ようやく帰ってこれた
「――森の外ってこんなふうになっていたんだなぁ」
結局、パーティーの場で話したことは現実となり、俺はライラとフォイル、それから他の貴族派閥から派遣された貴族や、騎士たちを連れて俺の故郷であるドラゴンの村に行くこととなった。
現在は村に向かう途中だが、なんだかただの田舎道……ですらない自然が広がっているだけの光景だけど新鮮に感じる。
故郷に戻ると言っても村から出た事なかったし、ここも初見の場所だからなぁ。故郷に帰ることができるという状況と合わさって新鮮に感じるんだろう。
「今回はいかないけれど、少し離れたところにドラゴンを祀っている村もあるわよ」
「あ。それ聞いたことあるよ。でも村自体は普通の村なんでしょ?」
確か昔ジジイから聞いたことがあった気がする。
「そうね。信仰の対象が神様ではなくてドラゴンというだけの普通の村よ」
「そういえばこの国の信仰とか聞いたことなかったけど、どうなってるの?」
南の大陸では教会は存在していた。まあ大半がその教会ではなくガルというドラゴンを崇めていたから名ばかりの教会だったけど。
でも大陸が違うんだったらまたかわるだろうし、王族である以上は宗教について知っておかないといけないだろう。
「それほど大したものじゃないわ。ほどほどに神様を信仰して、なんとなく教えを守って……まあ中には敬虔な信徒もいるけれど、あくまでも一部だけね。国全体でいえば大分緩いわ」
「それでいいんだ。なんかもっと雁字搦めかと思ってた」
前世でも日本は緩かったけど他の国ではもっとまともでガッチガチに縛られた宗教なんていくらでもあった。というより、日本ほど緩い方が珍しいんじゃないだろうか?
この世界だって文化的には地球と似たようなものだし、文明も考えると宗教が力を持っていてもおかしくないと思ったんだけど違うのか。
「どうしてよ? まあ近くにドラゴンがいるから、という理由が大きいのかしらね。神様はドラゴンが攻め込んできても守ってくれないし、逆に魔物が攻め込んできたときにドラゴンが守ってくれたこともある。そもそもドラゴンが住んでいる影響で近くでは強力な魔物が育ちづらいという利点もあるわ。だから神様は絶対ではないし、ドラゴンは怖いけれど感謝している面もあるの。そういう意味では神様とドラゴンを半分ずつ信仰している、ともいえるかもしれないわね」
なるほどなぁ。目に見える脅威があるんだったら、目に見えないご加護なんてないがしろにされて当然か。
そんなふうにだらだらと話を続けながら進んでいると、ようやく目的地であるドラゴンの村――の手前の魔物の森の前に辿り着いた。
「それで、これから森に入っていくわけだけど……これって大丈夫だと思う?」
俺がそうライラに問いかけたのには理由がある。理由と言っても単純なもので、後ろを見れば誰だってそう思うだろう。
「ほ、本当にこれからこの森に入るのか? わ、分かっているのか、この森がどんな場所か! 入れば命の安全は保障することのできない魔物の森なのだぞ! そ、それを、なぜ私がっ!」
俺達についてきた……というか連れてきた貴族であるフォイルは情けないことにきょろきょろと周囲を見回し、怯えたように叫んで当たり散らしている。
俺を攻撃して政治的に優位に立ちたかったのかもしれないが、反撃されることは想定していたとしても、多分本人としては俺にちょっかいをかけたとしてもこんなところにくるなんて想定していなかったんだろう。
だけど現実はここにいるわけで、いつ魔物が襲い掛かってきてもおかしくない場所に自分から進んでいくことになるなんて、戦う力を持たない人間からしたら一種の刑罰だろう。
他のついてきた貴族たちも同じような状況だ。他の王族やその後ろ盾から派遣されただけの哀れな駒。流石に格が俺達に比べて大分低いからか、声を荒らげたり勝手な行動はしていないけど、今にも死にそうな顔で震えているのは同じだ。
「どうかしらね? 怯えがどうにかなったとしても、森の中を歩き回れるだけの体力があるかと言われると、厳しいんじゃないかしら?」
