国王、ドラゴンの村へ
大叔父を捕らえてから数日ほど経って、俺達はまたもドラゴンの村に向かっていた。
ドラゴンとの貿易が正式に決まることとなり、そのための挨拶と貿易の締結について話をすることになったのだ。
それはいい。俺が持ち込んだ話だし、ドラゴン達は俺がいないとろくに話ができるかわからないから俺がいるのは理解できる。
でも、同行者が気になる。
「……あの」
「どうした?」
「いえ、その……本当についてきてよかったんですか?」
大叔父を捕まえたあの日、ドラゴンの村には自分が行くと言っていた国王だけど、まさか本当に来るとは思わなかった。そりゃあそうだろ? 何だって国王みたいな一国のトップがこんな辺鄙なところに直接話をしに来ると思うのか。
ドラゴン相手では普通の人間は格落ちする。だから自分のような人間のトップである王が直接行かなくてはならない。
と、これが我が父上の言だ。それ自体は理解できるんだけど……それでもやっぱり無茶苦茶な気がする。
「ああ、問題ない。今のところ国には大きな問題は起きていないからな。ドラゴンとの交渉となれば誰も文句は言わんだろう。むしろ、今後数百年の安泰を得るためには必要なこととして快く送り出していたぞ」
そう言って国王は笑っているけど、なるほど。そういう考えもあるのか。
俺にとっては家族同然のドラゴンだけど、普通の人間にとっては脅威でしかない。そんな存在が隅っこの方とは言え国内に住んでいるとなれば警戒するのは当然だし、その対応には気を張っていたことだろう。
その警戒を緩めることができるとなれば、国王を送り出してでも話を付けようとするのは当然なのかもしれない。
「それに〝俺〟がいない間に悪さをする者はひとまず処理できたからな。元々いつかはやらなければと思っていたが、お前のおかげだ」
「大叔父上は俺が来る前から何かしていたんですか?」
「俺が王を目指していた時に自分の状況では敵わないと早期に悟ったのだろう。途中でこちらの下についたが、玉座を諦めたわけではなかったようでな。貴族たちを裏で動かしていたことや子供達の対立を煽っていたようだ。俺が自由に動けなかったのもおおむねあの人の影響だった」
まあ、なんかしてそうな雰囲気だったしな。でも、何かしていると分かっていても手を出すことができないなんて、やっぱり貴族や王族って大変だよな。
それを考えると今回の俺の行動はちょっとばかり派手にやりすぎたかもしれない。いやまあ、やりすぎだってのは分かっているけどさ。それでも手っ取り早かったのは確かだ。これで俺が王様だったとしたら暴君とか呼ばれるようになるのかもしれないけど。
「だがそれもこれまでだ。さっきも言ったが、お前のおかげだ。ありがとう」
「いえ、別に俺はそれほど何かをやったわけでもありませんし……」
俺がやったというよりも、向こうの自爆だろうと思う。俺があんな無茶苦茶な行動をしなくても、襲撃者を捕らえられた時点でそのうち終わってただろうし。
「いいや、間違いなくお前のおかげだ。あれほど大きく動くとは思わなかったがな」
そう言いながら国王は苦笑しけど、そりゃあ苦笑もするよなぁ。でも俺だけの責任ではないと思う。
「アレは……自分でも不味いかもしれないとは思ったのですが、妹……ユーディットにそそのかされまして……」
「ユーディット? なんだ。お前達はそんなに親しくなったのか?」
「あの襲撃があった日の昼に向こうからやって来たんです。俺を狙っている動きを察して警告に来たようですので、少しは信用してもいいかと襲撃者について相談しに行きました」
「そうだったのか……」
そう呟いてから国王は何かを悩み始め、顔を俯かせた。どうしたんだろう。何か疑問でもあるんだろうか?
「……俺はどうしたらいいんだ」
どう、とは何のことだろう?
