暗殺と妹姫
「ドラゴンとの貿易か……実際のところ、かなり甘いよな」
城に帰って来てから一晩経って、改めて今回の一連の話について思い返すとつい苦笑が零れた。
変化を、なんて言ったけど、そんなものはないに等しい。普通に貿易をするってだけの話だ。
それなのに格好つけてもったいぶった言い方をして……その程度しかできなかった自分を不満に思うと同時に、そんな情けない有様でも受け入れてくれたジジイ……バルフグランの優しさに可笑しさを感じる。
色々と思うところはある。でももう話はついたんだし、後悔があるならこれから頑張っていけばいいんだ。
そう思い、着替えをしてから朝食へと向かう。
朝食の席には俺一人だけ。母親はおらず、父親もいない。兄弟は別のところ……本城で暮らしているので俺のいる離れには来ない。
「これだけ豪華でも、一人で食べる朝食が寂しいってのは本当なんだな」
出てきた食事は明らかに普通の市民が食べるようなものではなく、まさしく王族に相応しい品々だろう。
でも、むしろこれだけ豪華だからこそ逆に寂しさが増すようにさえ思える。
「――ん?」
つい昨日までみんなと……家族と一緒にいたからだろうか。この朝食の席を少しだけ寂しく思いながら一口食べ、そこで違和感を覚えた。
味が変わったか? 辛くないのに胃の底が火照るような……
短い付き合いではあるけどここの料理人の癖とは少し違う味がした気がする。けどまあいいか。そういう時もあるだろう。毎日同じ食事ってわけじゃないんだから今日食べたものだって初めてだし、これはこういう味なのかもしれない。
そう思いながら食事を進めていった。
「……誰だ?」
朝食の後は作法や常識の勉強を行っていると、何やら俺を訪ねて誰かがやって来たらしいのだが、俺のことを呼んだ本人を前にしても相手が誰だかわからない。どこかで見たことはあるような気もするけど、正直思い出せない。本当に誰だろう?
「初めまして、お兄様」
「兄ってことは、妹なのか」
恭しく一礼をするとともに俺のことを兄と呼んだ少女。どこかで見た覚えがあると思ったのは、以前のパーティーの場にいたからだろう。多分あの壇上に座っていた王族たちの中にいたんだと思う。よく覚えていないけど。
でもそんな王女がなんだってこんなところに来たんだろう?
「はい。第二王妃が娘、ユーディット・ジュードス・ゲオルギアと申します。本日は新しいお兄様と友好を深めたく参りました」
「友好ね……まあ俺としてもそのうちにはと思っていたし、いいけど……」
「本当ですか? ありがとうございます。ですが、本日はいきなりの訪問であったこともありますし、挨拶だけとさせていただければと。また後日、正式にご挨拶に伺わせていただきますね」
「え……ああ、うん。わかった」
後日って……ここまできて顔を合わせたんだから、このまま話をすればいいんじゃないのか?
確かにいきなりではあったけど、もうこうして話しているわけだし別に今更じゃないのか……いや、使用人的にはいきなりの王族との面会は大変になるのか? よく知らないけど色々用意するみたいだし。
そんな俺の態度を見て何を思ったのか、妹王女……ユーディットはそれまでの笑みを消して真剣な表情で話しかけてきた。
「新しいお兄様に一つ忠告です。王城や貴族とは、華やかではありますが毒もあります。お気を付けください」
「毒? ……ああ、そういう。いや、そうか。なら朝のもそれかな?」
ユーディットとしては違う意味で言ったのだろうけど、その言葉を聞いて一つ思い至ることがあった。
「朝? なにかおありでしたの?」
「朝食の味がいつもと違っていたのと、腹の底が熱を持ったような気がしたんだ」
多分あれは料理人の癖が変わったとかそういう味の料理ってわけじゃなく、毒が入っていたからだろう。
「っ! それはっ……」
ユーディットはそれまでの淑女然とした態度を崩して目を見開いて驚きを露わにしている。
まあ、普通は知り合いが毒を飲んだって知ればそんな反応になるか。でも大丈夫だ、問題ない。
「ああ、大丈夫だよ。あれが毒だったとしても、あの程度じゃ腹を下すことすらないから」
なにせ普段から体を強化してるから丈夫さはドラゴン並みだし。毒もドラゴンを殺せるようなものじゃないと効果ないと思う。強化していなかったとしても、多分大丈夫だろう。何せあの森で食べてた何割かは毒だったし。
ドラゴンは平気だからって食べさせられたけど、人間にも大丈夫なのを食べさせてほしかった。そのおかげで毒に耐性ができたんだけどさ。……もしかしてジジイの奴、わざとだったんだろうか? こういう状況になるのを予想していたとか……まあいいか。死んでないんだし、役には立ってるんだから。
「……そのご様子を見るに真実なのだとは存じますが、無茶はなさらないよう」
ユーディットは俺の言葉を聞いてもしばらくは驚いたまま動かなかったけど、少ししてから怪訝そうな表情で俺のことを見まわし、一つ息を吐いてから忠告して来た。
「ありがとう。でも、このタイミングでそんな忠告に来たってことは、何か知ってるの?」
「……私は、第二王子の陣営に属しています」
「陣営……まあ、母親が第二王子と同じみたいだしね」
「ですが、全員の考えを統一できているわけではありません」
「下が勝手に動いた、あるいは兄とは違う考えだから見逃せって……ああいや、独り言だから答えなくていいよ」
多分答えられないだろう。万が一誰かに聞かれた場合を考えているんだと思う。さっきから直接的な言葉は何も言っていないし。忠告はしても断定はしない。答えはしても頷きはしない。
面倒だとは思うけど、周りで聞いている人なんていないよ、と伝えたところできっと振る舞いは変えないと思う。それが彼女の人生の形なんだろう。ほんと、面倒だとは思うけど。
「城って、面倒なことが多いみたいだな」
「私はここでの生き方以外存じませんが、そうかもしれませんね」
「ここでのって……外に出たことはないのか?」
「行事ごとの時に教会や貴族の領地に赴いたことがありますが、それも数度程になります。個人ではありませんね。私は王族ですから。移動するだけでも様々なところに負荷がかかりますので」
「……そっか」
言っていることは正しいのかもしれないけど、なんだか窮屈でつまらない人生に感じられる。
……もしかしたら、ジジイも俺に同じことを思っていたのかもしれない。いつまでも村の中に閉じこもっている俺と、城の中だけで生きているユーディット。広さや環境は違っても、状況は同じようなものだと言えるだろう。
「それではそろそろ失礼いたしますね。これからよろしくお願いいたします」
「ああ。こっちこそ仲良くしてくれると助かるよ」
短い時間だったけど、ユーディットはそれ以上話すつもりはないのか優雅に立ち上がり、お辞儀をすると立ち止まることなく去っていった。
「王女か……」
ユーディットが去っていった後は特に何があるというわけでもなく時間は過ぎていったのだが、風呂に入りながら今日の出来事を思い返し、あの子の暮らしを想像して呟く。
どんな生活なんだろう。逃げたいと思ったりしないんだろうか?