だよなぁ。ここから半日も歩けばつくとは言え、足手纏いを連れて行くとなると……二、三日かかってもおかしくないかもしれない。
「んー……あっ!」
流石にそんなに時間をかけるのは嫌なのでどうにか方法がないかと考えていると、ふと妙案を思いついた。
「どうかしたのかしら?」
「いや、ちょっといいこと思いついたんだ。疲れないし手っ取り早い方法をね」
「……本当にそんな方法があるの? なんだか嫌な予感がするのだけれど」
ライラはなんとも言えない嫌そうな表情をしているけど、多分大丈夫だ。少なくとも危険はない。……驚きはするかもしれないけど。
「そんなおかしな方法じゃないよ。どうせドラゴンに会うことになるんだから、こっちから呼んでやろうってだけだよ」
多分それが一番手っ取り早いだろ。ジジイなら森の外の様子もわかる的なことを言っていたし、呼べば来ると思う。
「こっちから……ああ、そうね。あなたならできるんでしょうね」
「ライラでもできると思うよ。森に入って少し暴れて、それからジジイの名前を……あーっと、バルフグランの名前を叫べば多分見てるだろうから来るんじゃないかな」
「大きな理由なく呼びつけるなんて、私がやったら失礼でしょう」
「そうかな? バルフグランならそんなこと気にしないと思うけど……他の奴らが来ることもあるか。まあでも俺がやれば多分大丈夫だと思うよ。どうする?」
歩くよりは早く終わると思うんだけど、とライラに問いかけると、ライラは目を閉じ、眉を顰めて何度も頭を動かして悩みだした。そんなに悩むことなんだろうか? ついてきた貴族たちを心配しているんだったら大丈夫じゃないか? ドラゴンの知り合いだって証明するために来たんだって最初っから教えてあるし、直接見たほうが納得するだろう。
「……そうね。このまま森を進むよりはマシでしょうし、お願い」
しばらく悩んだ末に、ライラは一度溜息を吐いてからそう告げてきた。ライラがこれだけ悩んだってことは何かしら問題があるのかもしれないけど……最終的に許可を出したんだから問題ないだろ。
「村の方向は……あっちか。ならあっちに向かって……『ドラゴンブレス』」
詠唱も魔力のためもない略式すぎる魔法。これじゃあ本来の十分の一も威力が出ていないだろうけど、呼ぶための目印としては十分だろう。どれだけ威力が弱くてもドラゴンの魔法であることに違いはないんだし。
「……本物のドラゴンでさえ驚くような技を呼び鈴代わりに使わないでほしいところね」
でもこれが一番確実だと思うんだよね。他の魔法だと遠くまで届きづらいし、普通の魔法に見えるかもしれないから。
「な、何をしたのだ!? 今の光はいったいっ――!?」
ただ、俺達が何の相談も説明もなく突然森の上空に向かって魔法を使ったからか、フォイル含め貴族たちは驚き、咎めるように突っかかって来た。
でも、その言葉は途中で止まった。その理由は視線の先にある黒い影だろう。
「なんだか、思ったよりも早いな。もしかしてずっと見てたのか?」
貴族たちが動きを止めた理由である黒い影――バルフグランを見上げながら呟く。
まだ森の上空を飛んでいるけど、これだけ早く反応したってことはこっちの状況を知っていたんだと思う。
「見てたって、そんなわけないでしょう? ここからあの村までどれだけ距離があると思っているのよ」
普通ならそうだろう。でもライラはドラゴンってものを分かっていない。もしかしたらドラゴン全員じゃなくてジジイだけ特別なのかもしれないけど、まあやろうと思えば他のドラゴン達もできるだろう。
「そうなんだけど、前にジジイが言ってたんだよ。自分ならこの森の全てを見通せる、みたいなことをさ」
「それは流石に……いえ、でも数千年を生きたドラゴンならできるのかしら?」
「なんにしても、早いに越したことはない……え?」
ライラと話していた俺は、不意に言葉を止めてしまった。
「どうしたの?」
「いや……え、いやこれ……もしかして、ジジイだけじゃない?」
「え? それはどういう……っ!」