そう思ったけど、国王はそれ以上何かを言うことはなく、ただじっと自分の掌を見つめ続けていた。
「ここが魔物の森か。……ここがそうか……」
数日程の移動を終えて俺達はようやくドラゴンの村の手前にある魔物の森に辿り着いた。ようやくと言っても俺はこの間来たばっかりだから感慨も何もないけど。
ただ国王は違ったようで、森を前にして目を瞑った。
何をしているんだろう。そう思ったがその行動の理由にすぐに思い至った。妻のことだ。
国王の妻――俺にとっての母親は、この森の中で死んだ。王子だったころの国王がこのあたりで襲われた時、俺の母親は赤ん坊だった俺のことを抱きながらこの森に逃げ込んだらしい。
その後は詳しく知らないけど、俺を抱いてドラゴン達の村のそばに行ったのは母親ではなく別の女性だったことから、母親は侍女だか騎士だかに俺のことを預けて自分は別行動をしたのだろう。多分、俺を逃がすための囮として。
そのおかげで俺は生き残ることができたんだけど、国王はそのことをどう思っているのか。後悔……は、していると思う。じゃないとあんな悲しそうな顔はしないと思う。
「さあ、行くぞ」
瞑目してからしばらくして、目を開いた国王が静かに号令を下して俺達は森の中へと入っていった。
今回は前回と違いまともに動けるものばかりが集められているので、半日も歩けばドラゴンの村に着くことができるだろう。
「……父上。母親……母上はどんな人だったんですか?」
「……どんな、か。そうだな。……強い女だった。騎士としても、人としてもな」
森の中に入ってしばらくしたが、先ほど森の前での国王の姿が忘れられず、思わず問いかけてしまった。
国王はそんな俺の問いに少しだけ驚いたように目を丸くした後、一瞬だけ足を止めてから思い出に浸るような表情で答えた。
「私は今でこそ『剣王』などと呼ばれているが、それでもあいつには敵う気がしない。あの時だって、危険があることは分かっていながらも、それでも自分の子供を守るためにはこの選択が最も安全だと言ってついてきたんだ」
そうして話を続けていく国王だが、その声はどんどん沈んでいく。
「移動中に襲撃を仕掛けられ、追っ手をかけられながらも子供を抱きながら逃げ続けてこの森に逃げ込んだ。……どこにいるんだろうな」
どこにいるのか、か……。それは俺も知らない。知ろうともしてこなかった。だって俺にとって親はドラゴンで、両親は俺のことを捨てた存在だと思っていたから。……いや、思い込んでいたから。そのことが今更ながら悔やまれる。
ジジイなら……森の中の出来事をすべて把握していると言ってもいいほどの感知能力を持っているバルフグランなら、母親がどこで死んだのか知っているんだろうか?
「つきました。ここがドラゴンの暮らしている村です」
「ここがドラゴンの……」
村といっても人間のように建物があるわけじゃない。森の中、少し開けた場所に思い思いの……洞窟? 的なものを作ってそこに私物を置き、あとは他人の邪魔にならない場所で寝ているだけ。
それでもここが俺達の村であることに間違いはない。
「よく来たな、勇者よ。歓迎しよう」
俺達が村に着くなり、まるでずっと見ていたかのようなタイミングで一体のドラゴンが空から降りてきた。ジジイだ。まるで、では無く本当に俺達のことを見ていたんだろう。
「先日はもてなすことができずに申し訳ありません。今回は約束通りこちらから伺わせていただきました」
「構わんよ。ドラゴンをもてなす用意などしてなくて当然というものだ。それより、これほど早く約束を守りやってくるとは……よいのか?」
「はい。あなたのおかげでもありますが、私の息子が状況を動かしてくれましたから」
「ふむ。息子が、か……派手にやらかしたようだな」
状況を動かした、って言っただけでやらかしたと決めつけてこっちを見るのは止めてほしい。それは親としてどうなんだ? ……まあ、自分でも無茶をやった自覚はあるけどさ。
「俺がやったっていうか、勝手に狙ってきて勝手に自爆しただけな気がするんだけど」
本当にそう。俺がやったというより、向こうが勝手に動いていただけ。俺はやられたからやり返しただけだ。
「お前が普通の者であれば、お前を狙った者は自爆などすることなく狙い通りに終わらせることができたのだろうが……相手が悪かったということだな」
「まあこれでもドラゴンの仲間だし、普通の毒物も暗殺も効かないからね」
「そうかそうか。なんにしても、お前が無事ならばそれでよい」
この間話したばかりだけど、それでも城みたいな堅苦しい場所で、なおかつ襲撃みたいな面倒な出来事があったあとだと随分と懐かしいというか、落ち着く。やっぱりこここそが俺にとっての故郷なんだろう。
そんなふうに話をしていると、俺を見てなのかジジイを見てなのか、あるいはもともと決めていたのか。国王は一度大きく息を吐き出すと一歩前に出てきた。
そして、バルフグランのことを見つめながら口を開き……
「……バルフグラン殿。私は本日、貴殿らドラゴンとの交易の話し合いのためにこの地を訪れました」
「ふむ。それで?」
「ですがその前に、一つ手合わせをしていただけないでしょうか?」
……はあ? ちょっと国王陛下? ドラゴンと手合わせって、あんた何言ってんの?




