死んだ王子の帰還
「なあライラ。俺、本当に参加しないとダメ?」
「くどいわよ。それもう何回聞いたと思っているの?」
「何回でも聞きたい気分だよ。……はあ」
溜息を吐いて文句を言ったところで、ライラは助けてくれなかった。
今の俺は、この後ある使節団歓迎パーティーに参加するための準備をしていた。していたというか、されているというか……端的に言えば着せ替え人形的な状態だ。
いつの間に用意したのかサイズぴったりな服を着せられ、整髪剤を使って髪を整えられ、少し動いて服の確認をしてようやく解放された。
それほど時間がかかったわけじゃないけど、それでもこうして畏まって整えられると違和感というか、不思議と気圧される。
というかライラ自身の準備は終わっているのか? ……終わってるわ。女の準備は時間がかかるって言われているけど、なんで俺より早く終わってるんだろう? ……俺が遅いことを見越してか。
「ほら、行くわよ」
俺の準備が終わり、少し時間をつぶしていると予定の時刻になったのでライラに促されて部屋を出ていき、大広間へと向かった。
「あれが例の」「王子時代の子供とは聞いているが、どこまで本当か」「顔立ちは似ている気はするな」「いかに王の血統であろうと、育ちが蛮族のそれではな」
大広間にはすでに参加者のほとんどが集まっているのかかなりの人数がいたけど、それまでざわついていた空気が俺が入るなり静まり返り、先ほどまでとは質の違うざわつきが起こり始めた。どうやら貴族たちに俺の話は広まっているらしい。
「気にしなくていいわ」
俺の隣に立ちながら、こっちを見ることなくまっすぐ前だけをみつめているライラがそんなふうに忠告してくれた。多分それは俺のことを心配しての言葉なんだろうけど、そんなに心配しなくてもいいのに。
「しないよ。奴らに何ができるってわけでもないんだし」
物理的な攻撃をしてこないのはもちろんだが、今の俺の立場は王族だ。そこに余分な呼び方がついていたり瑕がついていたとしても、それでも王族であることに変わりはないんだから、表立ってこの場で何かしてくるわけじゃない。
だったら気にする必要なんてない。誰からも好かれる人生なんてありえないんだし、ここにいる貴族たちから嫌われたところで何の問題もない。
「それより、あそこにいるのが他の王族?」
視線を正面に移すと、広間よりも何段か高くなった場所に玉座があり、その少し後ろの左右に数人の男女が座っている。
「ええ。あそこに座っている左側の男性。あれには気を付けなさい」
ほとんどは俺と同年代以下の子供だけど、一人だけ大人の男性が座っている。ライラが言っているのはその者の事だろう。
「あそこに座ってるってことは王族なんだし……国王、陛下の兄弟か何か?」
「いいえ、前国王のご兄弟で、今の国王陛下の叔父にあたる方よ」
前王はおらず、現王の兄弟もいない。王の子供たち以外に残っている王族がいない中で一人だけ残っている大人の王族って、なんだか問題になりそうなポジションな気がするんだけど?
どうして一人だけ残っているのか、どうして一人しか残っていないのかは分からないけど、多分厄介ごとだろう。
「なんか、それを聞いただけで大分めんどくさそうな立場だなってことは分かるよ」
「だとしても、それを言葉にしない方がいいわよ。どこで何が影響するかわからないもの」
「気を付けるよ」
気を付けたところで俺に何ができるってわけでもないけど、今後話をする機会があったら少しくらいは態度に気を付けよう。
「でも、第一王子以外はまともそうだね」
偉そうにふんぞり返っている第一王子に対して、他の王子王女は背筋を伸ばして大人しく座っている。あれでまだ子供なんだから驚きだ。十歳程度と考えると、ずっと大人しくしていることはキツイだろうに。
「まあそうね。年齢が年齢だもの。それほど偏った振る舞いはしないはずよ。王族としての教育は受けているのだしね」
生まれた時から王族としての振る舞いを叩き込まれているんだったら、ああして大人しくしていられるのも当然なのかもしれない。
「その割には一番上はひどいけどね」
「当時の状況が悪かったのよ」
当時の状況ね……苦々しい表情で言っているあたり、本当に厳しい状況だったんだろうな。まあライラから話を聞いた限りだと、本来王になるはずじゃなかったのに無理やり王になったんだから色々とあるんだろう。
「――っと、陛下が来たな」
