記憶にかすかに残る残滓程度には混じっているはずだ」
けれどそんな姿を見せるのもそれはそれで恥ずかしくて、俺は強がって何事もないかのように振舞う。
そんな俺を見てジジイは尚も微笑んでいるのを見るに、きっと俺の内心なんてバレバレなんだろう。
「――お前の母親の墓を教えよう」
話が途切れ、ただジジイと並んで村の様子を眺めていると、不意にそんなことを言われた。
「母親の墓? そんなのあったのか?」
「うむ。だが、お前は母親に……というよりもこの世界の親というものに執着をしていなかったのでな。そんな状態で教えたところで、何も思うところなどなかろう。せいぜいが母親がどうなったのかを知り、頭の中から外す決断をする程度だろう。だがそれでは故人があまりにも不憫だ。そう思ったから教えてこなかったが、だが今は違うのではないか?」
「……まあ、そうかもね」
実際、自分のことを捨てたと思っていた親の事なんて意識になかったし、ろくに考えもしなかった。
でも森から出て、ライラから話を聞き、父親に会い、改めてこの森に戻って来たことで、その考えも変わっている。
母親とは思えないかもしれない。でも俺のことを捨てたとも思えない。
どっちつかずではあるけど、だからこそ今一度よく向き合うべきなんだろう。
「後であの国王と共に向かうといい。親子で話し合う機会はあるべきであろう」
ジジイはどこか寂しそうな様子でそう言って立ち上がり、どこに行こうとしているのか歩き出した。
「……俺にとっては、あんたも俺の親だよ」
離れていくジジイの背中を見ながらそう呟いたが、これは本心だ。
たとえ本物の父親が出てきたんだとしても。今後はその父親と一緒に暮らすことになったんだとしても、それでもバルフグランというドラゴンが俺の父親であることは間違いない。
ジジイが一瞬足を止めた気がするけど、それはきっと気のせいだろう。