俺の呟きに反応するようにライラが怪訝そうに問いかけてきたけど、その言葉は途中で止められることとなった。そりゃあそうだろう。流石に他の貴族たちとは違ってドラゴンが来たところで動けなくなることはないだろうけど、それでもこれだけの数が来れば動けなくもなるさ。
「ど、どらごん……? あ、あんなに……?」
「ド、ドラゴンの群れだ! ドラゴンの群れがこっちに来ているぞ!」
「ドラゴンの群れなんておかしいだろ。あいつらは単独で動くんじゃないのかよ!」
「知るかよ! んなことよりも騒いでんじゃねえ! あんなのに目を付けられたらどうしようもねえぞ!」
「てめえが一番騒いでんだろうが! 散れ! とにかく森に入って身を潜めるんだ!」
こっちに近づいてきている黒い影。だがそれは一つだけではなく複数だった。
最初は黒い影にしか見えなかったそれも、ある程度近づいて来ればドラゴンだと分かったのだろう。本来は単独で行動するはずのドラゴンが群れを成してこちらに向かってきているとなれば、まあ驚くだろうな。……驚くじゃすまないかもしれないけど。
「蜘蛛の子を散らすって、こういう感じなのかな?」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう。……大丈夫なのよね?」
「大丈夫だと思うよ。先頭にいるのってジジイだし」
貴族たちはこの世の終わりだとばかりに逃げ出したり馬車に籠ったり森に逃げ込んだり、果てはその場で意識を失ったりと様々だけど、俺としては何ら問題ないと思っている。何せ先頭にいるのが俺の育ての親なんだし。
「いきなり何のつもりだ?」
こっちに向かってきていたドラゴン達は俺達の頭上で止まり、俺達のことを見下ろしているが、そのうちの一体が地に降りて語り掛けてきた。
部外者が見ればドラゴンの領域を犯した愚か者に罰を、なんてシーンに見えるかもしれないけど、俺にとってはある意味いつも通りの光景でしかない。
「戻ってくるまで結構時間が経ったのに、帰って来たのを喜んだりしてくれないの?」
「たかだか一年も経っていないというのに、帰って来たも何もなかろう? それに、お前ならばどこへ行こうとも危険はないと理解していた」
「人間にとってはそれなりに長い時間だったんだけどなぁ」
ジジイから帰ってきた言葉には苦笑するしかない。
人間にとっては一年は長くても、ドラゴンにとっては本当に瞬きする程度の時間って感覚なんだろう。そりゃあ懐かしいとも久しぶりとも思わないか。
「それよりも、なんでみんないるのさ」
確かにさっきの呼び方だと誰宛てってわけでもなかったけど、それでも全員くるのは流石にじゃない?
「存外お前の帰りを待っていた心配性や寂しがりな者が多かったようだ。お前が帰って来たと分かるなり起きたぞ」
へえ~。そうなんだぁ。
なんて少し嬉しく思っていたけど、頭上から呆れたような声が聞こえてきた。
「なに言ってるのよ。起きたんじゃなくて、起こされたんでしょう。まったく、格好つけてるのか何なのか知らないけど、見栄張っちゃって」
「退屈してたのは違いねえけど、流石に見送ってから十年も経ってないのに大仰に歓迎なんざ、心配が過ぎるんじゃねえのかバルフグラン」
十年も帰ってこないのは流石に長いと思うけど……そっか。
「心配してくれてたんだ。へえ?」
まさかあんなに堂々と送り出したジジイがそんなに心配してくれていたなんてね。
そう揶揄うように笑いかけるけど、流石は年の功というべきか。ジジイは何でもないような顔で、むしろ堂々とこっちのことを見つめ返してきた。
「ふむ。そうだな。無事だと分かっていても、心配していないわけがなかろう?」
「そうハッキリ返されると、なんかこっちが恥ずかしいんだけど……」
クソ。こんなふうにやり返されるなんて。いや、やり返されたっていうか俺が勝手に自爆しただけかもしれないけど。
なんか、俺は一生ジジイに勝てない気がする。
でも、これでようやく帰って来たんだって実感が湧いてきた。