俺達が来たことで全員そろったのか最後に国王が現れた。
「皆よくぞ集まった。今宵は他の大陸から来られた特使の方々を歓迎するための宴となっている。我らの振る舞いで他の大陸から我らの大陸に対する評価が決まることになるのだ。皆そのことを胸に刻み、誇りある振る舞いをせよ」
国王の視線の先を追うと、そこには俺もよく知っている使節団の面々がいた。……でも、なんだか人数が足りない気がする。いやまあ、流石に全員くるわけじゃないっていうのは分かるけど、それにしても獣人の割合が少ないような……ああ。大人しくしていられないからか。
「さあ、行きましょう」
「え、行くって、あそこに? 俺打ち合わせとか参加してないんだけど?」
「重要な話はこっちで着けているわ。あなたはただ代表として彼らの先頭に立っていればいいのよ。ほら」
獣人の奴らがいない理由に思い至ってちょっと呆れを感じていると、ライラに手を取られた。どうやら使節団の許へ行こうとしているらしいけど、こんなみんなの意識が集中している中であいつらのところに行くなんて目立たないか? ああそう。目立つのが目的なのか。
「よくぞ戻った。グランディール・ボルフィール・ゲオルギア」
使節団と合流してみんなの視線が集まる中、国王が俺のことを見つめながら声をかけてきた。
それを聞いて広間にいた貴族たちは一斉にざわついたけど、その様子がなんだかおもしろかった。
彼らの中では俺は見下してもいい対象で、本物の王族ではないという判定だったのだろう。それなのに国王が直接俺の名前を呼んだ。しかも王族としての家名まで入れて。
これで俺は正式に王族であると周知されたことになり、下手に下に見たり手を出してはいけない存在となった、らしいとライラが言っていた。
「……は。この度は突然の来訪でありながらこれほどまでに歓迎していただき、心より感謝申し上げます」
「よい。お前の状況は聞き及んでいる。転移の魔法具が暴発したことで竜が統べる南の大陸へと跳んでしまったにもかかわらず、ただ帰還するどころか他の大陸との友好を築き戻ってくるという偉業を成し遂げたのだ。私は父親として、お前が息子であることを誇らしく思うぞ」
「ありがたく存じます」
俺のことを紹介するとか、王族として周知させるってのは聞いていたけど、こんないきなり呼ぶなんて聞いていなかったので少し混乱した。でもそれだけだ。多少驚いたり緊張したところで、何か大きくやらかすわけではない。
「上出来よ」
「って言われても、普通に受け答えしただけなんだけど?」
「それでも最低限の振る舞いはできるという証明にはなったわ。それで……ごめんなさい。少し離れるわ。あなたを一人にしてしまうことになるけれど……」
「何歳だと思ってるんだよ。俺一人でも大丈夫だって」
この場では本当に挨拶だけで、それ以上何かがあるわけではなかったけど、それでもライラは心配していたのだろう。国王と話を終えると笑みを浮かべながら褒めてくれた。そして本人が言ったように用があるらしく、俺のことを心配しながら去っていった。
「息子だと? 王家の名を呼んでいたこともある。やはり王族として迎え入れるのか」
「でも、その場合は他の王子達はどうなるのだ?」
「継承権の入れ替えもとなれば……」
「だがそれを王子らの後援をしている家が黙って受け入れるか?」
一人になったことで周囲の話に耳を傾けると、国王の言葉を受けて貴族たちはざわついていた。その話題は使節団ではなく俺のことだけど、その声音は最初に俺が入って来た時のものと比べてずっと真剣なものになっている。
「誰にも話しかけないし、誰も話しかけてこないんだから大丈夫もくそもないよなぁ」
ライラは俺が貴族と話をして下手なことをしないように注意してくれたんだろうけど、でも誰も話す相手がいないなら気を付ける必要なんてない。
話す相手がいなければやることもないので、仕方ない。こういうパーティーでの立ち回りとしてはアウトかもしれないけどご飯でも食べてよ。
「ボス!」
「ご友人殿。よろしければご一緒しても構いませんかな?」
周りには大勢の人がいる中、一人だけ皿を手にボッチ飯をしていると、使節団の連中が近寄って来た。
「ああ。全部食い尽くすぐらいの勢いで食べていいぞ」
どうせ俺自身が色々と型破りで貴族たちの状況をぶち壊しているんだ。だったらマナーとか作法なんて気にせず好きにやってもいいだろ。そっちの方が楽しいし。




