父親対父親
「ち、父上……? いきなりなに言ってるんですか!?」
国王の言葉に思わず声を荒らげてしまったが、無理もないだろ? だって話し合いに来たはずなのにいきなりドラゴンと戦おうとするなんて――
「よかろう」
何言ってんだこのクソジジイはっ!?
戦いを仕掛ける方も仕掛ける方だけど、応える方もどうかしてるだろ。相手はただの人間なんだぞ。それなのにドラゴンと戦うなんて……気軽にやるようなことじゃないだろ!
「ジジイ! なんでそんな戦うなんてことになるんだよ!」
「さてな。ワシは挑まれたから受けただけの事よ。お前も理解していよう? 竜は挑戦から逃げることはないと」
「いやそれは……だけどっ!」
確かにドラゴンは戦いを挑まれたら逃げたりしない。それは俺自身がよく知ってる。何せこれまでそうやって生きてきたんだから。
でも、今回の相手は一国の王だぞ。もし殺したり大怪我させることになったらどうするんだよ!
「それに、もとよりこうなることは理解していた。というよりも、それを望んでいたというべきか。お前の父親も、それを理解しているからこそ挑んできたのだろうさ」
「どういうことだよ」
最初からこうなることを分かっていたっていうのも、挑まれた側であるジジイの方がそれを望んでいたっていうのも、まったく理解できない。そんなこと一言も言っていなかったじゃないか。
だがジジイの言葉は本当だったのか、国王がジジイのことを見ながら答えた。
「バルフグラン殿は俺のことを『勇者』と呼んだ。王や英雄であればわかる。だが俺は決して勇者と呼ばれるような者ではない。にもかかわらず呼んだということは、それだけの理由があるということに他ならない。ならばその理由は何かと考え、バルフグラン殿との戦いが思いついたというわけだ。古来より、ドラゴンに挑む剣士のことを『勇者』と呼ぶことは良くあることだからな」
「だとしても、じゃあそもそもなんでジジイは――」
ジジイの方から先に国王と戦うことを求めたっていうのは分かった。誘い、というには不十分すぎるやり取りだと思うけど、お互いがそれに気づいたのならそれだけで十分だと言える。
とはいえ、そもそもなんで戦いに誘ったのかがわからない。
なんでジジイは国王を戦いに誘ったのか。そのことを聞こうとしたのだが……
「それにな。俺としても一度手合わせをしたいと思っていたんだ」
真剣な表情で剣を抜いた国王によって、俺はそれ以上問うことができなかった。
いったい、何だって二人ともそんな真剣に戦おうとしてるんだよ。
ジジイ……あんた今までそんな真剣な表情で戦ったことないだろ。俺と戦った時……俺がこの森を出ていくときでさえ、あんたは子供の遊びに付き合うようなどこか困った様子だったじゃないか。それなのになんで……
「バルフグラン殿が悪竜でないことは理解している。だがお前の父親として、お前がどんな存在の許で育ってきたのか。知らなければならないからな」
バルフグランのことを見ながらちらりと横目で俺のことを見てきた国王。その言葉で、その振る舞いで、どうして国王がバルフグランに……ドラゴンに戦いを挑もうとしているのかが分かった。
父親……そう、父親なんだ。俺達の関係はまだ本当の親子とは言えない上っ面……いや、上っ面すらまともに取り繕うことのできていない名目上の親子だ。俺自身、どう対応していいのかわからず人前では〝父上〟と呼んでいる者の、自分の内心では〝国王〟と呼んでいるし。国王自身も俺との距離感を図りかねているだろう。
それでも、国王にとっては俺は息子で、自分は親だと認識している……いや、自覚している? ……ううん。そうありたいと願っている、かな。俺がドラゴンの仲間でありたいと願っているのと同じように。
そうして考えた結果が、この戦いなんだろう。戦って何がわかるのか、国王が満足できるのかはわからないけど、それでも本人にとってはやる必要があるんだろう。
「よかろう。〝ワシら〟としても、これまで育ててきた子がどのようなところに辿り着いたのか、気になっていたのだ」
「……ワシら?」
突然勝負が始まりそうで混乱していたからか気づかなかったけど、いつの間にかその場に集まって来たドラゴン達は皆格好つけるようにオーラを放ち、威風堂々たる振る舞いを見せている。
さっきまでは一人たりともまともに移動しているどころか活動している姿を見なかった。数年単位で寝て、ちょっと起きて食事とか縄張りの確認とかをしたらまた寝る、みたいな生活をしているニートたちが、なんでそんなに気合入れて登場してるんだ。
「なんでみんな……普段は寝てばっかりの怠けものどもなのに」
だが俺が思ったことをそのまま口にすると、ドラゴン達はなんとも言えない情けない表情になり、肩を落としてがっかりした様子を見せた。
「それだけ皆お前のことが気になっているということだ。それこそ、くだらぬ者の許で暮らすことになるのなら、一層の事そんな居場所は滅ぼしてしまえと考えている程度にはな」
そんな俺とドラゴン達のやり取りに苦笑しながらジジイは話しているけど、みんなそんなに心配してくれていたのか? 俺が帰って来た時だって特に何か言ったわけじゃないのに実は心配してくれていただなんて、何ともむず痒い感じがする。
「お前はワシらに〝変化〟を与えると言っていたが、もうすでに変化は与えられているのだ。我ら竜の愛し子よ」
慈しみに満ちた表情に何も言えなかった。
俺が黙ったのを見て、ジジイは尻尾で軽く俺のことを弾き飛ばし、国王と向かい合った。
「無駄に暴れたところで意味などなかろう。いたずらに被害を増やし、無駄な時を過ごすだけだ。故に一撃のみの手合わせとしよう」
「わかりました」
二人が向かい合ったのを見て他のドラゴン達が結界を張る。きっと余波で一緒に来た騎士たちに被害が出ないように、してくれたんだろう。
そして肝心の二人はというと……
「――人は竜に及ばず、なれどこの刃は竜に届く必殺の意志」
剣身が光を放つほど魔力を集めた剣を大上段に構える国王。
「竜の息吹は己の誇りを世界に刻む叫びである」
口元に眩く光る球を出現させたバルフグラン。
そんな二人の戦いは……
「バルダート流剣術、終の型――竜狩り!」
「竜威顕現」
ドラゴンブレス自体はほんの一瞬吐き出されただけ。バルフグランも加減をしたのだろう。それだけでも十分に人を殺して余りある威力だけど、そんなバルフグランの口元から放たれた光線を、大上段からの振り下ろしで切り裂き国王が前進する。
真なるドラゴンブレスに反応できたことも驚きだが、それを斬って前進しているのは驚きなんて言葉では言い表せない程驚愕した。
だがそれで終わりではなかった。ドラゴンブレスを斬った国王は尚も前進し、返す刃でバルフグランの鱗を斬り、血が宙を舞った。
「人とは誠に驚くべき存在だ。十分に理解していたはずだというのに、この歳になって改めて実感することになるとはの」
そんな光景を俺が目を見開いて眺めていると、楽しげな様子でジジイが笑い出し、国王は大きく息を吐いて剣を収めた。
「我らが子を任せた」
「我が子を守ると誓おう」
こうして二人の〝父親〟の戦いは幕を引いた。