これまではずっと城の中だけで暮らしていたとして、これからもそうなんだろうか? いや、いつかは結婚して出ていくんだろうけど、それでも閉じこもる場所が城から誰かの家の中に変わるだけなんじゃないだろうか。
それでいいんだろうか? そんな人生で……本当にいいんだろうか?
俺が何か言うことじゃないのかもしれない。言ったところで何ができるわけでもないのかもしれない。
それでも、あの子のことが気になるのは、あの子の暮らしが俺と似ている部分があったからだろう。ジジイに言われないで森の外に出なかった人生。狭い籠の中だけで生きている緩く、変化のない箱庭だけの人生。
そう思うといろいろと考えてしまうのだ。
「……一応さ、今日は気分がよかったんだよ。妹に出会えて、敵ばっかり、いやなやつばっかりの場所でも、仲良くなれそうな気がして少し嬉しかったんだ。たとえ、今も殺されそうになっていたとしてもさ」
ここは風呂場で、今は俺一人しかいない。でも俺は、まるで誰かいるかのように語り掛ける。
そんなことをする理由? そんなの、〝まるで〟じゃなくて本当に誰かいるからに決まってる。
姿を見せていなくても近くに人がいるのなんて普通にわかる。
自分達の存在に気づかれたことに気づいたようで、俺が独り言を言い終えるなり襲撃を仕掛けてきた。
「風呂に入ってる最中ならいけると思った? 甘すぎるよ。むしろ、周りに自然がある時に攻めてくるのは悪手だね。そう簡単にドラゴンを殺せると思うなよ」
数は三人。風呂場の天井だの床だのをぶっ壊しながら襲い掛かって来たけど、お前らそれ誰が直すと思ってるんだよ。俺じゃないけどさ。
二人がナイフで一人が魔法かな? 魔法使いがお湯を動かして俺を拘束し、その間に二人が攻撃を仕掛けてきた。
多分、普通ならこれでおしまいなんだろう。なんだったらナイフは二人も必要ないし、普通の人間が相手なら魔法使いも必要なかっただろう。ナイフ使い一人だけで十分殺せたはずだ。それでも三人も送り込んできたのは、俺が普通じゃないと判断しての事だろう。
実際、その判断は正しい。俺は自分でいうのもなんだけど普通じゃないから。――でも足りないよ。
ドラゴンの魔法は想像しただけで現象を起こせるが、近くに自然があった方が簡単で楽だ。たとえば風や炎が近くにあれば、それを操って動かすだけでいい。まあ風の場合はなくても空気を動かすことで攻撃できるけど、〝風が吹いている〟という感覚が大事なのだ。
そして、今回でいえば水。というかお湯を操れば一瞬のタイムラグもなく攻撃も防御も可能となる。まあタメがなければ威力が落ちるけど、人間の攻撃を防ぐ程度なら十分だろう。防ぎきれなくても威力を落とすことができれば十分だ。
俺のことを拘束しているお湯の制御を奪い、襲い掛かって来たナイフ二人の攻撃をお湯で防ぐ。そのままナイフ使い二人の全身をお湯の中に封じ、それぞれに軽く一撃を見舞う。それだけでこの二人はおしまいだ。ちょっと力加減を間違えて二人とも壁際まで吹っ飛ばされたけど、多分大丈夫だろう。骨が何本か砕けたとしても、それだけで人は死なないから平気だ。
後は魔法使いを、と思ってそちらへと振り返ったけど、その時にはすでに魔法使いはいなかった。多分自分の拘束が破られたと判断した瞬間に逃げ出したんだろう。
まだ反応は追えるけど、ここは城の敷地内だし、今から追おうとすればちょっと無茶をすることになる。全裸で走りながら城の壁を壊すとか……絶対にやりたくない。
「逃げたか。わざわざ負う必要はないとしても……これはどうしようか」
殺してはいないけど、だからと言って捕まえた襲撃者をどうすればいいかわからない。
ライラは城にずっといるわけじゃないし、このまま放置するわけにもいかない。でも国王を頼るのも……ああ。
「せっかく仲良くなったし、試しに頼ってみるかな」
一人、相談することができそうな相手を思いついた。協力してくれるかはわからないけど、まあ物は試しってことで頼ってみることにしよう。仮に失敗したとしても、俺の仲間じゃないからこの二人は死んでも問題ないし。




